いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
上 下
3 / 390
第一章~婚約破棄~

二話

しおりを挟む
「仕方ねえだろ? しょうのやつ、終電逃したからって、「ネットカフェに泊る」とか言いだすんだぞ。放っておけねぇじゃん」
 
 ぷんぷんしながらオムレツを焼いていると、陽平が隣に張り付いて、弁明してくる。面倒そうな口ぶりに、ぼくはむっとして、言い返す。
 
「それはそうやけど! 三人で一緒のベッドに眠らんでもええやんか。陽平、デリカシーなさすぎ!」
「はあ? お・ま・えが、ベッド一個しか買わねえからだろうが」
「で、でもっ。ソファもあるやん」
 
 来客用のベッドも兼ねるソファのことを言うと、陽平は眉を跳ね上げた。
 
「それは、お前が先寝てるから悪いんだろ」
「へ?」
 
 問答に飽きたのか、陽平は冷蔵庫から牛乳を取り出すと、キッチンを出て行った。
 なんじゃ、さっきの。どういう意味?
 頭にハテナを飛ばしながら、オムレツをお皿に乗せていると、ちゃんと服を着た蓑崎さんが、キッチンに入ってくる。
 
「わあ、良い匂い」
 
 笑んだ右目の下に、鮮やかな赤い花の紋様が浮かんでいる。
 蓑崎さんは、ぼくと同じ男性体のオメガだった。でも、すらりと背が高く、匂うような色香があって。今年で二十歳を迎えるというのに、「中学生みたいだね」って言われるぼくとは大違いの人。
 白い首を守る黒の首輪(オメガの項を守るもの)さえ、どこか色っぽくて、つい自分のそれをなぞった。
 
「朝ごはん、俺の分まで作ってくれたの? なんか悪いな」
「あ、いえいえ。大したもんちゃいますし」
 
 慌てて手を振ると、おかずを見ていた蓑崎さんがトレイのヨーグルトを指さした。
 
「これ無糖でしょ? このまま?」
「はい、そうですよ」
 
 陽平は健康志向で、毎朝ヨーグルトを食べる。ぼくからすると、ジャムとか乗っけた方が好きなんだけど、陽平はすっぱいままがいいんだって。そこで、ハタと気付く。
 
「あっ。蓑崎さん、甘いのがええですか? ジャムで良かったらありま……」
「ちょっと使うね」
 
 ぼくが言い終わる前に、蓑崎さんが冷蔵庫からオレンジを取り出して、ナイフで皮を剥き始める。え、なにしてんのこの人? ぎょっとするぼくの顔を、蓑崎さんは窺うように見た。
 
「あのさ、昨夜のこと気を悪くした? 俺は悪いって言ったんだけど、陽平が聞かなくてさ。あいつ、心配性すぎだよね。成己くんも知ってると思うけど」
「ああ、そうですねえ……」
 
 しまった。
 オレンジが気になって、生返事になっちゃった。
 幸い、蓑崎さんは気にならんらしく、話し続けとる。
 
「でも、あんまり怒らないであげてね。俺達が帰ってきたら、成己くん、もう寝てたじゃない? そしたら、陽平の奴「ソファに運んで、起こしたらかわいそうだろ」って。だから、三人で寝ようってなったんだよ」
「……はい?」
「成己くん、あいつに愛されてるね」
 
 オレンジを切り分け、ヨーグルトのお皿に乗せた蓑崎さんは、悪戯っぽくウインクする。
 固まってるぼくをよそに、トレイを二つ持って、キッチンを出て行った。
 
「陽平~、成己くんの愛情ご飯だよ」
「うっせ。からかってくんじゃねえよ――って、このオレンジ……」
「陽平は、ヨーグルトはオレンジないと駄目だろ? わざわざ切ってあげたんだから、有難く思えよ」
「はあ? ガキ扱いしやがって!」
「でも、好きなんだろ?」
「うっ」
 
 ダイニングから、賑やかな会話が聞こえてきて、ぼくはわなわなと震えた。
 
――なんかコレ、おかしくない!? 絶対、おかしいよな!?
 
 な、なんで当然のように、ぼくがソファで寝る人なん? そら、ぼくのがチビやから、ソファでも狭ないけど、恋人やで!?
 なんか、勝手にオレンジも切ってるし! 陽平も、いつもヨーグルトはそのまんまがええって言うやん! 甘味欲しかったんやったら、言うてやっ。
 
 ぼくの憤懣をよそに、ダイニングからは食器のぶつかる音と、談笑が聞こえてくる。
 取り残されたぼくの分のトレイを見ると、よけいにがっくり来てしもた。
 
しおりを挟む
感想 211

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

僕はお別れしたつもりでした

まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!! 親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。 大晦日あたりに出そうと思ったお話です。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

【本編完結】αに不倫されて離婚を突き付けられているけど別れたくない男Ωの話

雷尾
BL
本人が別れたくないって言うんなら仕方ないですよね。 一旦本編完結、気力があればその後か番外編を少しだけ書こうかと思ってます。

【完結】記憶を失くした旦那さま

山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。 目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。 彼は愛しているのはリターナだと言った。 そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。

オメガの復讐

riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。 しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。 とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない

天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。 ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。 運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった―――― ※他サイトにも掲載中 ★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★  「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」  が、レジーナブックスさまより発売中です。  どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m

処理中です...