【完結】枕営業のはずが、重すぎるほど溺愛(執着)される話

回路メグル

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第33話 お願い

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 伊月さんのお誘いで「ランド」で遊んでから二ヶ月と少し。
 年末特番や年始のスペシャルドラマの撮影が終わると、街中はクリスマスムードだ。

「アオ、本当にクリスマスに仕事を入れていいのか?」

 事務所でスケジュールの確認をする遠野さんは、「折角恋人と付き合いだして初めてのクリスマスなのに」と言いたそうな顔だ。俺も少し気になったけど、伊月さんは「クリスマスなんて芸能人は稼ぎ時なんじゃない? 気にしないでいいよ」と理解してくれている。

「当日以外にちゃんと二人でクリスマスするので大丈夫です。その代わり、年始のオフは……」
「あぁ、毎年だから大丈夫。わかっているよ」

 基本的にスケジュールがどれだけ埋まっても文句は言わない俺が、唯一、一月一日だけは毎年オフをもらっている。
 この日は両親が、「帰ってきなさい」と言ってくれるから。
 両親と弟が住む家に、父の両親や兄弟、その子供なんかが集まり……俳優の「波崎アオ」を自慢するために。
 本当は家族だけで過ごす時間が欲しいけど、両親は俺に時間も手間もかけたくないらしくて、普段はやんわり帰省を断られる。弟の勉強の邪魔になるとか、弟が俺を嫌っているのも一因かもしれない。
 だから、他の親戚がいてもいい、自慢のためでいい、俺が実家に居場所があるのはこの日だけなんだ。

「出演作の円盤とお年玉はもう用意したから……手土産、何にしようかな」
「アオは親孝行だなぁ」

 遠野さんは両親が俺をどう思っているかは知らない。
 この一日に俺がどれだけかけているか、俺以外知らない。

 いや、違うか。
 今は、もう一人だけ知っているか……


      ◆


 事務所でスケジュールを確認した日の夜。
 伊月さんの家で夕食を一緒に食べていると、珍しく伊月さんに「お願い」をされた。

「アオくん、来月の俺の誕生日に欲しい物があるんだけど」
「欲しい物……?」

 与えられるばかりで「欲しい」を言われるのは珍しい。
 ここまで明確に言われるのは初めてかもしれない。

「物というか、こと?」
「はい、俺にできることなら」

 こと……なんだろう?
 特別なエッチとか? 普通に旅行とか?
 一応、恋人だし、お世話になっているし、誕生日だし、俺も祝ってもらったし、希望をきく気はある。
 それに、先日のランドのお土産としてアクリルキーホルダーをプレゼントしたときは……喜び方がすごかった。
 思い切り驚いてから、目を潤ませて「家宝にする! 額縁買ってきて飾る!」なんて言って……今、この部屋の壁に、おそらくアクキーよりも高額で豪華な額に収められた数百円程度の小さなアクキーが飾ってある。
 大げさだなとは思うけど、俺があげたものでここまで喜ばれるならプレゼントのしがいがある。
 ……家族は、どんなに高価なプレゼントをしても「当然」って顔で受け取るだけだし。

「誕生日を丸一日、一緒にすごしたい。一緒にさえいれれば、それでいい。今のところアオくんの予定は空いているみたいなんだけど……だめかな?」
「……!」

 たったそれだけ?
 そういえば、伊月さんと朝から夜まで、一日中一緒に過ごしたのは、体調を崩して看病してもらった時くらいだ。
 控えめというか、俺の負担を気にしてくれているのか……あぁ、でも。
 いつも怖いくらいに俺に執着するのに、少し遠慮がちにお願いするところは、ちょっとかわいいかもしれない。

「わかりました。仕事を調整できるように確認します。一月のいつですか?」

 スケジュールを確認しようと、スマホを取り出すと、伊月さんは嬉しそうに弾んだ声で答える。

「一日だよ」
「え?」
「一月一日。できれば十二月三十一日の夜から一緒に過ごして、誕生日になる瞬間も一緒にいたいな」

 一月……一日?
 よりにもよって……そこ?
 俺の、一年で一番大事な日。

「あ、あの、その日は俺、実家に行かないと行けなくて。だから、誕生日の瞬間は一緒にいられるし、朝まで一緒にいられますけど、でも……昼間は、実家に……」

 実家に行きたい。
 実家に行かないと。
 俺、この日しか……!

「じゃあ、俺も一緒に実家に行っていい? 恋人のご家族にご挨拶したい」
「え!? え、そ、それ……それは……」

 ダメ……だと思う。
 伊月さんみたいな社会的地位のある人のこと、両親は好きだろうけど、ダメだ。

「俺の、両親……頭が固いので……」

 代々弁護士で、代々同じ私立校で、凝り固まった自分たちの価値観しか許せない人たちだ。
 同性愛に対しても、保守的というか……

「ごめんなさい。伊月さんは素敵な人だけど、俺の両親は……きっと、性別で……だから……すみません。俺が、両親に嫌われたくなくて……」
「ごめん、困らせたね」

 上手く説明できないのに、伊月さんは察してくれて、更に気遣ってくれる。
 こんなに俺に寄り添ってくれるのに、俺……伊月さんを選べなくて申し訳ない。

「俺の大事な子を産んでくれた方にお礼を言いたかったけど、無理にとは言わない。ご両親に認めてもらわなくても、俺たちの関係は変わらないし。大丈夫だよ」

 頭をぽんぽんと撫でてくれる。
 俺が一番好きな、されて嬉しいやつ……

「じゃあ、前日の夜から一緒に過ごして、当日は俺がご実家まで送り迎えするっていうのでどう? ご実家……ここから車で一時間くらいだよね?」
「そうですけど……毎年、実家には五~六時間はいて……」

 昼過ぎに親戚が挨拶にやってくるのと同時について、親戚が夕食を食べて帰る時に俺も家を出る。
 大事なたった一日の帰省としては短いけど、その間伊月さんは?
 
「アオくんが実家にいる間、近くの駐車場で車を停めて待っているよ。それで、一緒に帰ろう?」
「そんなの、申し訳ないですよ! せめて、行きだけか、帰りだけ……」
「できるだけアオくんの近くに居たい」
「でも……」
「それと、アオくんが子供の頃にすごした街を散策したい。待っている間ぶらぶらしているから」

 伊月さんは「お願い」を中途半端にしかきけない俺に怒ることも、悲しむことも、幻滅することも無く、ただ楽しそうに視線を細める。それが心苦しくもあるんだけど……あぁ、俺。
 愛されているな。

「……おすすめのお店とか、俺がよく行っていた場所、メモを作っておきますね」
「やった! 聖地巡礼だ」

 伊月さんが笑顔を深めると、俺も自然と笑顔になれた。
 一月一日、楽しみだな。
 伊月さんを祝えて、実家に帰れて……実家に……なんか……

 ……いや、そんなことない。
 
 伊月さんが近くにいると思うと、帰省が心強いなんて……そんなことない。
 大好きな家族との時間なんだ。

 そんなこと……

 ないはずなんだけど……

 なぜか「心強い」という気持ちが消えなかった。
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