30 / 390
第一章~婚約破棄~
二十九話
しおりを挟む
「いただきますっ」
ぼくは、香ばしく焼き上がったピザトースト・サンドに、かじりつく。
サクッ、といい音がして――すぐさま、熱々とろとろのチーズにしゃきしゃきのお野菜、たっぷりの甘いたまごで、口の中がいっぱいになる。
「……うぅ、おいしい~」
幸福感で、顔がとろんとろんになる。美味しいものって、なんでこんなに幸せな気持ちになるんやろう。――熱々を物ともせず、もう一口。ソーセージがはじけて、肉汁があふれる。うう、しあわせ……
半日ぶりのごはんに感激してたら、宏兄がすまなそうに頬をかいた。
「いやー、ごめんな。俺の仕事で、遅くなっちまって」
「えっ」
驚いて、頬張ったトーストをごくんと飲み込んだ。
「なんでっ? 平気やで、ゼリーも頂いてたし……宏兄こそ、お仕事の後やのに、ありがとうね」
ぼくは、にっこり笑う。
あのあと――宏兄が「とりあえず、なんか食べよう」て、ごはん作ってくれてん。
厚切りのピザトーストに、たっぷりのたまごサラダを挟んだ、ボリューミーなサンドイッチ。きっと、おなかペコペコなん、気にしてくれてたんやね。
優しさを噛みしめてると、宏兄が目を細めて笑う。
「成は、本当に美味そうに食うなあ」
「だって、美味しいもん」
宏兄はというと、同じものをとっくに食べ終えて、コーヒーを飲んでいる。……ぼくが一切れを半分食べる間に、もうぺろり。宏兄は、本当に食べるのが速い。
ぼくが見てるのに気づいたんか、宏兄が穏やかに念押しする。
「ゆっくり食ってくれな。俺が異常なだけだ」
「ふふ……うんっ」
笑って、トーストにかじりつく。ぼくと宏兄は、無理に食べるペースを合わせへんことにしてるんよ。
『な、成っ、大丈夫か?!』
ずっと昔――はじめて一緒にお菓子を食べたとき、慌てたぼくがのどに詰まらせちゃって。何度も謝って、事情を説明してくれたん。
なんでも、宏兄の家はみんな、物凄く食べるのが速いらしいの。
群れを率いるアルファの習性として、人が食べてるのを見守りたくなっちゃうらしいねん。これは、先祖代々――野江家のアルファに引き継がれてきた”癖”なんやって。
宏兄は、今まで自分もそうやって気づかんかったみたいで……すごく驚いてたと思う。
『ごめん、俺の早食いは治らないから。成は気にしないで、ゆっくり食べて欲しい』
そう言って、背中を擦ってくれた宏兄。
実をいうと……ぼくは、誰かと食べること自体、宏兄が初めてやったから。「食べ方っていろいろあるんやなあ」って、そっちに感動してたんやけど。あんまり宏兄が心配してるから、頑張って神妙にうなずいたっけ。
と、いうわけでね。
宏兄とごはん食べるとき――ぼくはマイペースにのんびり食べて。宏兄はそれを見てるって言う、不思議な構図が出来上がることになったんよ。
「もぐ……」
トーストを頬張っていると、宏兄の視線を感じる。頬がくすぐったくなるくらいのそれに、笑いがこみ上げてくる。
「もう、宏兄……ちょっと食べづらいです」
「そうか? 俺は楽しい」
「えーっ、ウソ」
微笑ましいものを見るような目に、さすがに面映ゆくなる。せめてもの抵抗に、トーストに顔を埋めるように食べてたら、宏兄が大きい声で笑った。
「……ごちそうさまでしたっ」
最後のひとかけらが喉の奥に消えて、ぼくは両手を合わせた。
美味しいものを食べ終わったときの、幸せと寂しさがないまぜの気分で、ふうと息を吐く。
「おそまつ様」
ひょい、とテーブルからお皿を引いていく宏兄に、ぼくは慌てて腰を上げた。
「あ、待って。片づけはぼくが……」
「いや、いいんだ。後で洗うからな」
宏兄は、穏やかに――でも、はっきりとぼくを制する。
こういう時の宏兄は、引いてくれない。……大人しく腰を下ろしたぼくの前に、すぐ戻って来た宏兄が湯飲みを置く。ほかほかと湯気の立つ、深緑の水面を見ていると――椅子の退く音がした。
はっと顔を上げると、宏兄がにっこりする。
「さて、腹ごしらえもすんだし。そろそろ話そうか、成」
ぼくは、香ばしく焼き上がったピザトースト・サンドに、かじりつく。
サクッ、といい音がして――すぐさま、熱々とろとろのチーズにしゃきしゃきのお野菜、たっぷりの甘いたまごで、口の中がいっぱいになる。
「……うぅ、おいしい~」
幸福感で、顔がとろんとろんになる。美味しいものって、なんでこんなに幸せな気持ちになるんやろう。――熱々を物ともせず、もう一口。ソーセージがはじけて、肉汁があふれる。うう、しあわせ……
半日ぶりのごはんに感激してたら、宏兄がすまなそうに頬をかいた。
「いやー、ごめんな。俺の仕事で、遅くなっちまって」
「えっ」
驚いて、頬張ったトーストをごくんと飲み込んだ。
「なんでっ? 平気やで、ゼリーも頂いてたし……宏兄こそ、お仕事の後やのに、ありがとうね」
ぼくは、にっこり笑う。
あのあと――宏兄が「とりあえず、なんか食べよう」て、ごはん作ってくれてん。
厚切りのピザトーストに、たっぷりのたまごサラダを挟んだ、ボリューミーなサンドイッチ。きっと、おなかペコペコなん、気にしてくれてたんやね。
優しさを噛みしめてると、宏兄が目を細めて笑う。
「成は、本当に美味そうに食うなあ」
「だって、美味しいもん」
宏兄はというと、同じものをとっくに食べ終えて、コーヒーを飲んでいる。……ぼくが一切れを半分食べる間に、もうぺろり。宏兄は、本当に食べるのが速い。
ぼくが見てるのに気づいたんか、宏兄が穏やかに念押しする。
「ゆっくり食ってくれな。俺が異常なだけだ」
「ふふ……うんっ」
笑って、トーストにかじりつく。ぼくと宏兄は、無理に食べるペースを合わせへんことにしてるんよ。
『な、成っ、大丈夫か?!』
ずっと昔――はじめて一緒にお菓子を食べたとき、慌てたぼくがのどに詰まらせちゃって。何度も謝って、事情を説明してくれたん。
なんでも、宏兄の家はみんな、物凄く食べるのが速いらしいの。
群れを率いるアルファの習性として、人が食べてるのを見守りたくなっちゃうらしいねん。これは、先祖代々――野江家のアルファに引き継がれてきた”癖”なんやって。
宏兄は、今まで自分もそうやって気づかんかったみたいで……すごく驚いてたと思う。
『ごめん、俺の早食いは治らないから。成は気にしないで、ゆっくり食べて欲しい』
そう言って、背中を擦ってくれた宏兄。
実をいうと……ぼくは、誰かと食べること自体、宏兄が初めてやったから。「食べ方っていろいろあるんやなあ」って、そっちに感動してたんやけど。あんまり宏兄が心配してるから、頑張って神妙にうなずいたっけ。
と、いうわけでね。
宏兄とごはん食べるとき――ぼくはマイペースにのんびり食べて。宏兄はそれを見てるって言う、不思議な構図が出来上がることになったんよ。
「もぐ……」
トーストを頬張っていると、宏兄の視線を感じる。頬がくすぐったくなるくらいのそれに、笑いがこみ上げてくる。
「もう、宏兄……ちょっと食べづらいです」
「そうか? 俺は楽しい」
「えーっ、ウソ」
微笑ましいものを見るような目に、さすがに面映ゆくなる。せめてもの抵抗に、トーストに顔を埋めるように食べてたら、宏兄が大きい声で笑った。
「……ごちそうさまでしたっ」
最後のひとかけらが喉の奥に消えて、ぼくは両手を合わせた。
美味しいものを食べ終わったときの、幸せと寂しさがないまぜの気分で、ふうと息を吐く。
「おそまつ様」
ひょい、とテーブルからお皿を引いていく宏兄に、ぼくは慌てて腰を上げた。
「あ、待って。片づけはぼくが……」
「いや、いいんだ。後で洗うからな」
宏兄は、穏やかに――でも、はっきりとぼくを制する。
こういう時の宏兄は、引いてくれない。……大人しく腰を下ろしたぼくの前に、すぐ戻って来た宏兄が湯飲みを置く。ほかほかと湯気の立つ、深緑の水面を見ていると――椅子の退く音がした。
はっと顔を上げると、宏兄がにっこりする。
「さて、腹ごしらえもすんだし。そろそろ話そうか、成」
124
関連作品
「いつでも僕の帰る場所」短編集
「いつでも僕の帰る場所」短編集
お気に入りに追加
1,475
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
捨てられオメガの幸せは
ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。
幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。
オメガの復讐
riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。
しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。
とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【本編完結】αに不倫されて離婚を突き付けられているけど別れたくない男Ωの話
雷尾
BL
本人が別れたくないって言うんなら仕方ないですよね。
一旦本編完結、気力があればその後か番外編を少しだけ書こうかと思ってます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない
天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。
ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。
運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった――――
※他サイトにも掲載中
★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★
「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」
が、レジーナブックスさまより発売中です。
どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
上手に啼いて
紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。
■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる