30 / 374
第一章~婚約破棄~
二十九話
しおりを挟む
「いただきますっ」
ぼくは、香ばしく焼き上がったピザトースト・サンドに、かじりつく。
サクッ、といい音がして――すぐさま、熱々とろとろのチーズにしゃきしゃきのお野菜、たっぷりの甘いたまごで、口の中がいっぱいになる。
「……うぅ、おいしい~」
幸福感で、顔がとろんとろんになる。美味しいものって、なんでこんなに幸せな気持ちになるんやろう。――熱々を物ともせず、もう一口。ソーセージがはじけて、肉汁があふれる。うう、しあわせ……
半日ぶりのごはんに感激してたら、宏兄がすまなそうに頬をかいた。
「いやー、ごめんな。俺の仕事で、遅くなっちまって」
「えっ」
驚いて、頬張ったトーストをごくんと飲み込んだ。
「なんでっ? 平気やで、ゼリーも頂いてたし……宏兄こそ、お仕事の後やのに、ありがとうね」
ぼくは、にっこり笑う。
あのあと――宏兄が「とりあえず、なんか食べよう」て、ごはん作ってくれてん。
厚切りのピザトーストに、たっぷりのたまごサラダを挟んだ、ボリューミーなサンドイッチ。きっと、おなかペコペコなん、気にしてくれてたんやね。
優しさを噛みしめてると、宏兄が目を細めて笑う。
「成は、本当に美味そうに食うなあ」
「だって、美味しいもん」
宏兄はというと、同じものをとっくに食べ終えて、コーヒーを飲んでいる。……ぼくが一切れを半分食べる間に、もうぺろり。宏兄は、本当に食べるのが速い。
ぼくが見てるのに気づいたんか、宏兄が穏やかに念押しする。
「ゆっくり食ってくれな。俺が異常なだけだ」
「ふふ……うんっ」
笑って、トーストにかじりつく。ぼくと宏兄は、無理に食べるペースを合わせへんことにしてるんよ。
『な、成っ、大丈夫か?!』
ずっと昔――はじめて一緒にお菓子を食べたとき、慌てたぼくがのどに詰まらせちゃって。何度も謝って、事情を説明してくれたん。
なんでも、宏兄の家はみんな、物凄く食べるのが速いらしいの。
群れを率いるアルファの習性として、人が食べてるのを見守りたくなっちゃうらしいねん。これは、先祖代々――野江家のアルファに引き継がれてきた”癖”なんやって。
宏兄は、今まで自分もそうやって気づかんかったみたいで……すごく驚いてたと思う。
『ごめん、俺の早食いは治らないから。成は気にしないで、ゆっくり食べて欲しい』
そう言って、背中を擦ってくれた宏兄。
実をいうと……ぼくは、誰かと食べること自体、宏兄が初めてやったから。「食べ方っていろいろあるんやなあ」って、そっちに感動してたんやけど。あんまり宏兄が心配してるから、頑張って神妙にうなずいたっけ。
と、いうわけでね。
宏兄とごはん食べるとき――ぼくはマイペースにのんびり食べて。宏兄はそれを見てるって言う、不思議な構図が出来上がることになったんよ。
「もぐ……」
トーストを頬張っていると、宏兄の視線を感じる。頬がくすぐったくなるくらいのそれに、笑いがこみ上げてくる。
「もう、宏兄……ちょっと食べづらいです」
「そうか? 俺は楽しい」
「えーっ、ウソ」
微笑ましいものを見るような目に、さすがに面映ゆくなる。せめてもの抵抗に、トーストに顔を埋めるように食べてたら、宏兄が大きい声で笑った。
「……ごちそうさまでしたっ」
最後のひとかけらが喉の奥に消えて、ぼくは両手を合わせた。
美味しいものを食べ終わったときの、幸せと寂しさがないまぜの気分で、ふうと息を吐く。
「おそまつ様」
ひょい、とテーブルからお皿を引いていく宏兄に、ぼくは慌てて腰を上げた。
「あ、待って。片づけはぼくが……」
「いや、いいんだ。後で洗うからな」
宏兄は、穏やかに――でも、はっきりとぼくを制する。
こういう時の宏兄は、引いてくれない。……大人しく腰を下ろしたぼくの前に、すぐ戻って来た宏兄が湯飲みを置く。ほかほかと湯気の立つ、深緑の水面を見ていると――椅子の退く音がした。
はっと顔を上げると、宏兄がにっこりする。
「さて、腹ごしらえもすんだし。そろそろ話そうか、成」
ぼくは、香ばしく焼き上がったピザトースト・サンドに、かじりつく。
サクッ、といい音がして――すぐさま、熱々とろとろのチーズにしゃきしゃきのお野菜、たっぷりの甘いたまごで、口の中がいっぱいになる。
「……うぅ、おいしい~」
幸福感で、顔がとろんとろんになる。美味しいものって、なんでこんなに幸せな気持ちになるんやろう。――熱々を物ともせず、もう一口。ソーセージがはじけて、肉汁があふれる。うう、しあわせ……
半日ぶりのごはんに感激してたら、宏兄がすまなそうに頬をかいた。
「いやー、ごめんな。俺の仕事で、遅くなっちまって」
「えっ」
驚いて、頬張ったトーストをごくんと飲み込んだ。
「なんでっ? 平気やで、ゼリーも頂いてたし……宏兄こそ、お仕事の後やのに、ありがとうね」
ぼくは、にっこり笑う。
あのあと――宏兄が「とりあえず、なんか食べよう」て、ごはん作ってくれてん。
厚切りのピザトーストに、たっぷりのたまごサラダを挟んだ、ボリューミーなサンドイッチ。きっと、おなかペコペコなん、気にしてくれてたんやね。
優しさを噛みしめてると、宏兄が目を細めて笑う。
「成は、本当に美味そうに食うなあ」
「だって、美味しいもん」
宏兄はというと、同じものをとっくに食べ終えて、コーヒーを飲んでいる。……ぼくが一切れを半分食べる間に、もうぺろり。宏兄は、本当に食べるのが速い。
ぼくが見てるのに気づいたんか、宏兄が穏やかに念押しする。
「ゆっくり食ってくれな。俺が異常なだけだ」
「ふふ……うんっ」
笑って、トーストにかじりつく。ぼくと宏兄は、無理に食べるペースを合わせへんことにしてるんよ。
『な、成っ、大丈夫か?!』
ずっと昔――はじめて一緒にお菓子を食べたとき、慌てたぼくがのどに詰まらせちゃって。何度も謝って、事情を説明してくれたん。
なんでも、宏兄の家はみんな、物凄く食べるのが速いらしいの。
群れを率いるアルファの習性として、人が食べてるのを見守りたくなっちゃうらしいねん。これは、先祖代々――野江家のアルファに引き継がれてきた”癖”なんやって。
宏兄は、今まで自分もそうやって気づかんかったみたいで……すごく驚いてたと思う。
『ごめん、俺の早食いは治らないから。成は気にしないで、ゆっくり食べて欲しい』
そう言って、背中を擦ってくれた宏兄。
実をいうと……ぼくは、誰かと食べること自体、宏兄が初めてやったから。「食べ方っていろいろあるんやなあ」って、そっちに感動してたんやけど。あんまり宏兄が心配してるから、頑張って神妙にうなずいたっけ。
と、いうわけでね。
宏兄とごはん食べるとき――ぼくはマイペースにのんびり食べて。宏兄はそれを見てるって言う、不思議な構図が出来上がることになったんよ。
「もぐ……」
トーストを頬張っていると、宏兄の視線を感じる。頬がくすぐったくなるくらいのそれに、笑いがこみ上げてくる。
「もう、宏兄……ちょっと食べづらいです」
「そうか? 俺は楽しい」
「えーっ、ウソ」
微笑ましいものを見るような目に、さすがに面映ゆくなる。せめてもの抵抗に、トーストに顔を埋めるように食べてたら、宏兄が大きい声で笑った。
「……ごちそうさまでしたっ」
最後のひとかけらが喉の奥に消えて、ぼくは両手を合わせた。
美味しいものを食べ終わったときの、幸せと寂しさがないまぜの気分で、ふうと息を吐く。
「おそまつ様」
ひょい、とテーブルからお皿を引いていく宏兄に、ぼくは慌てて腰を上げた。
「あ、待って。片づけはぼくが……」
「いや、いいんだ。後で洗うからな」
宏兄は、穏やかに――でも、はっきりとぼくを制する。
こういう時の宏兄は、引いてくれない。……大人しく腰を下ろしたぼくの前に、すぐ戻って来た宏兄が湯飲みを置く。ほかほかと湯気の立つ、深緑の水面を見ていると――椅子の退く音がした。
はっと顔を上げると、宏兄がにっこりする。
「さて、腹ごしらえもすんだし。そろそろ話そうか、成」
124
お気に入りに追加
1,462
あなたにおすすめの小説
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
2番目の1番【完】
綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。
騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。
それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。
王女様には私は勝てない。
結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。
※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです
自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。
批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…
妹を溺愛したい旦那様は婚約者の私に出ていってほしそうなので、本当に出ていってあげます
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族令嬢であったアリアに幸せにすると声をかけ、婚約関係を結んだグレゴリー第一王子。しかしその後、グレゴリーはアリアの妹との関係を深めていく…。ある日、彼はアリアに出ていってほしいと独り言をつぶやいてしまう。それを耳にしたアリアは、その言葉の通りに家出することを決意するのだった…。
【完結済】ご令嬢たちの憧れの的の侯爵令息様が、なぜかめちゃくちゃどもりながら真っ赤な顔で私に話しかけてきます
鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
貧しい男爵家の長女シャーリーンは、ある日の週末、婚約者のスチュアートから突然婚約破棄を言い渡されてしまう。
呆然としたまま翌週学園に登校したシャーリーンに話しかけてきたのは、これまで自分とは縁もゆかりも無かった一人の男子生徒だった。
※10000文字くらいの短編です。そのうち短編集に入れ込むかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる