3 / 6
第三話
しおりを挟む
翌日から、リメリアはさっそく動き出した。決戦は七日後、時間はいくらあっても足りない。
朝一番に、公爵領の腕の良い鋳物屋に泡立て器を発注した。勝負を見せつけるため、たくさんの招待状を出したし、彼らをゆうに収容できるだろう特設会場も手配済である。
「メリー、大学部の方でも配って来たぜ」
「ありがとう、ロルフ。持つべきものは便……親切な従兄ね!」
「おい、便利って言いかけたろ」
リメリアとロルフは、校内のあちこちに勝負の日時を記したチラシを配って歩いていた。その道中、生徒達からは「リメリア様! 頑張ってくださいね!」と激励の言葉が幾度もかけられた。
「さすが、凄い人望だなリメリア嬢は」
ロルフが口笛を吹く。
「ふふん、当然よ」
リメリアは得意気に胸を張る。やはり、皆はステラ嬢など望んではいないのだ!
「ロルフこそ、お姫様たちが熱い視線を送っていてよ。手でも振って差し上げたら?」
「ばっ……別に、物珍しいだけだろ。大学部の制服だしな」
うろたえるロルフに、リメリアはにやりとした。普段からかわれてばかりなので、弱った姿を見るのは気分が良い。
「悲しいわね。次期公爵が恋人の一人もいないうえ、従妹の使い走りなんて……」
「おい、手伝わねえぞ!?」
やんややんやと騒ぎながら歩いていると、ふいに周囲が騒めき始めた。
「見て、アスラン殿下とステラ嬢よ」
生徒達の注目の的の二人は、花の咲き乱れる庭園を横切っていく。ステラ嬢は、美人ではないが愛嬌のある丸顔に、満面の笑みを浮かべていた。
「あっ」
何かに躓いたのか、ステラ嬢がよろけて殿下に抱きついた。
(無礼な女!)
リメリアは憤怒した。
しかし、殿下はステラ嬢を優しく受け止めた。そのときの表情たるや。蜂蜜をどろどろに煮詰めたように、甘い微笑みを浮かべていたのだ。
「何よ、あの女!」
裏庭のあずまやで、リメリアは叫んだ。
大声に驚いて、屋根にとまっていた鳥たちが、バサバサと飛び去って行く。
「まーまー、落ち着けよ」
ロルフに窘められ、リメリアは「ぐぬぬ」と拳を握った。しかし腹立ちは治まらない。
「毎日、庭師が丹精している芝生なのよ? あんな風に転ぶはずないでしょ、わざとらしい!」
「まあ、男はわざとらしいくらいが好きだし」
「不潔よ!」
どか、と木の幹を殴りつけると、衝撃で毛虫が落ちてきた。
(そんな下らない理由で、好きになるなんてありえない)
リメリアは思う。――犬猫を可愛いというのではあるまいし、愛とはもっと高潔な感情であるはずだ。
ロルフは複雑な顔で、銀髪の上でくねる毛虫を避けてやった。
「なあ、メリー」
「何よ」
「なんでさ、そこまで殿下にこだわるんだ?」
「え?」
「この世に、良い男は殿下ひとりじゃないぜ。他の女を選んだ奴なんて、放っておけよ」
従兄の言葉に、リメリアは目をパチクリさせる。
(あら。心配してくれてるの?)
リメリアは気を良くし、「ほほほ」と高笑いした。
「何を言うの、ロルフ! 殿下って、とっても素敵じゃない。なんたって、王太子よ! 私は公爵令嬢なんだから、相手が公爵以下の爵位なんてゴメンなの」
「ほお」
「完璧な私につりあう夫じゃなきゃ嫌。もちろん美しい人でなきゃ駄目だし、一生を共にするなら気心の知れた方が……ちょっとロルフ、どこに行くのよ!」
「付き合ってらんね」
「何よ! 人の話は最後まで聞きなさいなっ」
リメリアは拳を振り上げ、ロルフの背を追いかけた。
朝一番に、公爵領の腕の良い鋳物屋に泡立て器を発注した。勝負を見せつけるため、たくさんの招待状を出したし、彼らをゆうに収容できるだろう特設会場も手配済である。
「メリー、大学部の方でも配って来たぜ」
「ありがとう、ロルフ。持つべきものは便……親切な従兄ね!」
「おい、便利って言いかけたろ」
リメリアとロルフは、校内のあちこちに勝負の日時を記したチラシを配って歩いていた。その道中、生徒達からは「リメリア様! 頑張ってくださいね!」と激励の言葉が幾度もかけられた。
「さすが、凄い人望だなリメリア嬢は」
ロルフが口笛を吹く。
「ふふん、当然よ」
リメリアは得意気に胸を張る。やはり、皆はステラ嬢など望んではいないのだ!
「ロルフこそ、お姫様たちが熱い視線を送っていてよ。手でも振って差し上げたら?」
「ばっ……別に、物珍しいだけだろ。大学部の制服だしな」
うろたえるロルフに、リメリアはにやりとした。普段からかわれてばかりなので、弱った姿を見るのは気分が良い。
「悲しいわね。次期公爵が恋人の一人もいないうえ、従妹の使い走りなんて……」
「おい、手伝わねえぞ!?」
やんややんやと騒ぎながら歩いていると、ふいに周囲が騒めき始めた。
「見て、アスラン殿下とステラ嬢よ」
生徒達の注目の的の二人は、花の咲き乱れる庭園を横切っていく。ステラ嬢は、美人ではないが愛嬌のある丸顔に、満面の笑みを浮かべていた。
「あっ」
何かに躓いたのか、ステラ嬢がよろけて殿下に抱きついた。
(無礼な女!)
リメリアは憤怒した。
しかし、殿下はステラ嬢を優しく受け止めた。そのときの表情たるや。蜂蜜をどろどろに煮詰めたように、甘い微笑みを浮かべていたのだ。
「何よ、あの女!」
裏庭のあずまやで、リメリアは叫んだ。
大声に驚いて、屋根にとまっていた鳥たちが、バサバサと飛び去って行く。
「まーまー、落ち着けよ」
ロルフに窘められ、リメリアは「ぐぬぬ」と拳を握った。しかし腹立ちは治まらない。
「毎日、庭師が丹精している芝生なのよ? あんな風に転ぶはずないでしょ、わざとらしい!」
「まあ、男はわざとらしいくらいが好きだし」
「不潔よ!」
どか、と木の幹を殴りつけると、衝撃で毛虫が落ちてきた。
(そんな下らない理由で、好きになるなんてありえない)
リメリアは思う。――犬猫を可愛いというのではあるまいし、愛とはもっと高潔な感情であるはずだ。
ロルフは複雑な顔で、銀髪の上でくねる毛虫を避けてやった。
「なあ、メリー」
「何よ」
「なんでさ、そこまで殿下にこだわるんだ?」
「え?」
「この世に、良い男は殿下ひとりじゃないぜ。他の女を選んだ奴なんて、放っておけよ」
従兄の言葉に、リメリアは目をパチクリさせる。
(あら。心配してくれてるの?)
リメリアは気を良くし、「ほほほ」と高笑いした。
「何を言うの、ロルフ! 殿下って、とっても素敵じゃない。なんたって、王太子よ! 私は公爵令嬢なんだから、相手が公爵以下の爵位なんてゴメンなの」
「ほお」
「完璧な私につりあう夫じゃなきゃ嫌。もちろん美しい人でなきゃ駄目だし、一生を共にするなら気心の知れた方が……ちょっとロルフ、どこに行くのよ!」
「付き合ってらんね」
「何よ! 人の話は最後まで聞きなさいなっ」
リメリアは拳を振り上げ、ロルフの背を追いかけた。
10
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
悪役令嬢ってこれでよかったかしら?
砂山一座
恋愛
第二王子の婚約者、テレジアは、悪役令嬢役を任されたようだ。
場に合わせるのが得意な令嬢は、婚約者の王子に、場の流れに、ヒロインの要求に、流されまくっていく。
全11部 完結しました。
サクッと読める悪役令嬢(役)。
平和的に婚約破棄したい悪役令嬢 vs 絶対に婚約破棄したくない攻略対象王子
深見アキ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢・シェリルに転生した主人公は平和的に婚約破棄しようと目論むものの、何故かお相手の王子はすんなり婚約破棄してくれそうになくて……?
タイトルそのままのお話。
(4/1おまけSS追加しました)
※小説家になろうにも掲載してます。
※表紙素材お借りしてます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
この異世界転生の結末は
冬野月子
恋愛
五歳の時に乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生したと気付いたアンジェリーヌ。
一体、自分に待ち受けているのはどんな結末なのだろう?
※「小説家になろう」にも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】みそっかす転生王女の婚活
佐倉えび
恋愛
私は幼い頃の言動から変わり者と蔑まれ、他国からも自国からも結婚の申し込みのない、みそっかす王女と呼ばれている。旨味のない小国の第二王女であり、見目もイマイチな上にすでに十九歳という王女としては行き遅れ。残り物感が半端ない。自分のことながらペットショップで売れ残っている仔犬という名の成犬を見たときのような気分になる。
兄はそんな私を厄介払いとばかりに嫁がせようと、今日も婚活パーティーを主催する(適当に)
もう、この国での婚活なんて無理じゃないのかと思い始めたとき、私の目の前に現れたのは――
※小説家になろう様でも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない
当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。
だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。
「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」
こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!!
───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。
「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」
そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。
ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。
彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。
一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。
※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄された悪役令嬢は王子様に溺愛される
白雪みなと
恋愛
「彼女ができたから婚約破棄させてくれ」正式な結婚まであと二年というある日、婚約破棄から告げられたのは婚約破棄だった。だけど、なぜか数時間後に王子から溺愛されて!?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】高嶺の花がいなくなった日。
紺
恋愛
侯爵令嬢ルノア=ダリッジは誰もが認める高嶺の花。
清く、正しく、美しくーーそんな彼女がある日忽然と姿を消した。
婚約者である王太子、友人の子爵令嬢、教師や使用人たちは彼女の失踪を機に大きく人生が変わることとなった。
※ざまぁ展開多め、後半に恋愛要素あり。
【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい
三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。
そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる