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第38話 報道(2)

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『もしもし? 大丈夫か?』
「えっと……まぁ」

 昼過ぎに遠野さんから連絡があった。「大丈夫です」と元気に返事をする気力はない。

『ショックなのはわかるが、大丈夫だ。堂々としていればいいんだ』
「はい」

 この言い方、事務所としての方針は決まったみたいだ。

『社長や事務所のスタッフ、顧問弁護士の先生、伊月さん、伊月さんの会社の広報とも協議したが、基本はアオと伊月さんの交際を認めようという話になった』
「そう……ですか」
『アオは実力派俳優だろう? 色恋で売っていたという訳でもないし、素直に認めて、プライベートと仕事は別。しっかり俳優業を頑張ります、と言い切るほうが傷は浅いはずだ。もちろん、アオがどうしても隠したいなら考えるが……』

 傷が浅い……傷はつくってことだよね。
 仕方が無いか。

「異論はないです。俺のためにみんなで考えてくれたことなら、それが最善だと思います」

 今の俺が、冷静に考えられるとも思えないし……協議の場に伊月さんもいたなら、もう信じるしかない。

『まぁ、不幸中の幸いというか……週刊誌が変な報じ方をしたせいで、世論はアオへの批判よりも同情の方が多いというのは救いだな』
「世論?」

 色々考えすぎて、エゴサまでできていなかった。
 見てもきっと、嫌な言葉が並んでいると思ったし。

『あぁ。LGBT当事者とか人権団体とか、本気のBL好きとか……色んな方面に喧嘩を売っている記事だからな』

 確かに、記事のなかには「イケメン俳優なのにゲイなのは勿体ない」「女性にとられるくらいならBLになっている方がエンタメとして楽しめるのでは?」「おそらく次のコミケではイケメン社長×イケメン俳優の同人誌が大量に作られることだろう」なんて書いてあった。
 わざと煽るような書き方をしているんだろうけど……これは確かに、俺以外にもイライライする人は多いかもしれない。

『記者会見も考えたが、あまり騒ぎ立てず、文書で冷静に発表しようと思う。伊月さんの会社でも同じ対応をしてもらう。それでいいか?』
「はい」

 よかった。今の精神状態で記者会見なんて上手くできる気がしない。

『じゃあ、文章が決まったら確認とるから』

 そういって電話が切れた。
 画面が暗くなったスマートフォンを、一瞬悩んでタップする。

「……波崎アオ……」

 SNSで自分の名前を検索すると、「ショック」「信じられない」「マジ?」「冷めた」「推しの幸せは祝うべきだよね。でもさ……他人のものの推しって見たくない」なんて反応も多いけど……多く拡散されているのは、少し論点の違う投稿だった。

『イケメン俳優でゲイだったらなんで勿体ないの? 俳優にセクシャリティ関係ある?』
『は? BLならエンタメって、何だよ? 俺たちゲイの恋愛はエンタメ? 男女の恋愛の方がエンタメ作品多いですが?』
『腐女子だけど、今まで必死に生モノは本人やファンの目に触れないように隠れて活動してきた。妄想はするけど配慮しているつもり。それに、ゲイだからってだけで喜ぶと思われるのも嫌。イケメンは好物だけど』

 しかも、こういう投稿に絡めて『波崎アオ、こんな報道のされ方かわいそう』『これ、相手が女性ならもっと普通に書かれていたよね? なんでアオくんがこんな言われ方されないとダメなの?』『不倫でもないしべつに恋人が男でも女でもよくない?』なんていうコメントが続く。
 最悪な記事だったけど……最悪だったお陰で、俺……同情される立場になってる?
 まだ頭は混乱しているけど、少し気持ちは落ち着いたかもしれない。

――ブブブブブッ

「あ!」

 身体の力が抜けて、スマホをテーブルに置いた瞬間、着信があった。
 伊月さんだ!

「あ、も、もしもし!」
『アオくん、連絡遅くなってごめんね? 大丈夫?』

 伊月さんの声、優しい。
 よかった……俺、迷惑かけたから……

「伊月さん……! ごめんなさい、俺のせいで伊月さんにもご迷惑かけて……ごめんなさい!」
『俺は大丈夫だよ。別に悪いことはしていないし』

 伊月さんはどこまでも優しい。
 何万人の同情や応援より、伊月さんの「大丈夫」で気持ちが一気に軽くなった気がした。
 そうだよね。俺、誰に嫌われても、伊月さんがいるんだ。
 だから大丈夫……大丈夫。

『それに、社内では祝福ムードだしね』
「祝福?」

 伊月さんは優しそうとはまた違う、楽しそう? 声を弾ませていた。
 社長に恋人ができれば、祝福ムードになるものなのか。でも……ゲイとか、芸能人とか……事情が複雑……あ。

『俺、アオくんの大ファンだって公言しているからね。社内では推しと付き合えるなんて奇跡ですねって祝福されているよ』

 アミューズメントパークへ遊びに行った時も、社員さんはみんなそんな反応だった。
 そうか。これって伊月さん側から見ると「推しと付き合えた奇跡!」なのか。
 最近、有名な動画配信者が十年ファンだったアイドルと結婚したとか、野球選手が大ファンでコンサートにも通い詰めていた歌手と結婚したとか「推しと結婚」が話題になることが多い。
 アレ、意外と祝福されるんだよね。本気度が見えるというか……
 俺たちもその枠に入れてもらえるなら、世間の評価ももしかして悪くない?
 伊月さんは実際、十五年前から俺のファンだし。

『公表したことでアオくんが仕事で不利にならないように、俺も全力で対応するから。信じて、安心して待っていてね』
「あ……はい」
『それじゃあ、こういうことはスピードが大事だから。今からこっちの社内でも協議してくる。絶対に大丈夫だから、落ち着いたらデートしようね』
「はい……」

 伊月さんは俺を安心させるように、優しく囁いて電話を切った。
 
「……」

 仕事で不利……か。
 そうか。
 そこ、考えていなかった。
 俺、伊月さんのお陰で色々な仕事をもらえている。
 恋人にもらった仕事ってバレるとイメージ悪いかな?

「やっぱり、どうしよう……でも……」

 でも……

 伊月さんが俺の味方なら……
 伊月さんが俺のことを愛してくれるなら……
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