いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第一章~婚約破棄~

十三話

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 お昼ごろ、陽平はもそもそと起き出してきた。
 腕で顔をくしくし擦りながら、裸足のままリビングに入ってくる。子どもみたいな仕草が、微笑ましい。
 
「おはよう、陽平」
「……おぅ」
「二日酔いはどう?」
「まあ……ぼちぼち」
 
 ぼくの問いに、死ぬほど決まりが悪そうな顔をした陽平に、ふき出してまう。これは、げぼ吐いたことを覚えているとみた。くすくす笑いながら、聞く。
 
「ごはんあるけど、食べる?」
 
 陽平は頭が落ちそうな感じで頷くと、廊下に引き返していく。パタン、と戸の閉まる音のあとに、水音がした。――どうやら、シャワーを浴びるらしい。
 
「とうっ」
 
 ぼくは、この機を逃さず寝室に突入する。
 むっとするお酒のニオイに出迎えられ、「うひい」と頬が引き攣った。カーテンと窓をパーンと開けはなち、お布団を上げ、シーツと枕カバーを引き抜く。ついでに、床にゴロゴロ転がった空のペットボトルを抱えた。
 
 ――いつもながら、がぶ飲みやんなあ……どこに入んねやろ?
 
 お酒飲むと、のど乾くんやってみんな言うてるけど。実際、どんなもんなんか、ぼくも飲んでみたらわかるんかなあ?
 
「まあ、陽平の様子からいって……飲みすぎひんのが一番やろうねぇ」
 
 ふふふと笑いつつ、洗濯物を抱えると……お酒に混じって、かぎ慣れた匂いが鼻をくすぐった。
 ばらの花みたいに華やかで、どこか気品がある――陽平のフェロモン。
 
「ふわ……」
 
 ほう、と深く息をついた。シーツに顔を埋め、陽平のフェロモンに包まれると、おなかの奥がふわりと温かくなる。
 
 ――落ち着く……。お酒臭くなかったら、もっといいけど……
 
 陽平のフェロモンをかぐと、心もそうやけど……オメガとしての「何か」が整う感じがするんよね。
 いつも、どこか波みたいに揺らいでる部分が、ぴたっと繋ぎとめられる気がするって言うか――ありていに言うと、すごく「安心」するねん。
 うっとりと目を閉じたとき、洗面所から「成己ー!」と大きな声で呼ばれる。
 
「あっ……なに~?」
「タオルねえから、持ってきて」
「はーい、ちょっと待ってねー」
 
 ぼくはすっかり我に返り、ぱたぱたと洗面所に急いだ。
 
 
 
 
「ふー……」
 
 お風呂上がりでホカホカしとる陽平が、テーブルでにゅうめんを啜っていた。ぼくは向かい合わせに座って、同じものを食べながら、にこにこと尋ねる。
 
「おいしい?」
「ん」
 
 陽平は大人しく頷いて、もくもくと食べている。
 いつもより、さらに口数が少ないけど、湯を浴びてさっぱりしたんか、顔つきは悪くない。

「めん、おかわりあるよ」
「ん」

 差しだされた空の器に、めんとお汁を足して返す。食欲はあるみたいで、ほっとする。
 たくさん飲んだ次の日、陽平はすごく食べたがるんよ。でも、まだ飲み慣れてなかったころは、辛うじて水! みたいな感じやったから……

――この調子やったら、はやく良くなるかな。

 その後、順調におかわりが続き、茹でておいためんが無くなった。陽平は唇をぬぐって、箸を揃えて置く。

「ごちそうさま」
「はいはい。お粗末さま」

 すんだ器は重ねて、洗い桶につけておくことにした。大した量やないし、洗っちゃってもよかったんやけど……
 ぼくは、コップにお茶を入れて、陽平のもとへ戻る。

「……成己」
「はい」

 テーブルについてすぐ、陽平が口を開いた。ぼくも、居住まいを正す。

「きのうは、悪かった。カッとなって言い過ぎた、と思う……」

 陽平は、投げ出すように謝って、ばつが悪そうに俯く。
 ……ほんま、素直やないよねえ。
 「悪いな」って思って、はよ帰ってきてくれたんやろうにね。

「ええよ。ぼくのほうこそ、ごめんね」
「……成己」

 にっこり笑うと、陽平はきゅっと唇を結んだ。あ、拗ねたこどもみたいな顔、ちょっとかわいい。

「でも、いっこだけ聞いて……ぼく、蓑崎さんのことが嫌で言うたんと違うの。そりゃ、陽平とふたりきりの時間は、ほしいけど……」

 夫婦になるんやし、みんなと同じばっかは寂しい。でも……ぼくは、陽平の友達思いなとこ、好きやから。
 そう伝えると、陽平はちょっと表情をやわらげた。

「……成己。おまえに、聞いてほしいことがある」
「ん?」
「晶のことなんだけど……」

 そう前置いて、陽平は話し始めた。

 
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