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余談

友達(8)

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 伊月社長の電話から数日たった火曜日。
 たまたまオフだったので自宅で次に呼ばれる番組の予習なんかをしていると……波崎くんの熱愛報道が出た。
 火曜日か……どう考えても水曜日の朝に生放送のワイドショーでコメンテーターをつとめている俺にフォローしろと言っているな。

「まぁ、この内容ならフォローは入れやすいけど……」

 ただの熱愛報道ではなく、多方面にケンカを売るような記事だ。
 あぁ、この記者ってそうだよな。わざと炎上する書き方で話題にさせて、自分が悪者になってでも閲覧数を稼ぐタイプの記者だ。

「一見、最低な記事だけど……上手いんだよな」

 こういう書き方をされると、熱愛に関係ない部分で盛り上がって、同情も……あぁほら、スマホでSNSを開けばもう別の方向で盛り上がっている。
 伊月社長が話していた通りだ。

「波崎くんの傷は最低限で済むだろうけど、それにしても……」

 これで本当に波崎くんは幸せになれるのか?
 策略にハマっていないか? ハマっていても幸せならいいのかも知れないけど。
 いや、でも……うーん……

――ブブブブブッ

「っ!」

 急にスマホが震えた。
 伊月社長からのメッセージだ。
 どうせ、セクハラ動画の時と同じでフォローを頼まれるんだろう。

『俺たちの恋のキューピットはフユキくんだからね?』

 ん?

『この動画の、六分三十八秒』

 URLもついている……あぁ、ランドへ行った日の動画か。
 これの六分三十八秒?
 恋のキューピット?
 俺がこの日したことなんて……

「あ」

 あれか。
 ゲームのアバターに似ているって指摘。

「えっと……六分三十八秒……うわ」

 動画を再生すると、ここで俺がアバターのことを指摘して、波崎くんは少し照れた顔をする。
 この表情は、単に「理想の自分」がバレて恥ずかしいって演技なんだろうけど……恋に落ちた顔といっても違和感はない。

「自分で『俺が恋のキューピット』なんて言い出すのは寒いけど……ここで意識しだしたってことにすれば変な詮索は減るか」

 伊月社長と波崎くんが本当に付き合いだしたタイミング、その後の波崎くんの仕事ぶり……おそらく伊月社長が波崎くんを囲うために、社長の息がかかった仕事ばかりさせている。
 そのあたりを詮索されないためにか……

 どこまでが計算なんだ?
 たぶん、俺がわかっていない計算もたくさんある。

「俺の行動で、波崎くんを追い詰めていたらどうしよう……」

 今からでも波崎くんに確認するか?
 伊月社長の差し金だって、波崎くんにも世間にも暴露するとか?

 いや……
 でも……

 それをしてどうなる?
 俺も、俺のメンバーも、波崎くんも、それで幸せか?

「……はぁ……」

 俺、インテリアイドルなんて売っているけど、ただ学校の勉強ができるだけだ。
 効率重視の頭脳派なんて言っていたのが恥ずかしい。

「きっと、一年前のあの日から全部、伊月社長の筋書き通りなんだ」

 怖い。
 怖いけど……おそらく波崎くんは仕事への影響は最小限。
 もっとヤバイ形で交際が暴露されるより傷は浅い。
 俺だって、二人の恋のキューピットなんて言われれば話題になる。

 やり方が怖いだけで、周囲の人間のことは大事にする人だ……と思いたい。
 
 とにかく、明日の放送では全力でフォローするしかないな。


      ◆


 二人の熱愛報道から数日、波崎くんと伊月社長は「世間公認」のカップルになった。
 伊月ホールディングスがテレビのスポンサーとして力があるというのも理由だろうけど、テレビはおおむね肯定的に取り上げて、SNSでは同情が多く集まって、俺が言い出した「恋に落ちる瞬間」も少し話題になったり、昨今の「推し婚」ブームにものったりして……
 二人は「世間のみんなが見守るラブラブカップル」に落ち着いた。
 上手くいきすぎだ。
 テレビはスポンサーだからという忖度かもしれないけど、他のメディアやSNSもあまりにも「肯定」「同情」の声が大きすぎる。普段芸能人の熱愛に口出しなんてしないメンタリストや人気漫画家まで「多様性が……」「創作の世界では……」なんてもっともらしい語り口調で擁護して、ファンの同意をえていた。
 どう考えても俺以外にも手をまわしている。
 熱愛報道をさせたのは最悪だけど、アフターフォローは最高だ。
 伊月社長が波崎くんのことを考えているのは間違いないし、波崎くんもこれなら……

「よかった……のか?」

 俳優業への影響は最低限だろうけど……
 これですぐ破局でもすればイメージ悪くなりそうだし……外堀が埋まりすぎなのでは? 波崎くん、別れられないよな?
 しかも、報道から一ヵ月ほどで「事実上の結婚」報告まであった。
 このタイミングで?
 大丈夫?
 波崎くん、ちゃんと伊月社長のこと好き?
 今からでも、野次馬のフリをして波崎くんに気持ちを聞いてみるか?

「……いや、意味ないか」

 聞いてどうする?
 もしも波崎くんに「本当は伊月さんのこと好きでもなんでもないんですが、強引にこんな関係に……」なんて言われたとして、俺になにができる?
 一年以上前から、俺を使おうと決めて、計算して、用意しているような人だぞ?

「……無理。いや、大丈夫」

 大丈夫。
 うん。きっと、波崎くんは大丈夫。
 敵に回すと怖い人だけど、味方と思うと心強い。
 この一年で波崎くんの仕事は徐々に増えているし、質が上がっているように見える。
 伊月社長なら、今後もきっと上手くやってくれる……よな?

 罪悪感といえばいいのか……何とも言えないモヤモヤする気持ちを抱えながら、数ヵ月がすぎた。

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