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第42話 祝(1)
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弟は三月いっぱいはまだ大学生ではあるけど、「インターン」という形で二月の内からもう寮に入って、大型バス用の免許の勉強を進めさせてもらえることになったと言って、俺の家を出て行った。
一緒に過ごした時間は三週間もない。
引っ越し費用は少し援助したけど、荷物は少ないし寮だから家具や家電はほとんど備え付けだし、大した額ではなくて……俺が弟のためにしてあげた一番のことは入寮の書類の保証人欄にサインをすることだったかもしれない。
弟を助けてあげたいなんて俺のおごりだったかな……でも、弟はこの家を出て行く日に、笑顔なのに涙をこぼしながら「兄さんありがとう」と言ってくれた。
それがとても嬉しくて……
その後、急激に寂しくなった。
◆
「伊月さん!」
「アオくん……!」
弟が出て行った翌日、約一カ月ぶりに伊月さんの家に行った。
玄関を上がってすぐに俺からだきついて、すぐに抱きしめ返してくれて……伊月さん、自宅なのに珍しくスーツだ。仕事帰りかな? やっぱりスーツ似合う。かっこいい。でも、もっとかっこいい顔が観たい。
「伊月さん……」
顔をあげればキスもしてくれて……すぐに唇が離れそうになるのが寂しくて、伊月さんの後頭部を俺の方に引き寄せた。
「ん!?」
「ん……」
しばらく何度も角度を変えて深いキスをして、すっかり二人とも息が上がった頃に、顔を離すことができた。
「はぁ……伊月さん……ごめんなさい」
「ん……なんで謝るの? アオくん大変だったね。でも、弟くんと仲良くなれてよかったね。お疲れ様」
「……伊月さんが、待っていてくれたおかげです。今は弟を優先してって、言ってくれたから」
弟を一人にするのが怖くて、弟と普通に話ができることが嬉しくて、伊月さんとデートをする時間が取れなかった。
会いたい気持ちはあったけど、弟との二十年間の溝を埋めるのに必死で……でも……
「当然だよ。アオくんと弟くんが一歩進もうとしているんだから応援するしかないよね? それに、ご両親との関係も整理したんだよね? よく頑張ったね」
「はい……」
伊月さんは、会えない間も俺がぽつぽつとメッセージで報告することをしっかり受け止めてくれた。
両親にブロックされたこと、両親との関係を考え直したこと、関係を整理したこと……
伊月さんは俺が両親に好かれるために頑張る姿を見て惚れたと言ってくれたから、少し心配だったんだけど……
「アオくんの大切な人だからずっと我慢していたんだけど、アオくんのことを大事にしない人はアオくんの近くにいて欲しくなかったから……ほっとした」
「伊月さん……」
伊月さんはどこまでも俺に寄り添ってくれて、俺を肯定して、受け止めてくれる。
安心する。
両親と完全に縁が切れてしまって、折角長年のわだかまりがとけた弟が遠くへ行ってしまって、寂しいはずの心が一気に満たされる。
会えなかった時間の分、一層……離れたくない。
「ん……」
伊月さんは手を緩めたのに、俺がまだ抱き着いていると、伊月さんは嬉しそうに頭を撫でてくれた。
「アオくん?」
「伊月さん……伊月さんが我慢してくれていたのに、俺がこんなことを言っちゃだめなんですけど……ずっと、会いたかったんです。本当は、付き合って一周年の日も会いたかった」
「アオ……くん……?」
素直に甘えると、伊月さんはすごく驚いた顔をして、折角頭を撫でてくれていた手を止めてしまう。
俺らしくないことを言っている自覚はあるけど……そんなに驚く?
「ごめんなさい、今日は急いで来ちゃったから……今度、きちんと一周年のお祝いを……ッ、わっ!?」
今度は俺が驚く番。
伊月さんが急に、俺の体を持ち上げる。
「伊月さん!?」
所謂、お姫様抱っこ。しかも、持ち上げてすぐに廊下を歩きはじめるから、慌てて体が落ちないように伊月さんの首に腕を回す。
こうなると二人の顔の距離は近くなって……伊月さんの満面の笑みがよく見える。
「お祝い、今からしよう!」
「え?」
「実は、用意していたんだ。お祝いというか、一周年記念らしいことって感じだけど」
「でも、俺はなにも用意が……」
プレゼントとか、感謝の手紙とか、ケーキとか、なにも用意が無い。
一周年のお祝いって、多分そういうことだよね?
「大丈夫。アオくんは居てくれるだけでいいから。……まぁ、できれば『ハイ』って言って欲しいけど」
ハイ?
……あ。
そうだ。
思い出した。
熱愛報道とか、弟のこととか、色々あって忘れていたけど……伊月さん、合鍵を用意するって言っていたはず。
同棲の申し込みだ!
「ふふっ。どんなお祝いなのか楽しみです」
「俺は、少し緊張しているけどね」
合鍵を渡されて「一緒に住もう」だよね?
緊張する気持ちはわからなくもないけど、俺は「ハイ」と答える準備はある。
元々あったけど、ここ三週間弟と暮らして……誰かと一緒に住むことの楽しさ? 安心感? 温かさ? そういうことに気がついた。弟がいなくなった寂しさもあるし……俺、いい返事できる。きっと伊月さんが喜ぶ返事ができる。
「伊月さんが緊張するなんて……ん?」
リビングに向かうと思っていたのに、お姫様抱っこで連れていかれたのは寝室だった。
「……ホテルのスイートルームとかも考えたんだけどね」
「……?」
寝室に入って、きれいな夜景が見える窓の側で降ろされて……ベッドの上に置いてあったバラの花束とジュエリーケースを伊月さんが手に取る。
ジュエリーケース?
合鍵が入る大きさには見えないけど……中身、なに?
「伊月さん?」
「アオくん……」
伊月さんが、真っ赤なバラの花束を俺に向ける。
「この一年、アオくんの恋人でいられてずっと幸せだった。アオくんのことをそばで見ていると、アオくんの頑張りも、優しさも、かわいさも、毎日のように発見があって、もっともっと好きになったよ」
「あ……」
差し出されたバラの花束を受け取ると、伊月さんはその場に恭しく跪いた。
これ……ドラマでこのシーン演じたことがある。
こっち側じゃないけど。
「それに、俺がアオくんを幸せにする自信もついた」
伊月さんが、白いジュエリーケースを「パカッ」と絵にかいたような音をさせて開く。
「絶対に一生愛します。絶対に幸せにします。俺と結婚してください」
「けっ……こん?」
開いたケースの中には、大きなダイヤが付いた指輪が入っていた。
一緒に過ごした時間は三週間もない。
引っ越し費用は少し援助したけど、荷物は少ないし寮だから家具や家電はほとんど備え付けだし、大した額ではなくて……俺が弟のためにしてあげた一番のことは入寮の書類の保証人欄にサインをすることだったかもしれない。
弟を助けてあげたいなんて俺のおごりだったかな……でも、弟はこの家を出て行く日に、笑顔なのに涙をこぼしながら「兄さんありがとう」と言ってくれた。
それがとても嬉しくて……
その後、急激に寂しくなった。
◆
「伊月さん!」
「アオくん……!」
弟が出て行った翌日、約一カ月ぶりに伊月さんの家に行った。
玄関を上がってすぐに俺からだきついて、すぐに抱きしめ返してくれて……伊月さん、自宅なのに珍しくスーツだ。仕事帰りかな? やっぱりスーツ似合う。かっこいい。でも、もっとかっこいい顔が観たい。
「伊月さん……」
顔をあげればキスもしてくれて……すぐに唇が離れそうになるのが寂しくて、伊月さんの後頭部を俺の方に引き寄せた。
「ん!?」
「ん……」
しばらく何度も角度を変えて深いキスをして、すっかり二人とも息が上がった頃に、顔を離すことができた。
「はぁ……伊月さん……ごめんなさい」
「ん……なんで謝るの? アオくん大変だったね。でも、弟くんと仲良くなれてよかったね。お疲れ様」
「……伊月さんが、待っていてくれたおかげです。今は弟を優先してって、言ってくれたから」
弟を一人にするのが怖くて、弟と普通に話ができることが嬉しくて、伊月さんとデートをする時間が取れなかった。
会いたい気持ちはあったけど、弟との二十年間の溝を埋めるのに必死で……でも……
「当然だよ。アオくんと弟くんが一歩進もうとしているんだから応援するしかないよね? それに、ご両親との関係も整理したんだよね? よく頑張ったね」
「はい……」
伊月さんは、会えない間も俺がぽつぽつとメッセージで報告することをしっかり受け止めてくれた。
両親にブロックされたこと、両親との関係を考え直したこと、関係を整理したこと……
伊月さんは俺が両親に好かれるために頑張る姿を見て惚れたと言ってくれたから、少し心配だったんだけど……
「アオくんの大切な人だからずっと我慢していたんだけど、アオくんのことを大事にしない人はアオくんの近くにいて欲しくなかったから……ほっとした」
「伊月さん……」
伊月さんはどこまでも俺に寄り添ってくれて、俺を肯定して、受け止めてくれる。
安心する。
両親と完全に縁が切れてしまって、折角長年のわだかまりがとけた弟が遠くへ行ってしまって、寂しいはずの心が一気に満たされる。
会えなかった時間の分、一層……離れたくない。
「ん……」
伊月さんは手を緩めたのに、俺がまだ抱き着いていると、伊月さんは嬉しそうに頭を撫でてくれた。
「アオくん?」
「伊月さん……伊月さんが我慢してくれていたのに、俺がこんなことを言っちゃだめなんですけど……ずっと、会いたかったんです。本当は、付き合って一周年の日も会いたかった」
「アオ……くん……?」
素直に甘えると、伊月さんはすごく驚いた顔をして、折角頭を撫でてくれていた手を止めてしまう。
俺らしくないことを言っている自覚はあるけど……そんなに驚く?
「ごめんなさい、今日は急いで来ちゃったから……今度、きちんと一周年のお祝いを……ッ、わっ!?」
今度は俺が驚く番。
伊月さんが急に、俺の体を持ち上げる。
「伊月さん!?」
所謂、お姫様抱っこ。しかも、持ち上げてすぐに廊下を歩きはじめるから、慌てて体が落ちないように伊月さんの首に腕を回す。
こうなると二人の顔の距離は近くなって……伊月さんの満面の笑みがよく見える。
「お祝い、今からしよう!」
「え?」
「実は、用意していたんだ。お祝いというか、一周年記念らしいことって感じだけど」
「でも、俺はなにも用意が……」
プレゼントとか、感謝の手紙とか、ケーキとか、なにも用意が無い。
一周年のお祝いって、多分そういうことだよね?
「大丈夫。アオくんは居てくれるだけでいいから。……まぁ、できれば『ハイ』って言って欲しいけど」
ハイ?
……あ。
そうだ。
思い出した。
熱愛報道とか、弟のこととか、色々あって忘れていたけど……伊月さん、合鍵を用意するって言っていたはず。
同棲の申し込みだ!
「ふふっ。どんなお祝いなのか楽しみです」
「俺は、少し緊張しているけどね」
合鍵を渡されて「一緒に住もう」だよね?
緊張する気持ちはわからなくもないけど、俺は「ハイ」と答える準備はある。
元々あったけど、ここ三週間弟と暮らして……誰かと一緒に住むことの楽しさ? 安心感? 温かさ? そういうことに気がついた。弟がいなくなった寂しさもあるし……俺、いい返事できる。きっと伊月さんが喜ぶ返事ができる。
「伊月さんが緊張するなんて……ん?」
リビングに向かうと思っていたのに、お姫様抱っこで連れていかれたのは寝室だった。
「……ホテルのスイートルームとかも考えたんだけどね」
「……?」
寝室に入って、きれいな夜景が見える窓の側で降ろされて……ベッドの上に置いてあったバラの花束とジュエリーケースを伊月さんが手に取る。
ジュエリーケース?
合鍵が入る大きさには見えないけど……中身、なに?
「伊月さん?」
「アオくん……」
伊月さんが、真っ赤なバラの花束を俺に向ける。
「この一年、アオくんの恋人でいられてずっと幸せだった。アオくんのことをそばで見ていると、アオくんの頑張りも、優しさも、かわいさも、毎日のように発見があって、もっともっと好きになったよ」
「あ……」
差し出されたバラの花束を受け取ると、伊月さんはその場に恭しく跪いた。
これ……ドラマでこのシーン演じたことがある。
こっち側じゃないけど。
「それに、俺がアオくんを幸せにする自信もついた」
伊月さんが、白いジュエリーケースを「パカッ」と絵にかいたような音をさせて開く。
「絶対に一生愛します。絶対に幸せにします。俺と結婚してください」
「けっ……こん?」
開いたケースの中には、大きなダイヤが付いた指輪が入っていた。
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