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第37話 報道(1)

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 事務所で伊月さんに「合鍵」の話をされてから二週間。
 その間も週に二回は伊月さんの家に行って、一回だけ事務所で軽くお茶をした。
 メッセージのやり取りも毎日続いていて、今も「おはよう。今日は事務所で宣材写真撮影だよね? 新しい写真が観られるの、楽しみにしているよ」と届いたところだ。

「あと二週間で、一年か」

 メッセージにスタンプを三つ返して、朝のルーティンをこなしながらふとカレンダーが目に付いた。
 二週間後は恋人になって一年の記念日。俺はオフで、もう会う約束もしている。
 なんとなくその日に、「アオくん、一緒に住まない?」と言われる気がしているし、返事も決めている。
 一年前には想像もつかなかった。
 こんなことになるなんて。
 しかもそれを……

「楽しみだな」

 楽しみに思うなんて。
 俺、これから伊月さんと……

――ブブブブブブブッ

「ん?」

 不意に仕事用のスマートフォンが震えた。
 遠野さんから着信?

「もしもし?」
『アオ! 家から出るな!』
「え? 家?」

 一人暮らしをしているマンションは事務所が選んでくれたオートロックで管理人付きのしっかりしたマンションで、外からのぞかれにくい部屋だ。
 そこから出るなということは、俺のファンやストーカーが周りにいるのか、事件や事故が近くで起きたのか……俺に関するゴシップ記事が出たか。

『ネットの記事、まだ見ていないな?』
「はい。俺に関する記事が出ているんですか?」
『あぁ。写真週刊誌のオンライン版で……あそこは普段、事前取材があるから油断していた!』

 遠野さんが珍しく声を荒げる。
 何の記事かはわからないけど、事前取材無し?
 普通はするよな……突撃取材や事務所への確認連絡。あとは「この記事出しますけど、どうします?」なんて脅しに近い場合もある。
 そこで上手く対応して記事の出稿を止められることなんて少ないけど、それでも、数日後に記事が出るとわかれば、記者会見や弁護士の用意をして対策を練っておくことができる。
 それで大きな炎上にはならずにすんだ先輩たちを沢山見ている。
 でも、それが無いということは……というか、なんの記事だ?
 俺に関することで、記事になるなんて、枕営業か……恋人か。

『アオ、記事の内容だが、端的に言えばアオと伊月さんが付き合っている、波崎アオはゲイだった……ということだ』
「あ……」

 そっちか。
 枕営業よりはマシ? いや、でも……

『書き方で言えば、リアルBLなんてタイトルがついて、ゲイであることを茶化すような書き方だな』
「そう……ですか……」

 相手が女性なら、よくある熱愛発覚ですむんだろうけど……俺の秘密が二つ同時にバレたことになる。
 これ、ファンはどう受け取るんだろう?
 恋人がいるなんて裏切られた?
 ゲイなら夢がさめる?
 気持ち悪い?
 ファンで……いてくれない?
 そして、両親は……

『アオ、伊月さんにも連絡を取って、こっちで対応を協議する。決まってからまたアオにも相談するから少し待っていてくれ。外に出ず、電話やSNSも全て無視で!』
「わかりました」

 下手なことをして傷が深くなる芸能人はさんざん見て来た。
 今はまず、冷静に考えることが大事だ。
 大事だけど……

『アオ、大丈夫だ。昨年結婚と子供がいることを発表した月島さんだって、シングルマザーだと週刊誌にバラされた山野さんだって、今も活躍しているだろ? 恋人もゲイも悪いことではない。大丈夫だ』
「……はい」

 遠野さんはもう一度『大丈夫だ』と言って電話を切った。
 大丈夫……うん。大丈夫だよね?
 対応を間違わなければ……ん? 対応……?
 対応ってなんだろう?
 正直に認めて、堂々と「恋人です、ゲイです。それがなにか?」って開き直る?
 それとも「え!? 恋人に見えます!? 仲の良い友人、ゲーム仲間ですよ!」で押し通す?

「……友達で押し通せそうだけど……」

 それならゲイとバレないし。恋人がいないということになって人気も今まで通り。
 でも、一度そう言ってしまうと、もし恋人とバレた時には評価が地に落ちる。

「それに……」

 嘘をつくのは得意だけど、伊月さんのことを「友達」と言い切るのはなんか……

「記事、見てみるか……」

 どこまで書かれているかにもよる。
 お家デートしかしていないから、屋外で恋人と断定できる写真は撮れないはず。
 タワマンの窓も外からは見えないって聞いていたし……タワマンに出入りする写真だけなら「友達」で通せる。

「えっと、ニュース……これか」

 スマートフォンでニュースサイトを開くと、一番上ではないけど「波崎アオ、リアルBLな熱愛発覚!」という見出しがトップページに載っていた。

「トップになるほどの人気俳優になれているってことだけど……え?」

 タップして記事を開くと、見出しと共に一枚の写真が載っていた。
 俺が伊月さんに抱き着いている写真。
 伊月さんが抱きしめているだけでなく、俺からもしっかり抱きしめ返している。
 しかも二枚目は、額へのキスに俺が嬉しそうにしている写真だ。
 盗撮ではあるけど、場所は屋内ではない。屋外で、微かに伊月さんの車も写っている。
 この場所……これ……

「一月一日の……実家の……!」

 あの日だ。
 実家から逃げるように駐車場に向かって、我慢できなくて、伊月さんに抱き着いたあの日。

「あ……俺だ。俺のせいだ」

 いつも伊月さんは、俺の仕事のことを考えて、気を使って、細心の注意を払ってくれていたのに。
 俺……自分で、こんな、迂闊な……!

「あ、しかも……伊月さん、顔も名前もハッキリ……!」

 写真は、伊月さんの横顔がハッキリ写っているし、伊月ホールディングスの社長とか、伊月光一郎というフルネームとかもしっかり出ている。
 俺だけでなく、伊月さんがゲイであることもバレて、これ……伊月さんや伊月さんの会社にも迷惑がかかる?
 どうしよう……俺……どうしたらいいんだろう?

 遠野さんには何もするなと言われたけど、そもそも何かをできるような状態ではなかった。

――ブブブブブッ

 スマートフォンが震える。こっちのスマホは、伊月さん用だ!

「伊月さん!?」

 電話……ではない。メッセージだ。

『アオくん、絶対に大丈夫だから。少し待っていて』

 俺を安心させようとしてくれているのがわかる。
 わかるけど……
 いつも俺を助けてくれる伊月さんなら、きっと何とかしてくれるとは思うけど……

「さすがに、俺……」

 伊月さんに迷惑を沢山かけて、世間に……家族に、嫌われるかもしれない。
 安心できるはずがなかった。

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