いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第一章~婚約破棄~

十八話 

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 ぴろん、と通知音がして、ぼくは本棚にハタキをかけていた手を止めた。
 
「ん?」
 
 居間のテーブルに置いてあったスマホを手に取り、受信メッセージを確認する。と、発信者は予想通りの、蓑崎さん。
 
『みてー、また寝てるんだけど(笑)』
 
 って短い本文に、講義室と思しき机に突っ伏している、陽平の寝顔のアップが添えられていた。画面の手前には、隣に座ってるらしい、蓑崎さんの腕(ヒント、時計)。眠り込んでる陽平の肩には、黒のチェックのシャツがかけられている。
 
「……む。このシャツ、蓑崎さんが着てたやつでは……?」
 
 今朝、陽平と一緒に登校してった蓑崎さんのファッションが脳裏をよぎる。
 
 ――わざわざ、服をかけてあげて写真を……ふぅん……
 
 ぼくは、眉間にしわを寄せかけて――はっ! と我にかえる。
 
「あかーん、もうっ。へんな勘ぐり、禁止!」
 
 二人は、仲良しの友達なんやってば。すぐヤキモチ焼いて、勝手に嫌な気分になっちゃだめ。
 すうはあ、と深呼吸して、こころを落ち着ける。
 
「陽平が風邪ひかへんように、気遣ってくれはったんよ。友達なら、ふつうのことやもん」
 
 人の親切は、真っすぐ受け止めた方がええよって、涼子先生も言ってた。 
 ひとり頷いて、ぼくは蓑崎さんにお返事を打った。
 
「か、わ、いい……また、起こしてあげて、くださいっ、と。笑顔のスタンプ送っとこ」
 
 ぽん、とメッセージを送信し、ひと息つく。
 四日前――蓑崎さんと連絡先を交換してから、頻繁にメッセージのやりとりをしてる。
 共通の話題が、陽平やからやと思うんやけど。大学にいる陽平の様子を教えてくれるんよ。
 
「ふぅ……」
 
 ぼくは、スマホのフォトを開いた。ここ四日間で、急激に増えた陽平の写真を、つくづく眺める。
 画面の中の彼は、その時々で照れたり、ふててたりと忙しい。
 表情は、いつもより幼くて。カメラを向ける相手に心を開け放しているって、わかる。
 
 ――それにしても、ごはんたべたり、ゲームしたり……いつも一緒におるんやなぁ……
 
 そう思うと、胸のもやもやがぶり返してくる。
 
「うう~、サボちゃんっ。ぼく、ヤキモチ焼きすぎる? そんなことないよね……」
 
 ぼくは床に突っ伏して、サボちゃんに話しかけた。ああ、窓からの日を浴びて、白い棘が光ってる……。つんつん、と指で突きつつ、ぼくはふうとため息を吐く。
 だって、蓑崎さん、毎日おうちに来るんやもん。前も来るのは来てたけど、今はもっとすごいの!
 
「昨日だって……」
 
 昨日のことを、モヤモヤと思い返す。
 バイト終わって、大急ぎで帰ったら……蓑崎さん、もう家にいたんやで。


 
「あ、成己くん。おかえりー」
「えっ……ただいまです。蓑崎さん?」
 
 キッチンから、お洒落なエプロンを身に着けた蓑崎さんが出てきて、ぼくは固まった。
 
「遅かったねー。もうご飯できてるから、手を洗っておいで」
「ええっ! み、蓑崎さん、ご飯作ってくれてたんですか?」
 
 な、なんでうちのごはんを蓑崎さんが……?!
 家じゅうを満たす、ワインのような濃厚な匂いに「あれっ?」と思ったけど、まさかですよ。
 予想外の事態におろおろしてたら、ソファで本を読んでた陽平が、大きな声で言う。
 
「俺も晶も、五限休講だったんだよ。で、暇だからメシでも作ってやるって、晶が」 
「え、ええ……そんな、すみません」
 
 頭を下げつつ、複雑な気持ちでいっぱいやったん。――だって、ぼくのおらんときに蓑崎さんにごはん作ってもらうって、どういうこと。
 悶々としてたら、当の蓑崎さんが「アハハ」と笑い声をあげる。
 
「いいよ、料理くらい大したことじゃないし。成己くんが今から作ったら、遅くなるでしょ?」
「あ、あはは……」
 
 そ、そう思って、バイトの日は先に準備してくから。冷蔵庫で、ハンバーグが出番を待ってるんですが……!
 
「良かったな成己、楽できて。さっさと荷物置いて来いよ」
「う……うん。ありがとうございます」
 
 あっけらかんと言う陽平に、もう何も言えんくて。ぼくは、すごすごとお部屋に着替えに行ったんよ。



「……ってわけなん、サボちゃん」

 ぐちぐちとぼやき終わると――そうなんだ、とでも言うように、サボちゃんの棘が輝く。ごめんね、こんな話……

「ぼくが気にしすぎなんかなぁ? 陽平も、喜んでたし……」

 ちなみにね。
 晩ごはんは、ブッフ・ブルギニョンって言う初めて聞くお料理やったん。すっごいお洒落で、びっくりしたけど……美味しくて。
 
「成己くん、また作り方教えてあげるね。こいつのお母さんが得意でさー、大好物なんだよな?」
「えっ……」 
「うるせーな、ほっとけっての」
 
 ぼく、あのお料理が陽平の好物やったなんて、知らんくて。陽平も、憎まれ口をたたきながらも、すっごい懐かしそうに食べてて……なんか、一気にごはんが喉を通らんくなってもたん。
 
「はあ~……」
 
 ぼくは深くため息を吐き、ぺちゃんと床に突っ伏した。しゅるしゅる、と怒りが萎えて、ずーんと気持ちが沈んでまう。
 
 ――わかってる。これって、ぼくの劣等感やんね……
 
 きっと、陽平も蓑崎さんも、ぼくがこんな気持ちになるなんて、思ってなかったはずやもん。
 ぼくだって、蓑崎さんやなかったら、こんな落ち込んだかわからへんし。
 
「……なかなか、ままならへんもんやねぇ」
 
 陽平を応援するって言ったきもちに、ウソはないのに……すぐ心がトゲトゲしちゃう。
 ぼくは、サボちゃんの棘を撫でた。

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