いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
上 下
30 / 403
第一章~婚約破棄~

二十九話 

しおりを挟む
「いただきますっ」 
 
 ぼくは、香ばしく焼き上がったピザトースト・サンドに、かじりつく。
 サクッ、といい音がして――すぐさま、熱々とろとろのチーズにしゃきしゃきのお野菜、たっぷりの甘いたまごで、口の中がいっぱいになる。
 
「……うぅ、おいしい~」
 
 幸福感で、顔がとろんとろんになる。美味しいものって、なんでこんなに幸せな気持ちになるんやろう。――熱々を物ともせず、もう一口。ソーセージがはじけて、肉汁があふれる。うう、しあわせ……
 半日ぶりのごはんに感激してたら、宏兄がすまなそうに頬をかいた。
 
「いやー、ごめんな。俺の仕事で、遅くなっちまって」
「えっ」
 
 驚いて、頬張ったトーストをごくんと飲み込んだ。
 
「なんでっ? 平気やで、ゼリーも頂いてたし……宏兄こそ、お仕事の後やのに、ありがとうね」
 
 ぼくは、にっこり笑う。
 あのあと――宏兄が「とりあえず、なんか食べよう」て、ごはん作ってくれてん。
 厚切りのピザトーストに、たっぷりのたまごサラダを挟んだ、ボリューミーなサンドイッチ。きっと、おなかペコペコなん、気にしてくれてたんやね。
 優しさを噛みしめてると、宏兄が目を細めて笑う。
 
「成は、本当に美味そうに食うなあ」
「だって、美味しいもん」
 
 宏兄はというと、同じものをとっくに食べ終えて、コーヒーを飲んでいる。……ぼくが一切れを半分食べる間に、もうぺろり。宏兄は、本当に食べるのが速い。
 ぼくが見てるのに気づいたんか、宏兄が穏やかに念押しする。
 
「ゆっくり食ってくれな。俺が異常なだけだ」
「ふふ……うんっ」
 
 笑って、トーストにかじりつく。ぼくと宏兄は、無理に食べるペースを合わせへんことにしてるんよ。
 
『な、成っ、大丈夫か?!』
 
 ずっと昔――はじめて一緒にお菓子を食べたとき、慌てたぼくがのどに詰まらせちゃって。何度も謝って、事情を説明してくれたん。
 なんでも、宏兄の家はみんな、物凄く食べるのが速いらしいの。
 群れを率いるアルファの習性として、人が食べてるのを見守りたくなっちゃうらしいねん。これは、先祖代々――野江家のアルファに引き継がれてきた”癖”なんやって。
 宏兄は、今まで自分もそうやって気づかんかったみたいで……すごく驚いてたと思う。
 
『ごめん、俺の早食いは治らないから。成は気にしないで、ゆっくり食べて欲しい』
 
 そう言って、背中を擦ってくれた宏兄。
 実をいうと……ぼくは、誰かと食べること自体、宏兄が初めてやったから。「食べ方っていろいろあるんやなあ」って、そっちに感動してたんやけど。あんまり宏兄が心配してるから、頑張って神妙にうなずいたっけ。
 と、いうわけでね。
 宏兄とごはん食べるとき――ぼくはマイペースにのんびり食べて。宏兄はそれを見てるって言う、不思議な構図が出来上がることになったんよ。
 
「もぐ……」
 
 トーストを頬張っていると、宏兄の視線を感じる。頬がくすぐったくなるくらいのそれに、笑いがこみ上げてくる。
 
「もう、宏兄……ちょっと食べづらいです」
「そうか? 俺は楽しい」
「えーっ、ウソ」
 
 微笑ましいものを見るような目に、さすがに面映ゆくなる。せめてもの抵抗に、トーストに顔を埋めるように食べてたら、宏兄が大きい声で笑った。
 
 

 
 
「……ごちそうさまでしたっ」
 
 最後のひとかけらが喉の奥に消えて、ぼくは両手を合わせた。
 美味しいものを食べ終わったときの、幸せと寂しさがないまぜの気分で、ふうと息を吐く。
 
「おそまつ様」
 
 ひょい、とテーブルからお皿を引いていく宏兄に、ぼくは慌てて腰を上げた。
 
「あ、待って。片づけはぼくが……」
「いや、いいんだ。後で洗うからな」
 
 宏兄は、穏やかに――でも、はっきりとぼくを制する。
 こういう時の宏兄は、引いてくれない。……大人しく腰を下ろしたぼくの前に、すぐ戻って来た宏兄が湯飲みを置く。ほかほかと湯気の立つ、深緑の水面を見ていると――椅子の退く音がした。
 はっと顔を上げると、宏兄がにっこりする。
 
「さて、腹ごしらえもすんだし。そろそろ話そうか、成」
 

 
しおりを挟む
感想 213

あなたにおすすめの小説

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

【完結】幼馴染と恋人は別だと言われました

迦陵 れん
恋愛
「幼馴染みは良いぞ。あんなに便利で使いやすいものはない」  大好きだった幼馴染の彼が、友人にそう言っているのを聞いてしまった。  毎日一緒に通学して、お弁当も欠かさず作ってあげていたのに。  幼馴染と恋人は別なのだとも言っていた。  そして、ある日突然、私は全てを奪われた。  幼馴染としての役割まで奪われたら、私はどうしたらいいの?    サクッと終わる短編を目指しました。  内容的に薄い部分があるかもしれませんが、短く纏めることを重視したので、物足りなかったらすみませんm(_ _)m    

オメガの復讐

riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。 しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。 とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない

天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。 ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。 運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった―――― ※他サイトにも掲載中 ★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★  「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」  が、レジーナブックスさまより発売中です。  どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m

大好きなあなたが「嫌い」と言うから「私もです」と微笑みました。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
私はずっと、貴方のことが好きなのです。 でも貴方は私を嫌っています。 だから、私は命を懸けて今日も嘘を吐くのです。 貴方が心置きなく私を嫌っていられるように。 貴方を「嫌い」なのだと告げるのです。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

処理中です...