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第34話 実家(1)

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「ただいま帰りました」

 一月一日。伊月さんの車で近くまで送ってもらって、昼の二時に実家についた。
 母方の祖父母から受け継いだ、ギリギリ東京都内の広い土地に建つ、日本家屋。
 大きくて歴史があって、両親は自慢の家だけど、暗くて古くて子供の頃は家の中を「怖い」と思っていた。

「いらっしゃい」

 正月らしく着物を着て髪をアップにした母が玄関をあけて迎えてくれるけど「お帰り」じゃないんだよね。
 俺と似た系統の目がパッチリした可愛い顔で小柄な母は、五十代になっても「可愛いお嬢さん」と言われるような人だ。愛想笑いが上手く、いつもにこにこしている。
 俺にも一応笑顔だけど……お客さん用の笑顔と同じ。しかも「いらっしゃい」。完全に客扱い。
 毎年一言目から気が重くなる。

「遅かったですね。もうみんな揃っていますよ」
「すみません。道が混んでいて」

 ……二時に来いって言ったから時間通りに来たのに。
 いつも、皆がそろう時間を指定される。親戚抜きの家族の時間はもらえない。

「お正月は仕方ないですね」
「はい……」

 暗い廊下を進んで、奥の客間を二つ繋げた広間の襖を開く。
 開く前から聞こえていた賑やかな声が一瞬止まった。

「遅くなってすみません。あけましておめでとうございます」

 広間に俺の声が響いた後……

「アオ! あけましておめでとう」
「あけましてあめでとう」
「今年もよろしく」

 父や弟よりも先に、父の兄弟や従兄弟たちが笑顔を向けてくれる。
 親戚は多分、普通だと思う。
 ……他所の親戚、よく知らないけど。

「お父さん、昨年はお世話になりました」

 親戚に笑顔で会釈しながら広間の奥へ進み、堂々と上座に座る父の隣に少し間隔を空けて正座する。
 父は五十代半ばで、白髪が増えてきた髪を伊月さんと同じように七三に分けてピシっとセットしているし、身長も一八十センチ近い。顔立ちも男らしい。けど……四角いメガネの奥の目はあまりに冷たく険しい。口角もほとんど上がらない。かっこいいとか以前に、側にいると緊張してしまう。

「……」
「本年もよろしくお願い致します」

 声をかけても顔はこちらに向かず、視線だけを向けてくる父に、頭を下げながら持ってきた紙袋を渡す。
 出演作品の円盤、父の好物の高級和菓子店の羊羹と希少な大吟醸の日本酒。
 あと、お年玉として帯の付いた万札の束をまるまる一つ封筒に入れたもの。
 
「あぁ、今年も頑張りなさい」

 父は袋の中を確認して、やっと俺の方を体ごと向いてくれた。

「はい……!」

 あぁ、よかった。
 今年も受け入れてもらえた。
 少しほっとしながら、家族と親族、十五人ほどが囲む大きな座卓の端……唯一空いていた、父や母から遠い下座の座布団に腰を下ろした。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

 母が、他の親戚の前に置かれているコーヒーのカップと同じものを俺の前にも置いてくれる。
 今年も家族の輪の中にギリギリではあるけど入ることができた。
 コーヒーは冷めきっているけど。

「アオくん、今年……去年か、大活躍だったよね! テレビで見ない日無かったよ!」
「おかげさまで、昨年は沢山お仕事がもらえました」

 叔父や叔母、大学生や中高校生の従兄弟はいつも俺の仕事を褒めてくれる。

「うちのクラスの女子にアオくんのファン多いんだよね。一緒に写真撮って!」
「いいよ。ネットには上げないでね?」
「大丈夫。『ネットに上げちゃだめだから~』って言いながら、スマホを直接見せて距離を縮める作戦。ダシに使ってごめんね?」
「ははっ! いいね。賢い!」
「兄ちゃん天才! 俺もいい? アオくん!」
「いいよいいよ」

 父と似た系統の顔だけど表情が柔らかい従兄弟たちは、調子のいいところはあるけど、こうやって俺を慕ってくれるし、特別扱いしすぎなくて好き。

「でもさ、アオくんのSNSって真面目すぎない? お仕事関連の投稿ばっかり」
「そうそう。私生活が見えないよね。ちゃんとご飯食べてる? ちゃんと息抜きに遊んでる?」
「ご飯はちゃんと食べているよ。遊びは……」

 チラっと両親の方を見る。
 にこやかに笑っているけど、俺に向いた笑顔ではない。親戚の中で自分の持ち物が褒められて満足そうな笑顔。
 両親は、ご飯の心配なんてしてくれないし、遊ぶ暇があればもっと有意義に過ごせという。
 両親をもっと笑顔にさせるにはどう答えるのがいいか、ほんの一瞬迷ってしまった間に、離れた場所に座る弟が口を開いた。

「兄さん、最近よく遊んでいるみたいだね? ネットのニュースで見たよ。ドラマの撮影の合間にゲームをしているとか、陽キャのアイドルたちとアミューズメントパークで遊んだとか」

 弟は笑顔だけど……目が笑っていない。
 両親の前でわざわざ、我が家で禁止されていたことをしていると報告するなんて意地が悪いとは思うけど……弟は両親の監視下で、ゲームで遊ぶこともアミューズメントパークで友達と遊ぶこともできないんだ。一言いいたくなる気持ちは……わかる。

「あれは、お仕事で……」

 でも、俺だって両親に嫌われたくない。
 仕事と言えば見逃してもらえると思うんだけど……

「へぇ、遊んでいて仕事になるんだ。俳優って楽な仕事でいいなぁ。俺も俳優になろうかな」

 弟の口調は冗談っぽいのに、弟の隣に座る母は一瞬で取り乱す。

「ダメよ! あなたは立派な弁護士の先生になる才能がきちんとあるんだから!」
「そうだぞ、コウ。折角、賢く生まれたのだから人様の役に立つまともな仕事で能力を生かさないとな」

 父も加わって、二人がかりで弟に言い聞かせて、頭を撫でて……もう両親の視界には俺は全く入らない。
 俺の仕事は立派じゃない? まともじゃない? 役に立たない?
 もう何度も言われている言葉だけど、なんでだろう。
 今年は特にモヤモヤする。
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