いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第一章~婚約破棄~

五話

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 お昼前に、ぼくはセンターで健診を受けていた。
 オメガは特殊な体のつくりをしているから、定期検診が義務付けられてるんだ。特に、卵巣や子宮の健康状態は大切やから、入念な検査が行われる。
 
「……うん。成己くん、今月も何の問題もない。健康な子宮だね」
「わあ……よかったです」
 
 お腹に当てていたエコーを外し、主治医の中谷先生が微笑む。
 ぼくは、ほっとして胸を撫でおろした。先生も、カルテを書きこみながら、少し砕けた口調になる。
 
「そうだ。成己くんは、来月に結婚するんだよね。本当におめでとう」
「はい! ありがとうございますっ」
 
 ぺこ、と頭を下げると、先生はにこにこと言葉を継ぐ。
 
「赤ちゃんの頃から診てきた、成己くんが結婚か……私も、年をとるはずだなあ」
「えへへ……これからも、よろしくお願いします」
「そうだね。――子どものことは、彼とは話し合ってるかい?」
 
 その質問には、ぎくりとする。
 陽平はこの頃、子どもの計画を話したがらず、すぐに話をそらしてしまう。以前はそうじゃなかったのに、蓑崎さんと会ってから――
 
「成己くん、どうしたの?」
「あ、いえ! ええと、城山のご両親には、今年中にでもって言われてるんですけど。……ぼく、ちゃんとできますか?」
 
 怪訝そうに尋ねられ、慌てて笑顔を作った。大事な話の最中やのに、すぐにウジウジしちゃって、良くない。
 先生は「ふうむ」と唸りつつ、カルテを捲った。
 
「成己くんは、ファーストヒートは十四歳の七月だったよね」
「はい」
 
 十四歳の誕生日の夜、ぼくは初めての発情――ヒートを経験した。
 それは、なんの前触れも兆候もなかった。
 センターの先生たちが、誕生会をしてくれて……ケーキを食べて、楽しい気持ちでベッドに入ったのに。――深夜ごろ、急に体が熱くなったんだ。
 
『……おなか、苦しいっ……たすけて……!』
 
 ヒートは「素敵なもの」って聞いてたのに、全然違った。
 おなかが爆発するかと思うほど、苦しくて――その上、まだ精通さえなかったぼくは、どうしたらいいのかもわからんかったから。

『だれか……!』

 ただ、この苦しいのから逃れたくて、助けて欲しくて、泣き叫び続けた。
 それで――気づいたら、色んな管に繋がれて、ベッドに眠ってたんや。
 そのとき、中谷先生が説明してくれたことには、ぼくは恐らくヒートが重い体質なんだそう。でも、子宮が未熟なせいで、心身に負担がかかりすぎたんやって。
 やから、子宮が成熟して安定するまで、ヒートが来ないように、抑制剤でコントロールしてきた。
 
 ――ぼくのからだ……ちゃんと、ヒートに耐えられるのかな。 
 
 胸の奥が、不安でぎゅって締め付けられる。手を握り合わせて、中谷先生をじっと窺い見た。
 すると、先生の笑い皺が深くなる。
 
「今まで、よく頑張ったね。もう、成己くんの子宮はきちんと成熟してるし、十分に妊娠が可能だよ。ヒートだって正常に来るだろう……今年中に子供が欲しいなら、今月から抑制剤を止めてみてもいいと思う」
「ほ、ほんまですか……!?」
 
 ぱあっ、と目の前が明るくなる。
 中谷先生は、「また、パートナーと一緒に来てね」と言ってくれた。
 
「はいっ。先生、本当にありがとうございます……!」
 
 こみ上げる涙をこらえて、ぼくは何度も頷いた。
 
 
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