【完結】枕営業のはずが、重すぎるほど溺愛(執着)される話

回路メグル

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第46話 好き

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 一度気づいてしまうと、もうダメだった。

 伊月さんが「お父さん」を頑張ってくれるほど、「お父さん」よりも欲しいものがある、もっと心が満たされる存在がいると、どんどん自覚させられる。
 あんなに欲しかった「俺を愛してくれる親」なのに、これじゃ足りない。
 それよりも欲しいものがあったんだと。
 もっと大きな愛があるんだと。
 この一年、俺はどれだけ幸せだったのかと。

 俺……やっと、わかった。


      ◆


 水族館から帰ってきて玄関でドアを閉めても、恋人同士の時のようにキスをしてくれない。
 夕食の後にソファで並んで座っていても、肩を抱き寄せてくれない。
 お風呂は一緒に入るけど、スキンシップは無い。
 
 それでももちろん愛情は感じるし、伊月さんが俺のことを考えてくれているのはわかるし、俺の幸せのためにしてくれているのもわかるんだけど……

 俺と伊月さんって世間的には「新婚」で、俺……

 俺……

「伊月さん」
「ん? どうしたの? 蒼太くん」

 もう寝ようか、と寝室のベッドに入り、唇ではなく額にキスをされて……もう我慢できなかった。
 ベッドに寝転んだままぎゅっと伊月さんに抱き着くと、伊月さんはどこまでも優しく俺の頭を撫でてくれる。
 これ、好きだけど。
 大好きだけど……

「あの……伊月さんが、俺の『お父さん』を頑張ってくれているのにこんなこと言うの、申し訳ないんですが……」
「……うん」

 伊月さんも何かを察してくれたのか、頷きながら抱きしめ返してくれる。
 ただただぎゅっと腕が背中に回っただけだけど、不思議と「親子のハグ」ではない気がした。

「あの、お父さんも嬉しいんですが、お父さんって、その……恋人の時より、その……」

 触れ合えない……って言うのは体目的みたいだし、それだけではなくて……なんて言えばいいんだろう。
 愛され方の違い? 愛情の種類?
 違うのはわかるのに、上手く言えない。
 一瞬言い淀んでしまったけど、伊月さんはやっぱり、俺の気持ちをわかりすぎるほどにわかってくれる。

「そうだね。親子の距離感って恋人同士の距離感とは違うよね。寂しくさせちゃった? ごめんね?」
「あ、ちが……あの……」

 謝らせたいわけではなくて……俺の我儘なのに。 
 ダメだな、俺。
 伊月さんが察してくれるからって伊月さんに甘え過ぎだ。
 俺の気持ちなのに。
 俺が、きちんと言わないと。

「伊月さん」
「……蒼太くん?」

 じっと視線を合わせて……緊張する。
 何千人の前で主役を演じる時よりも、たった一人に見られる今の方が、心臓がドキドキする。
 ……これは、「演技」じゃなくて、俺の「本音」だからか。

「あの……お父さんからの愛情、すごく嬉しかったです! ずっと欲しかったものがもらえて、俺の中の子供の頃の俺は充分満足しました。満足して、それで、俺、気づいちゃって……」
「気づく?」
「……お父さんからもらう愛情よりも、伊月さんが恋人として愛してくれる愛情の方が……好き、って。伊月さんのこと、好き……って」

 好き。
 たぶん、今までも伊月さんに何度か言った。
 演技だったり、本気だったり、いろんな「好き」を言ったと思う。
 でも、今のこの好きは、ちゃんと恋人からもっと深い「夫婦」としての「好き」だ。
 伝わっているかな?
 この「好き」は俺の本気の特別の「好き」だって……!

「あ……うん……うん。俺も……俺も好きだよ。大好きだよ」
「あ……」

 伊月さんが笑顔なのに……あれ? 泣きそう?

「ごめん、なんでかな……いつも嬉しいんだけど。蒼太くんに言われる言葉は、全部嬉しいんだけど……」

 伊月さんが、潤んだ目元を拭いながら、深い深い蕩けそうな笑顔になってくれた。

「今日は、特別に嬉しい」

 あ……
 伝わったんだ。
 俺が、特別に伊月さんが好きだって、ちゃんと、わかってくれるんだ!

「伊月さん……好き……大好き」

 素直に口に出せば、自然と……自分からキスができた。
 待つんじゃなくて、自分からずっと触れ合わせたかった唇同士のキス。

「ん……!」
「伊月さん……今からは、親子じゃなくて新婚さんしたいです」

 して欲しいことを口に出すのも、擦り寄って甘えることも、
 俺……誰かに、こんな風に全力で甘えて、自分をゆだねること、できるんだ。

「うん。しよう。俺も『お父さん』は楽しかったけど……俺の中にいた『子供の頃の俺』も、もう満足した。これからは、過去よりも未来に向かって関係を作っていこう? もっともっと幸せになろう、蒼太くん」
「はい! あ、でも……」 

 伊月さんがくれる言葉も、全部嬉しい。俺と気持ちが同じってわかって嬉しいし、愛情を感じて嬉しいし、これからの未来もきっと、ずっと幸せだってわかって嬉しい。
 でも……すごく嬉しいんだけど、一つだけ……

「その呼び方も……俺、もう満足しました。もう『蒼太』は大丈夫です。伊月さんには今の自分……波崎アオの自分を愛して欲しいっていうか……たまには蒼太とも呼んで欲しいんですけど」

 本名はそうなんだけど、これは子供のころの寂しかった俺って感じがして……伊月さん、今まで「アオ」として頑張ってきた俺を好きになってくれた。
 今の俺を、大事にしたい。
 大事にして欲しい。

「俺はどっちでもいいんだけど……そうだね。アオくんがずっと一人で頑張って創り上げてきた『アオ』ってすごく素敵だよね。今のアオくんは、確かに『アオ』って感じがする。……十五年間呼び慣れているっていうのもあるけど」

 あぁ、ほら。
 伊月さんってなんで俺の気持ちが全部わかるんだろう?
 心臓がぎゅっとする。だめ。大好き。

「じゃあ、夫モードの時は『アオくん』だけど、たまにお父さんモードになって『蒼太くん』って呼んでもいい? 気持ちも切り替えやすいし」
「はい!」

 新婚とは言ったけど、これからも時々はお父さんを感じられたらいいのにと思っていた。
 あぁ、もう! 伊月さん、俺のして欲しいこと、言って欲しい言葉がわかりすぎ!
 好き。
 もう俺、伊月さんが好きすぎる!

「ふふっ、アオくん、そんなに嬉しい?」

 ぎゅうぎゅう抱き着いて肩口に頬を擦り付けると、伊月さんは体を震わせて笑ってくれる。
 この、笑う時の振動が伝わるの、いいなぁ。

「はい。すごく嬉しいです。嬉しくて、幸せで、最高です!」
「そっか。そんなにかわいく喜んでくれると……」

 ん?
 耳元になんか近づいて……?

「俺も、『お父さん』から、簡単に『夫』に切り替えられちゃうよ」
「っ!」

 耳に少しトーンを落とした色っぽい声と、熱い息がかかる。
 ゾクっとして、一瞬で……俺も、スイッチが切り替わる。

「アオくん……お父さん役も本当に楽しくて、毎日幸せだったんだけどね? ずっと、『俺は今、お父さんなんだから』って言い聞かせて我慢していた」
「あ……!」

 伊月さんの手が、背中に……いつの間にかTシャツの中に入ってきて素肌に触れる。

「本当は、触れたかった」
「ん……っ!」
「しかも、『新婚』なんて言われたら、もう我慢できないよ」

 背中を撫でる手は、親が子供をあやす手つきとは全然違う。
 ゾクっとした場所が、もっと、ゾクゾクする!

「親子ではしないこと、しよう?」
「親子では、しない……」
「うん。夫婦がすること……新婚初夜エッチ」

 また耳元でささやかれた声に、言葉に、背中がもっとゾクゾクする。

 俺、今から伊月さんと新婚初夜?
 エッチ?
 ただでさえ一ヶ月以上ぶりでドキドキするのに。

 新婚初夜。
 大好きな人と、夫婦になった証みたいなセックス。
 うわぁ、どうしよう。

「はい……!」

 楽しみで仕方が無くて、声が上擦ってしまった。
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