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余談
友達(9)
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二人の結婚発表から三ヵ月ほど。相変わらず、伊月社長の会社の仕事はもらえていて、俺たちのグループは順調に活動を続けていた。
結婚したときにまた『よろしくね』とは言われたけど、それ以降、伊月社長からの連絡は無い。
順調な二人のために俺ができることなんてもうないだろうから、申し訳ない気もするけど……
今日は波崎くんと数ヵ月ぶりに二人きりの仕事だった。
共演した映画の公開に合わせた雑誌のインタビューを二人で受けて、終わったのは夜の七時くらい。
「あの、フユキさん……このあと時間ありますか?」
「え?」
「ご飯いきませんか?」
「いいね、行こう」
珍しく波崎くんから声をかけてくれた。
伊月社長の「仕事」を抜きにしてももう友達だと思っているので、断る理由はない。
「よかった! あ、家族に夕食は外だって連絡を入れるのでちょっとだけ……すみません」
波崎くんは丁寧に俺に一言断ってから、スマートフォンでメッセージを打ち始める。
こういうところ、律儀でいい子だよな。
――ブブブッ
波崎くんがまだメッセージを送っていないと思うのに、なぜか俺のスマートフォンが震えた。
ん? 伊月社長からのメッセージ?
『アオくん、お友達のフユキくんにたくさんお話したいことがあるみたいだから、笑顔で聞いてあげてね?』
怖っ。
なんでわかるんだ? 盗聴か? もういっそエスパーとかいわれる方が安心する。
『了解です』
俺が短い返事をするのと、波崎くんが「お待たせしました」とスマートフォンの画面から視線を上げるのは同時だった。
◆
芸能人がよく使う、隠れ家イタリアンの個室に二人で入った。
なに言われるんだろう?
ここでもし、「助けて」とか「フユキさんのせいで」とか言われたらどうしよう。
ドキドキしながらグラスワインで乾杯をした後……波崎くんはかすかに頬を赤くしながら、はにかんだ笑顔を浮かべた。
「フユキさんにはずっとお礼を言いたかったんです。俺と光一郎さんの恋のキューピットだし、色々な番組で俺たちの関係を肯定してくれて……本当に感謝しています、ありがとうございます」
これは……純粋にお礼か?
波崎くんの顔は、どう見ての「幸せな新婚さん」だ。
恋のキューピットは俺が勝手に言っているだけだってわかっていると思うのに……合わせてくれて優しいな。
「あぁ、だって、あの恋に落ちる瞬間を見ちゃったらね。それに、友達の幸せは応援したいし、素敵なカップルだし」
「本当ですか? 嬉しいです! 俺、光一郎さんより七歳も下だし、光一郎さんってなんでもできる人だから、光一郎さんに釣り合うか不安で……」
「え? そう? 世間的には波崎くんのほうが立場が上……って言い方も変だけど、魅力のある人だよ」
「光一郎さんもそう言ってくれるんですが、光一郎さんって知れば知るほど素敵だから」
なんか……思ったよりも波崎くん、伊月社長に惚れている?
どう見ても本気で惚気ている顔だ。
客観的に見て、「策略」を知らなければ、伊月社長は男前の高身長で高収入、仕事のできるいい男。波崎くんを「推し」と公言するくらい波崎くんにベタ惚れで、波崎くんのためになんでもしてくれて……恋人としては最高だとは思う。
でも、伊月社長の話からいって、波崎くんはうっすらと伊月社長の「策略」に気がついているんだよな?
それでも好きって、意外と図太い性格をしているのか、鈍感すぎるのか……直接聞いてみたい気もするけど……
「……」
波崎くんの爽やかな笑顔の後ろに、伊月社長の怖すぎるくらい深い笑顔がチラついてきけるわけがない。
きけるとすれば、これくらいか。
「……ねぇ、伊月社長のどこが好きなの? やっぱり外見? それとも、仕事ができる社長なとこ?」
「え!? えー……改めて答えるのは恥ずかしいですね。素敵なところだらけだし……長くなりますよ?」
「新婚のうちだよ、長い惚気を言えるのは」
茶化すように促すと、波崎くんもまんざらでもなさそうな様子でワインをもう一口飲みながら話し始めた。
「じゃあ……えっと、そうですね。外見は俺の好みど真ん中なんですけど、その好みの外見になるように努力してくれているのが……嬉しいというか、キュンってなります。朝、鏡の前で一時間近くヘアセットやスキンケアなんかを頑張ってくれているの、すごくかわいいなって」
「へぇ~。完璧イケメンに見えるけど、波崎くんにカッコイイと思ってもらうために必死な感じ? いいね! それはキュンとくるだろうね」
そういう方面でも努力しているのか。
これはちょっと好感度上がるな。
「仕事は……俺と一緒に暮らし始めてからは一緒の時間を確保するためにリモートワークを中心にしてくれて、家で『社長』って顔でお仕事しているのを見るの、かっこいいなって……でも、スーツ姿を見られる機会が減っちゃったのは残念ですね」
「仕事中ってかっこよく見えるよね? それに、簡単にリモートに切り替えられるなんて、優秀なんだろうね」
「はい! そうなんです! 俺、大きな会社のことはよくわからないんですけど、光一郎さんの会社、すごく順調だってビジネス誌とかでみて……俺は『すごいなぁ』としか言えないんですけど、尊敬します」
順調だよなぁ、伊月ホールディングス。
ライバル会社の不祥事があったり、傘下にあればいいのにと思う会社はすぐに傘下に入ったり、都合のいい法律改正があったり……
恋愛であれだけできるんだから、仕事も当然できるよなぁ……
まぁ、これは怖すぎて触れられないけど。
「でも、一番好きなのは……」
波崎くんが、顔を真っ赤にして視線を逸らす。
「俺のことを誰よりも愛してくれるところ、です」
「あぁ、それはいいね」
そこか。
そこが好きなら、まぁ……伊月社長は間違いない。
あの人の愛の大きさだけは確実。
やり方は怖いけど、「波崎くんのことを愛する」って一点に関しては最強だ。
怖いけど。
マジ、怖いけど。
「最初は光一郎さんの愛って少し重くて……慣れなかったんですけど」
慣れなかったと濁したけど、微妙な顔だ。「策略」に気がついていたなら、「怖かった」が本音だろうな。
「だんだん……特に結婚してからは、この愛されかた、いいなと思えてきて」
「へぇ?」
波崎くん、どこまでわかっていて言っているんだろうな……
いや……うーん……
「俺も、光一郎さんがしてくれるのと同じだけの愛をなるべく返せるように頑張っています。光一郎さんも、俺がちょっと重い愛し方をするとすごく喜んでくれますし」
同じ、ねぇ……
それは無理だろう。
結婚したときにまた『よろしくね』とは言われたけど、それ以降、伊月社長からの連絡は無い。
順調な二人のために俺ができることなんてもうないだろうから、申し訳ない気もするけど……
今日は波崎くんと数ヵ月ぶりに二人きりの仕事だった。
共演した映画の公開に合わせた雑誌のインタビューを二人で受けて、終わったのは夜の七時くらい。
「あの、フユキさん……このあと時間ありますか?」
「え?」
「ご飯いきませんか?」
「いいね、行こう」
珍しく波崎くんから声をかけてくれた。
伊月社長の「仕事」を抜きにしてももう友達だと思っているので、断る理由はない。
「よかった! あ、家族に夕食は外だって連絡を入れるのでちょっとだけ……すみません」
波崎くんは丁寧に俺に一言断ってから、スマートフォンでメッセージを打ち始める。
こういうところ、律儀でいい子だよな。
――ブブブッ
波崎くんがまだメッセージを送っていないと思うのに、なぜか俺のスマートフォンが震えた。
ん? 伊月社長からのメッセージ?
『アオくん、お友達のフユキくんにたくさんお話したいことがあるみたいだから、笑顔で聞いてあげてね?』
怖っ。
なんでわかるんだ? 盗聴か? もういっそエスパーとかいわれる方が安心する。
『了解です』
俺が短い返事をするのと、波崎くんが「お待たせしました」とスマートフォンの画面から視線を上げるのは同時だった。
◆
芸能人がよく使う、隠れ家イタリアンの個室に二人で入った。
なに言われるんだろう?
ここでもし、「助けて」とか「フユキさんのせいで」とか言われたらどうしよう。
ドキドキしながらグラスワインで乾杯をした後……波崎くんはかすかに頬を赤くしながら、はにかんだ笑顔を浮かべた。
「フユキさんにはずっとお礼を言いたかったんです。俺と光一郎さんの恋のキューピットだし、色々な番組で俺たちの関係を肯定してくれて……本当に感謝しています、ありがとうございます」
これは……純粋にお礼か?
波崎くんの顔は、どう見ての「幸せな新婚さん」だ。
恋のキューピットは俺が勝手に言っているだけだってわかっていると思うのに……合わせてくれて優しいな。
「あぁ、だって、あの恋に落ちる瞬間を見ちゃったらね。それに、友達の幸せは応援したいし、素敵なカップルだし」
「本当ですか? 嬉しいです! 俺、光一郎さんより七歳も下だし、光一郎さんってなんでもできる人だから、光一郎さんに釣り合うか不安で……」
「え? そう? 世間的には波崎くんのほうが立場が上……って言い方も変だけど、魅力のある人だよ」
「光一郎さんもそう言ってくれるんですが、光一郎さんって知れば知るほど素敵だから」
なんか……思ったよりも波崎くん、伊月社長に惚れている?
どう見ても本気で惚気ている顔だ。
客観的に見て、「策略」を知らなければ、伊月社長は男前の高身長で高収入、仕事のできるいい男。波崎くんを「推し」と公言するくらい波崎くんにベタ惚れで、波崎くんのためになんでもしてくれて……恋人としては最高だとは思う。
でも、伊月社長の話からいって、波崎くんはうっすらと伊月社長の「策略」に気がついているんだよな?
それでも好きって、意外と図太い性格をしているのか、鈍感すぎるのか……直接聞いてみたい気もするけど……
「……」
波崎くんの爽やかな笑顔の後ろに、伊月社長の怖すぎるくらい深い笑顔がチラついてきけるわけがない。
きけるとすれば、これくらいか。
「……ねぇ、伊月社長のどこが好きなの? やっぱり外見? それとも、仕事ができる社長なとこ?」
「え!? えー……改めて答えるのは恥ずかしいですね。素敵なところだらけだし……長くなりますよ?」
「新婚のうちだよ、長い惚気を言えるのは」
茶化すように促すと、波崎くんもまんざらでもなさそうな様子でワインをもう一口飲みながら話し始めた。
「じゃあ……えっと、そうですね。外見は俺の好みど真ん中なんですけど、その好みの外見になるように努力してくれているのが……嬉しいというか、キュンってなります。朝、鏡の前で一時間近くヘアセットやスキンケアなんかを頑張ってくれているの、すごくかわいいなって」
「へぇ~。完璧イケメンに見えるけど、波崎くんにカッコイイと思ってもらうために必死な感じ? いいね! それはキュンとくるだろうね」
そういう方面でも努力しているのか。
これはちょっと好感度上がるな。
「仕事は……俺と一緒に暮らし始めてからは一緒の時間を確保するためにリモートワークを中心にしてくれて、家で『社長』って顔でお仕事しているのを見るの、かっこいいなって……でも、スーツ姿を見られる機会が減っちゃったのは残念ですね」
「仕事中ってかっこよく見えるよね? それに、簡単にリモートに切り替えられるなんて、優秀なんだろうね」
「はい! そうなんです! 俺、大きな会社のことはよくわからないんですけど、光一郎さんの会社、すごく順調だってビジネス誌とかでみて……俺は『すごいなぁ』としか言えないんですけど、尊敬します」
順調だよなぁ、伊月ホールディングス。
ライバル会社の不祥事があったり、傘下にあればいいのにと思う会社はすぐに傘下に入ったり、都合のいい法律改正があったり……
恋愛であれだけできるんだから、仕事も当然できるよなぁ……
まぁ、これは怖すぎて触れられないけど。
「でも、一番好きなのは……」
波崎くんが、顔を真っ赤にして視線を逸らす。
「俺のことを誰よりも愛してくれるところ、です」
「あぁ、それはいいね」
そこか。
そこが好きなら、まぁ……伊月社長は間違いない。
あの人の愛の大きさだけは確実。
やり方は怖いけど、「波崎くんのことを愛する」って一点に関しては最強だ。
怖いけど。
マジ、怖いけど。
「最初は光一郎さんの愛って少し重くて……慣れなかったんですけど」
慣れなかったと濁したけど、微妙な顔だ。「策略」に気がついていたなら、「怖かった」が本音だろうな。
「だんだん……特に結婚してからは、この愛されかた、いいなと思えてきて」
「へぇ?」
波崎くん、どこまでわかっていて言っているんだろうな……
いや……うーん……
「俺も、光一郎さんがしてくれるのと同じだけの愛をなるべく返せるように頑張っています。光一郎さんも、俺がちょっと重い愛し方をするとすごく喜んでくれますし」
同じ、ねぇ……
それは無理だろう。
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