4 / 360
第一章~婚約破棄~
三話
しおりを挟む
「じゃ、そろそろ行くね。成己くん、お世話様でした」
「いえいえ! 大したお構いも出来ませんで」
もう授業に行くらしい蓑崎さんを、玄関まで見送った。にこやかな彼には申し訳ないけど、ちょっとホッとしてる自分がいる。
すると、背後からドタバタと陽平が追いかけてきた。肩には、登校用のリュックをかけている。
「陽平、なにしてんの? 今日は一限ない日やろ?」
「あー……別にいいだろ」
不思議に思って聞くと、陽平はばつが悪そうな顔で濁す。答えたのは、蓑崎さんやった。
「ああ、ごめんね。こいつ今日、俺のノート係なんだ」
「えっ?」
「三限に出す予定のレポート、いまいち気に入ってなくてさ。でも授業のノートは取らないと、テストのとき困るじゃない? そしたら、陽平が手伝ってくれるって」
ぼくが振り返ると、陽平は舌打ちした。
「何、都合よく言ってんだよ。頷くまで聞かなかったくせに」
「あはは、知らないの? 弟分は、兄貴の言う事に逆らっちゃいけないんだぜ」
仲良く小突き合う二人に、ぼくはポカンとしてまう。
「え、じゃあ、陽平はもう行くん?」
思わず聞き直すと、陽平は「そう言ったろ」と放るように言い、靴を履きだした。蓑崎さんは、「エレベーターをつかまえてくる」と、先にマンションの廊下に駆け出て行く。
「じゃ。晩メシはいらねえ」
さっさと後を追おうとする陽平に、ぼくは慌てて、朝に話そうと思ってたことを伝えた。
「ち、ちょっと、待って。ぼく、今日は定期健診やからね。なるたけ、はよ帰ってきてな?」
「あー」
気もそぞろの返事に、ちょっとむっとする。
ぼくの気持ちをよそに、陽平は早足にドアを潜った。――と思ったら、大慌てで戻ってくる。
「今日、健診なら、街に行くんだろ。ついでに、桜庭宏樹先生の新刊、受け取っといて」
「あっ……うん」
手にぎゅっと予約票を握らされ、おろおろと頷く。
「陽平~! 何してんの、遅れる!」
「わかってるって!」
蓑崎さんの声に怒鳴り返し、陽平は駆け出て行った。
「あ――いってらっしゃい!」
ドアから顔を出し、陽平を送り出す。返事の代わりに、賑やかに言い合う声が遠ざかっていった。
なんだかなあ、と思ってしまう。
朝ごはんの後片付けをしながら、ぼくはため息を吐いた。
「陽平、最近遅い日ばっかやのに……蓑崎さんのために、わざわざ学校行くん?」
そりゃ、友達のために授業の手助けをするくらい、普通のことやとは思う。陽平は気前のええとこあるし、そういうところも好きやけど……
こんなに引っかかってしまうのは――やっぱり、相手が蓑崎さんだから、なんやろうか?
ぼくは、キュッと蛇口を閉めた。
――蓑崎さんは、陽平のひとつ年上の幼馴染だ。
お隣同士の家に住んでいた二人は、兄弟のように育ったらしい。中学生の時に、蓑崎さんが海外に留学して、それから会ってなかったみたいなんやけど。
「初めまして、成己くん。俺は蓑崎晶。これからよろしくね」
陽平が大学の二回生になった、今年――蓑崎さんは、ぼく達の家に遊びに来た。なんでも、大学のサークルで偶然に再会したらしいねん。
婚約者と、すごく綺麗な人が親しげに肩を組んでいて、ぼくは鳩が豆鉄砲状態やったと思う。
陽平は、いつになく浮かれた調子で、ぼくに蓑崎さんを紹介してくれた。
「こいつ、晶はオメガだけどさ。……まあ、俺の兄貴みたいなもんだから。余計なこと、勘ぐるなよな」
「そうそう。俺も、ちゃんと婚約者がいるから安心してね。そもそも陽平なんか、ぜんっぜん俺のタイプじゃないし」
「んだとぉ!?」
和気あいあいとじゃれ合う二人に、なんとなくモヤモヤしてしもたん、覚えとる。
でも――二人の言う通り、蓑崎さんの左手の薬指には、銀色の指輪があったし。ぼく自身、兄のように思う人がいるのもあって、「そんなものか」と思うことにしたんやけど。
「なーんか、いやなんよなあ……ぼく、ヤキモチ妬きなんやろか」
はふう、と長くため息を吐く。
今朝みたいなことは、蓑崎さんが来てから、ぼくと陽平の新しい日常になりつつある。
蓑崎さんは、陽平の友人曰く、大学でもずっと一緒におるらしいし。ぼく達の家にも、ほぼ毎日やってきて、陽平もそれを歓迎してる。
でも、ぼくは……仲の良い二人を見てると、自分がどんどん一人ぼっちみたいに思えてきて、つらかった。
「いえいえ! 大したお構いも出来ませんで」
もう授業に行くらしい蓑崎さんを、玄関まで見送った。にこやかな彼には申し訳ないけど、ちょっとホッとしてる自分がいる。
すると、背後からドタバタと陽平が追いかけてきた。肩には、登校用のリュックをかけている。
「陽平、なにしてんの? 今日は一限ない日やろ?」
「あー……別にいいだろ」
不思議に思って聞くと、陽平はばつが悪そうな顔で濁す。答えたのは、蓑崎さんやった。
「ああ、ごめんね。こいつ今日、俺のノート係なんだ」
「えっ?」
「三限に出す予定のレポート、いまいち気に入ってなくてさ。でも授業のノートは取らないと、テストのとき困るじゃない? そしたら、陽平が手伝ってくれるって」
ぼくが振り返ると、陽平は舌打ちした。
「何、都合よく言ってんだよ。頷くまで聞かなかったくせに」
「あはは、知らないの? 弟分は、兄貴の言う事に逆らっちゃいけないんだぜ」
仲良く小突き合う二人に、ぼくはポカンとしてまう。
「え、じゃあ、陽平はもう行くん?」
思わず聞き直すと、陽平は「そう言ったろ」と放るように言い、靴を履きだした。蓑崎さんは、「エレベーターをつかまえてくる」と、先にマンションの廊下に駆け出て行く。
「じゃ。晩メシはいらねえ」
さっさと後を追おうとする陽平に、ぼくは慌てて、朝に話そうと思ってたことを伝えた。
「ち、ちょっと、待って。ぼく、今日は定期健診やからね。なるたけ、はよ帰ってきてな?」
「あー」
気もそぞろの返事に、ちょっとむっとする。
ぼくの気持ちをよそに、陽平は早足にドアを潜った。――と思ったら、大慌てで戻ってくる。
「今日、健診なら、街に行くんだろ。ついでに、桜庭宏樹先生の新刊、受け取っといて」
「あっ……うん」
手にぎゅっと予約票を握らされ、おろおろと頷く。
「陽平~! 何してんの、遅れる!」
「わかってるって!」
蓑崎さんの声に怒鳴り返し、陽平は駆け出て行った。
「あ――いってらっしゃい!」
ドアから顔を出し、陽平を送り出す。返事の代わりに、賑やかに言い合う声が遠ざかっていった。
なんだかなあ、と思ってしまう。
朝ごはんの後片付けをしながら、ぼくはため息を吐いた。
「陽平、最近遅い日ばっかやのに……蓑崎さんのために、わざわざ学校行くん?」
そりゃ、友達のために授業の手助けをするくらい、普通のことやとは思う。陽平は気前のええとこあるし、そういうところも好きやけど……
こんなに引っかかってしまうのは――やっぱり、相手が蓑崎さんだから、なんやろうか?
ぼくは、キュッと蛇口を閉めた。
――蓑崎さんは、陽平のひとつ年上の幼馴染だ。
お隣同士の家に住んでいた二人は、兄弟のように育ったらしい。中学生の時に、蓑崎さんが海外に留学して、それから会ってなかったみたいなんやけど。
「初めまして、成己くん。俺は蓑崎晶。これからよろしくね」
陽平が大学の二回生になった、今年――蓑崎さんは、ぼく達の家に遊びに来た。なんでも、大学のサークルで偶然に再会したらしいねん。
婚約者と、すごく綺麗な人が親しげに肩を組んでいて、ぼくは鳩が豆鉄砲状態やったと思う。
陽平は、いつになく浮かれた調子で、ぼくに蓑崎さんを紹介してくれた。
「こいつ、晶はオメガだけどさ。……まあ、俺の兄貴みたいなもんだから。余計なこと、勘ぐるなよな」
「そうそう。俺も、ちゃんと婚約者がいるから安心してね。そもそも陽平なんか、ぜんっぜん俺のタイプじゃないし」
「んだとぉ!?」
和気あいあいとじゃれ合う二人に、なんとなくモヤモヤしてしもたん、覚えとる。
でも――二人の言う通り、蓑崎さんの左手の薬指には、銀色の指輪があったし。ぼく自身、兄のように思う人がいるのもあって、「そんなものか」と思うことにしたんやけど。
「なーんか、いやなんよなあ……ぼく、ヤキモチ妬きなんやろか」
はふう、と長くため息を吐く。
今朝みたいなことは、蓑崎さんが来てから、ぼくと陽平の新しい日常になりつつある。
蓑崎さんは、陽平の友人曰く、大学でもずっと一緒におるらしいし。ぼく達の家にも、ほぼ毎日やってきて、陽平もそれを歓迎してる。
でも、ぼくは……仲の良い二人を見てると、自分がどんどん一人ぼっちみたいに思えてきて、つらかった。
120
お気に入りに追加
1,428
あなたにおすすめの小説
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。
悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。
逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位
2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位
2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位
2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位
2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位
2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位
2024/08/14……連載開始
妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います
ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。
フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。
「よし。お前が俺に嫁げ」
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
モブらしいので目立たないよう逃げ続けます
餅粉
BL
ある日目覚めると見慣れた天井に違和感を覚えた。そしてどうやら僕ばモブという存存在らしい。多分僕には前世の記憶らしきものがあると思う。
まぁ、モブはモブらしく目立たないようにしよう。
モブというものはあまりわからないがでも目立っていい存在ではないということだけはわかる。そう、目立たぬよう……目立たぬよう………。
「アルウィン、君が好きだ」
「え、お断りします」
「……王子命令だ、私と付き合えアルウィン」
目立たぬように過ごすつもりが何故か第二王子に執着されています。
ざまぁ要素あるかも………しれませんね
花婿候補は冴えないαでした
一
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています
【運命】に捨てられ捨てたΩ
諦念
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる