いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第一章~婚約破棄~

二十九話 

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「いただきますっ」 
 
 ぼくは、香ばしく焼き上がったピザトースト・サンドに、かじりつく。
 サクッ、といい音がして――すぐさま、熱々とろとろのチーズにしゃきしゃきのお野菜、たっぷりの甘いたまごで、口の中がいっぱいになる。
 
「……うぅ、おいしい~」
 
 幸福感で、顔がとろんとろんになる。美味しいものって、なんでこんなに幸せな気持ちになるんやろう。――熱々を物ともせず、もう一口。ソーセージがはじけて、肉汁があふれる。うう、しあわせ……
 半日ぶりのごはんに感激してたら、宏兄がすまなそうに頬をかいた。
 
「いやー、ごめんな。俺の仕事で、遅くなっちまって」
「えっ」
 
 驚いて、頬張ったトーストをごくんと飲み込んだ。
 
「なんでっ? 平気やで、ゼリーも頂いてたし……宏兄こそ、お仕事の後やのに、ありがとうね」
 
 ぼくは、にっこり笑う。
 あのあと――宏兄が「とりあえず、なんか食べよう」て、ごはん作ってくれてん。
 厚切りのピザトーストに、たっぷりのたまごサラダを挟んだ、ボリューミーなサンドイッチ。きっと、おなかペコペコなん、気にしてくれてたんやね。
 優しさを噛みしめてると、宏兄が目を細めて笑う。
 
「成は、本当に美味そうに食うなあ」
「だって、美味しいもん」
 
 宏兄はというと、同じものをとっくに食べ終えて、コーヒーを飲んでいる。……ぼくが一切れを半分食べる間に、もうぺろり。宏兄は、本当に食べるのが速い。
 ぼくが見てるのに気づいたんか、宏兄が穏やかに念押しする。
 
「ゆっくり食ってくれな。俺が異常なだけだ」
「ふふ……うんっ」
 
 笑って、トーストにかじりつく。ぼくと宏兄は、無理に食べるペースを合わせへんことにしてるんよ。
 
『な、成っ、大丈夫か?!』
 
 ずっと昔――はじめて一緒にお菓子を食べたとき、慌てたぼくがのどに詰まらせちゃって。何度も謝って、事情を説明してくれたん。
 なんでも、宏兄の家はみんな、物凄く食べるのが速いらしいの。
 群れを率いるアルファの習性として、人が食べてるのを見守りたくなっちゃうらしいねん。これは、先祖代々――野江家のアルファに引き継がれてきた”癖”なんやって。
 宏兄は、今まで自分もそうやって気づかんかったみたいで……すごく驚いてたと思う。
 
『ごめん、俺の早食いは治らないから。成は気にしないで、ゆっくり食べて欲しい』
 
 そう言って、背中を擦ってくれた宏兄。
 実をいうと……ぼくは、誰かと食べること自体、宏兄が初めてやったから。「食べ方っていろいろあるんやなあ」って、そっちに感動してたんやけど。あんまり宏兄が心配してるから、頑張って神妙にうなずいたっけ。
 と、いうわけでね。
 宏兄とごはん食べるとき――ぼくはマイペースにのんびり食べて。宏兄はそれを見てるって言う、不思議な構図が出来上がることになったんよ。
 
「もぐ……」
 
 トーストを頬張っていると、宏兄の視線を感じる。頬がくすぐったくなるくらいのそれに、笑いがこみ上げてくる。
 
「もう、宏兄……ちょっと食べづらいです」
「そうか? 俺は楽しい」
「えーっ、ウソ」
 
 微笑ましいものを見るような目に、さすがに面映ゆくなる。せめてもの抵抗に、トーストに顔を埋めるように食べてたら、宏兄が大きい声で笑った。
 
 

 
 
「……ごちそうさまでしたっ」
 
 最後のひとかけらが喉の奥に消えて、ぼくは両手を合わせた。
 美味しいものを食べ終わったときの、幸せと寂しさがないまぜの気分で、ふうと息を吐く。
 
「おそまつ様」
 
 ひょい、とテーブルからお皿を引いていく宏兄に、ぼくは慌てて腰を上げた。
 
「あ、待って。片づけはぼくが……」
「いや、いいんだ。後で洗うからな」
 
 宏兄は、穏やかに――でも、はっきりとぼくを制する。
 こういう時の宏兄は、引いてくれない。……大人しく腰を下ろしたぼくの前に、すぐ戻って来た宏兄が湯飲みを置く。ほかほかと湯気の立つ、深緑の水面を見ていると――椅子の退く音がした。
 はっと顔を上げると、宏兄がにっこりする。
 
「さて、腹ごしらえもすんだし。そろそろ話そうか、成」
 

 
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