【完結】枕営業のはずが、重すぎるほど溺愛(執着)される話

回路メグル

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第24話 マネージャー

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 たった三日の休養ではあるけど、体は軽くなった。
 伊月さんの正体? 真実? 気持ち? を知って心は重いけど……この重さは妙に心が落ち着く。
 いいのかな、俺……このまま伊月さんに甘えて、受け入れて……

「はぁ……」
「まだ疲れが抜けないのか?」

 思わずため息を漏らしたけど、ここは仕事終わりの車の後部座席。
 自宅まで送ってくれるマネージャーの遠野さんが、バックミラー越しに心配そうに様子をうかがってくれる。

「あ、いえ、もう大丈夫です」

 休養後は仕事も少しだけ調整してもらって、毎日きちんと休めているし、食事にも気を付けている。
 体調はいいと思う。
 それに、余裕があるということは……

「そう言いながらアオは無理するからな……まぁ、三日後の夜は伊月さんとデートできるんだ。もう少し頑張れ」
「あ、あぁ……そうですね」

 時間に余裕があるとデートの時間もとれてしまう。
 スケジュールがバレているので、「ここ、時間に余裕あるよね? 遊びに来てね?」と言われると断れない。
 伊月さんなら「一人でゆっくりしたい」とか「家で台本を確認するから」とか理由をつけて断っても許してくれそうだけど。
 でも……一応恋人だし……仕事をもらうためだし……伊月さんは嫌いにならないとは言ったけど、会わないと嫌われないか心配だし……行くのも別に嫌ではなくて……

「……」

 俺、伊月さんのことどう思っているんだろう。
 最初は重くて怖かったけど、今は重くてちょっと嬉しい。
 こういう風に愛されたことが無いから浮かれているだけなのか、それとも……気持ちが傾いている?
 俺が伊月さんを好きになれるなら、本当の恋人になってしまえば、俺も伊月さんも幸せなんだろうな。
 でも、こういう風に愛されるのが初めてで、どう受け止めればいいかわからない。
 嫌いにならないとは言われているけど、本当?
 そもそも、恋人なんだから親に求める愛情とは違うはず。
 恋人として好きになるってどういう気持ち?
 あと、圧倒的に重いし。重すぎるし。

「……」

 つい、ぐだぐだと考え込んでしまっていると、不意に車が停まった。
 
「え?」

 まだ家ではない。
 家の近くの路肩だ。

「アオ、もしかして……」

 運転席から振り向いた遠野さんは、心配そうな顔をしていた。

「もしかして、伊月さんと上手くいっていないのか?」
「え?」
「ずっと、気になっていたんだ。伊月さんとのデートの前後、アオが疲れた顔をしているから」
「あ……」

 顔に出さないようにしているつもりだし、仕事の時は完璧に振る舞えている自信はあるけど……付き合いが長く気心の知れたマネージャーさんの前ではつい、そういう顔も見せていたかもしれない。
 あと、遠野さんが敏腕マネージャー過ぎてよく気づくから。

「えっと、あれです。その……」

 もしかしたら今、正直に言うチャンスなのかもしれない。
 伊月さんとは恋人のフリで、でも、伊月さんの愛情が重くて、どうしたらいいか迷っていて……

「伊月さんの、愛が重くて……」

 重くて……
 重くて……の後、言葉が続かない。
 
「……何か、言いにくいことがあるなら、俺や事務所から伊月さんに伝えても構わないんだぞ? 伊月さんに恩はあるが……そこを上手く交渉するのがマネージャーや事務所の仕事だからな」
「遠野さん……」
「アオ」

 遠野さんは心配そうな顔から、なぜか笑顔になった。

「アオがまだ小学生の時に、児童劇団から事務所へ引き抜いたのは俺だ。まだまだ友達と遊びたい時期、親に甘えたい時期に仕事ばかりさせてしまったから……俺には、友達の分もアオに寄り添って、親の分もアオを護る義務があると思っている。だから、頼って欲しい」

 遠野さんが頭をポンポンと撫でてくれる。
 伊月さんと同じく大人の大きな手で、とても安心する手で、俺が求める「親代わり」と言ってくれて……

「遠野さん……ありがとうございます。嬉しいです」

 きっと、遠野さんの言葉に嘘はない。
 今までも、これからも、友達のように、親のように、俺を愛して護って甘やかしてくれる。好きで、味方でいてくれる。
 でも……知っている。
 それは、俺が「俳優」だから。
 事務所の看板俳優だから。
 商品価値があるから。

 もし俺が「俳優を辞める」と言っても同じことを言ってくれるわけではない。
 商品価値が下がっても同じ扱いかはわからない。
 遠野さんのくれる愛情は、「絶対」じゃない。

「……心配かけてごめんなさい。伊月さんとは本当に順調なんです。ただ、さっきも言ったように伊月さんの愛が重くて……」

 絶対の愛情じゃないから、頼れない。

「伊月さん……えっち、激しくて」

 照れと、嬉しいけど困ったなという表情を作る。
 とっさの言い訳だ。

「あ、あー……そういう、ことか」

 俺の言葉に遠野さんは一瞬驚いた後、納得したように頷いてくれた。
 付き合いは長いけど、俺の演技の方が上だった。

「あの人、確かに性欲が強そうだな。その……体に負担が出るほどなら……」
「それは大丈夫です! 俺が忙しい時は手を出さずに我慢してくれるんです。でも、それが……たぶん伊月さんはエッチしたいのに我慢させて申し訳なくて……でも、伊月さんエッチ激しいから、俺も気軽に『いいよ』とは言えなくて……」

 遠野さんには本心は話せない。これが原因だと思ってもらおう。
 ……全くの嘘ではないし。

「恋人とエッチするのは俺も嫌ではないんですけど……困ったなぁって」
「そうか……そうだな。アオは元々、若い男との激しいセックスよりも、年上のおじさんでいいから慣れたテクありとのねっとりセックスが好きだったな? 性の不一致か……」

 遠野さんには枕営業の頃に性癖がバレていたので益々信じ込んでくれた。
 真剣に受け取って悩んでくれて、少し申し訳ないけど。

「二人で話し合うのが一番だが、言い出しにくいよな? そうか……これは流石に俺から言うのも……」
「ですよね。解っているんです。自分できちんと話さないといけないって。なんとか伊月さんを傷つけず手加減してもらえるように……うん。話していたら覚悟が決まりました! 今度相談してみます」
「……あぁ」

 はい、結論も出たしこれで話は終わり……というつもりだったのに、遠野さんがなんとも言えない優しい顔で俺を見る。

「こういうことで悩むほど、真剣なんだな。安心した」
「安心?」
「あぁ。アオは枕営業を嫌がらなくて、仕事として誰とでもフラットに関係を築いていたから、きちんと踏み込んだ恋人が作れるのか心配していたんだ。だから……悩んでいるのに悪いが、よかった」

 そういえば……枕営業の相手に好きも嫌もなかった。面倒とかキモイくらいはあったけど、だからといって嫌がって逃げることなんて無かった。別に誰でもよかった。

「俺は色恋沙汰に疎くて、いいアドバイスができないかもしれないが……恋人に対する愚痴とか、悩みとか、聞くくらいはできる。これからも、なんでも相談してくれ」
「あ……はい。また話を聞いてください」

 もう一度俺の頭を撫でて、遠野さんはハンドルを握った。

 仕事のマネージャーとして、遠野さんは信頼できるし好きだし撫でられて嬉しいけど……

 きっと、遠野さんと俺の距離は、これ以上縮まることは無いんだろうなと思った。
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