7 / 398
第一章~婚約破棄~
六話
しおりを挟む
「あら、成己くん。健診に来てたん?」
ルンルン気分のぼくは、センターを出る間際に呼び止められた。ポニーテールを背で弾ませ、快活な足取りでこっちに近づいてくる女性に、ぼくは笑顔になる。
「涼子せんせい! こんにちはっ」
ぺこりと頭を下げると、涼子先生が「元気そうやねぇ」と笑う。
先生は、センターに勤めてはる保育士さんで、ぼくの教育係やった人。怒ったら怖いけど、それ以上にあったかくて――ぼくにとっては、お姉ちゃんみたいな存在だ。
先生は、丸いほっぺに笑窪をうかべ、言う。
「せや、成己くん。こないだは卓司にプレゼント、ありがとうなあ。めっちゃ喜んでたわ」
「ほんまですか? よかったあ」
先日、涼子先生の二番目のお子さんの卓司くんの、三歳の誕生日で。「はらぺこあおむし」のぬいぐるみをプレゼントしたんやけど、外してないか不安やったんよ。
先生は、にこにこしながらスマホで写真を見せてくれた。
「ほらぁ、見て! ずーっと離さへんねんで」
「うわあ、めっちゃ可愛い~!」
ふくふくほっぺに笑顔をのせた卓司くんが、小さな両腕でぬいぐるみを抱いている。胸がきゅうんとなるほど、幼気で可愛らしい。
「たっくん、ちょっと見んうちに、また大きくなったねぇ」
「せやろ! まあ、渦中におると、慌ただしくて浸る暇もないけどな。成己くんも、子供の写真はようけとっときや」
「うんっ、そうする!」
と、先生はふいに目を細める。
「むふふ。ちっさかった成己くんと、こんな話をするとは。誕生日、楽しみやね」
「涼子先生……ありがとう」
にやりと笑った涼子先生に、どんと脇腹を小突かれて、ぼくは照れ笑いする。
先生は、ぼくが小さいころから「家族、家族」と大騒ぎしていたのを知ってるから。婚約を伝えたときも、一番喜んでくれたのは涼子先生やった。
「あ。ところで、成己くん。今日はこれから、いつものとこ行くん?」
「うん。そのつもりやで」
しばらく談笑した後、涼子先生は思い出したように言う。
ぼくが頷くと、先生はパン、と両手を合わせた。
「ほな、宏章くんに「予約」頼んどいてもろてええ? うちの旦那、あこのサンドイッチやないと嫌や言うねんか」
「あはは、わかった。いつもの?」
「そうそう! 仕事終わったら、取りに行くさかい。ありがとうね、成ちゃん」
子供のときみたいな呼ばれ方が、くすぐったい。
「また後でね」と、手を振って別れると、先生は急ぎ足で仕事に戻って行った。
「お疲れさまですっ」
「どうぞお気をつけて」
警備員さんに頭を下げて、センターの建物を出ると――ちょうど、太陽が真上にきていた。
検査って、わりかし時間かかるよね。
「おなか減ったなあ」
てくてく歩きながら、お腹をおさえる。
――検査あるから、朝からお茶だけやったもんなぁ。”お店”についたら、なんか食べさせてもらお!
センターは広い敷地があって、建物を出てから外に出るまでに、二つも門がある。
外の門までは、徒歩でニ十分くらい。でも、庭園みたいな道には、季節のお花が色とりどりに咲いていて。見ながら歩いてたら、あっという間に感じてしまう。
「――成!」
二つ目の門を出たところで、低くつやのある声に呼び止められる。振り返ると、予想通りの人が車に凭れて手を振っていた。
ぼくは、ぱっと笑顔になる。
「宏兄っ!」
ルンルン気分のぼくは、センターを出る間際に呼び止められた。ポニーテールを背で弾ませ、快活な足取りでこっちに近づいてくる女性に、ぼくは笑顔になる。
「涼子せんせい! こんにちはっ」
ぺこりと頭を下げると、涼子先生が「元気そうやねぇ」と笑う。
先生は、センターに勤めてはる保育士さんで、ぼくの教育係やった人。怒ったら怖いけど、それ以上にあったかくて――ぼくにとっては、お姉ちゃんみたいな存在だ。
先生は、丸いほっぺに笑窪をうかべ、言う。
「せや、成己くん。こないだは卓司にプレゼント、ありがとうなあ。めっちゃ喜んでたわ」
「ほんまですか? よかったあ」
先日、涼子先生の二番目のお子さんの卓司くんの、三歳の誕生日で。「はらぺこあおむし」のぬいぐるみをプレゼントしたんやけど、外してないか不安やったんよ。
先生は、にこにこしながらスマホで写真を見せてくれた。
「ほらぁ、見て! ずーっと離さへんねんで」
「うわあ、めっちゃ可愛い~!」
ふくふくほっぺに笑顔をのせた卓司くんが、小さな両腕でぬいぐるみを抱いている。胸がきゅうんとなるほど、幼気で可愛らしい。
「たっくん、ちょっと見んうちに、また大きくなったねぇ」
「せやろ! まあ、渦中におると、慌ただしくて浸る暇もないけどな。成己くんも、子供の写真はようけとっときや」
「うんっ、そうする!」
と、先生はふいに目を細める。
「むふふ。ちっさかった成己くんと、こんな話をするとは。誕生日、楽しみやね」
「涼子先生……ありがとう」
にやりと笑った涼子先生に、どんと脇腹を小突かれて、ぼくは照れ笑いする。
先生は、ぼくが小さいころから「家族、家族」と大騒ぎしていたのを知ってるから。婚約を伝えたときも、一番喜んでくれたのは涼子先生やった。
「あ。ところで、成己くん。今日はこれから、いつものとこ行くん?」
「うん。そのつもりやで」
しばらく談笑した後、涼子先生は思い出したように言う。
ぼくが頷くと、先生はパン、と両手を合わせた。
「ほな、宏章くんに「予約」頼んどいてもろてええ? うちの旦那、あこのサンドイッチやないと嫌や言うねんか」
「あはは、わかった。いつもの?」
「そうそう! 仕事終わったら、取りに行くさかい。ありがとうね、成ちゃん」
子供のときみたいな呼ばれ方が、くすぐったい。
「また後でね」と、手を振って別れると、先生は急ぎ足で仕事に戻って行った。
「お疲れさまですっ」
「どうぞお気をつけて」
警備員さんに頭を下げて、センターの建物を出ると――ちょうど、太陽が真上にきていた。
検査って、わりかし時間かかるよね。
「おなか減ったなあ」
てくてく歩きながら、お腹をおさえる。
――検査あるから、朝からお茶だけやったもんなぁ。”お店”についたら、なんか食べさせてもらお!
センターは広い敷地があって、建物を出てから外に出るまでに、二つも門がある。
外の門までは、徒歩でニ十分くらい。でも、庭園みたいな道には、季節のお花が色とりどりに咲いていて。見ながら歩いてたら、あっという間に感じてしまう。
「――成!」
二つ目の門を出たところで、低くつやのある声に呼び止められる。振り返ると、予想通りの人が車に凭れて手を振っていた。
ぼくは、ぱっと笑顔になる。
「宏兄っ!」
142
関連作品
「いつでも僕の帰る場所」短編集
「いつでも僕の帰る場所」短編集
お気に入りに追加
1,497
あなたにおすすめの小説

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?
いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、
たまたま付き人と、
「婚約者のことが好きなわけじゃないー
王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」
と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。
私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、
「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」
なんで執着するんてすか??
策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー
基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

自分勝手な側妃を見習えとおっしゃったのですから、わたくしの望む未来を手にすると決めました。
Mayoi
恋愛
国王キングズリーの寵愛を受ける側妃メラニー。
二人から見下される正妃クローディア。
正妃として国王に苦言を呈すれば嫉妬だと言われ、逆に側妃を見習うように言わる始末。
国王であるキングズリーがそう言ったのだからクローディアも決心する。
クローディアは自らの望む未来を手にすべく、密かに手を回す。

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない
天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。
ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。
運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった――――
※他サイトにも掲載中
★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★
「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」
が、レジーナブックスさまより発売中です。
どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる