いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第一章~婚約破棄~

三十話 

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「単刀直入に言う。城山くんと喧嘩したのか?」
「……!」
 
 いきなり豪速球が飛んできて、ぼくは目を見開いた。
 
「そ。そんな、いきなり……なんで?」
 
 しどろもどろに尋ねると、宏兄は軽く肩を竦めた。
 
「悪い。伏線回収は苦手なタイプだ」
「絶対、ウソ! いっつもすごいやんっ」
 
 しれっと言う宏兄に、思わず立ち上がっての全力抗議をする。綿密なプロットと伏線回収の桜庭先生やのに、こんな単刀直入な切り口でくるなんて……
 狼狽するぼくに、宏兄は静かな眼を向ける。
 
「お前が、嘘ついたからだ」
「え……?」
 
 思わず、声を漏らす。宏兄はゆっくりお茶を啜ると、話し始めた。
 
「今日な。お前が一人で来てるって、立花先生に聞いて驚いたよ。城山くんはどうしたんだ、ってな」
「……う」
「まあ、急に都合がつかなくなったのかなー、とも思ったんだが……そうじゃないんだろ?」
「えっ」
「成、『バレた、ヤバい!』て顔してたもんな」
 
 頬杖をついた宏兄は、立ったままのぼくの目を見上げた。子どもの浅はかな悪戯を見つけた、大人の目で。……ぼくは、しおしおと項垂れた。
 
「思いました。……ごめんなさい」
「いいさ」
 
 宏兄は、ふと息を漏らすように笑んだ。
 ぼくは、こわごわと椅子に座り直して――叱られるのを待つ子供の気持ちで、静かな目を見返した。
 
「城山くんを庇ってるんだろ」
「!」
 
 びっくり。
 豪速球って、二度目でも全然すごい。そりゃ、なかなか打ち返せへんはずやんね――なんて、ばかなことを考えた。
 
 ――お、落ち着いて。とりあえず、落ちつこう……
 
 ぼくは、両手で熱い湯飲みを包んだ。震える水面に、ぼくの不安げな顔がうつっていて、ハッとする。
 こんな顔、してちゃだめ! 熱いお茶を一口すすって、頬の筋肉にぎゅっと力を込めた。

「えと。宏兄は……どうして、そう思うん?」
 
 時間をかけた割にへたな返しになって、額に汗がにじむ。
 宏兄は、ゆったりと首を傾けた。拍子に、項で束ねられた黒髪がさらりと揺れる。
 
「だって、お前はいい子だもんなー」
「え……?」
 
 出し抜けに褒められて、戸惑ってしまう。

――ここ、素直に喜んで大丈夫……?

 宏兄は、テーブルの上で組み合わせた大きな手に、視線を落とした。長い睫毛が、頬に影を落とす。
 
「成は、ちゃんとわかってくれてるだろ? ――俺や先生達が、お前を大切に思ってること。だから、自分を危険に曝す真似はしない」
「あ……」
 
 きっぱりと言われ、ぼくは目を見開いた。静かな声に、深い信頼が籠っているのを感じる。
 宏兄は、苦笑する。

「日頃――お前がどれだけ気を配ってるか、少しは知ってるつもりだぞ。首輪の目立たない服を着て。知らない奴とは二人きりにならない、タクシーも乗らない。センター認証店以外では外食しない――大変だろうに、愚痴のひとつも言わないで」
「宏兄……」
「俺の方が、切なくなる」
 
 ぼくは、呆然として……スカーフに触れた。
 
――こんなこと、気づいてくれてたんや。

 オメガとして、身だしなみやと思ってきたことやから。そんなに大変と思ったことはなかった。
 でも、嬉しい。……陽平に怒られて、自信なくなってたのかもしれへん。
 宏兄の慈しみが、胸にじーんって染み渡ってく。

「ありがとう……」

 ほほ笑むと、宏兄も目元を和らげた。優しく頭を撫でられる。
  
「……そんなお前が、一人でセンターヘ行ったんだ。昨日のことがあったのに……わざわざ俺に嘘をついて、危険を冒してまで。何かあったと思うのは、当然だろ?」
 
 すぐに戻ってきた緊張感に、ハッとした。
 宏兄は、真っすぐにぼくを見つめてる。

「どんな事情だ? 婚約者の城山くんを、どうして頼れない」
「宏兄。あの……」

 ぼくは、口ごもった。だって――婚約者とケンカしたなんて言ったら、心配かけちゃう。

「心配をかけるとか、考えるなよ」

 ぼくの心を読んだように、宏兄は言う。

「寧ろ――心配もさせて貰えない方が、俺は辛い」

 熱い言葉に、はっと息をのむ。宏兄は、ぼくの手を取った。

 ――宏兄、あたたかい……

 握りかえすと、すぐに握りかえされる。その力に励まされ、ぼくはおずおずと口を開いた――

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