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第21話 瞬間(1)
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しっかり眠って、伊月さんが作ってくれた夕食を食べて、食後に伊月さんが淹れてくれたお茶までいただいた。
「リラックスできるハーブティーなんだって。いい香りだけど……味が苦手だったら残してね?」
「……はい」
ソファに並んで座った伊月さんも、同じお茶が入ったカップに口を付けてそんなことを言う。
なんで解るんだろう。
この香りは好き。
でも、口に含んだ時の渋みが苦手。
「明日、朝はいつも通りで昼はリゾットにしようと思っているんだけど、どう? アオくんが好きなエビを入れて、トマト味……クリーム味? いや、トマトクリームとか?」
「……おいしそう」
「じゃあ、決まり」
好みの食べ物だけじゃない、今の体調や気分で選ぶものまでバレている。
「明日は一日ベッドで休んで、明後日は少し体動かそうね? たった三日で体力をつけてもらうのは無理かもしれないけど、ちゃんとしたトレーナーさんを呼んで食事と運動のアドバイスをもらって……」
伊月さんは三日間、ずっと俺についていてくれるらしい。
仕事は「リモートでちょっとだけする。俺の代わりは誰でもできるから」ということだけど……伊月さんの立場を誰でも代われるわけがないし、伊月さんと付き合うようになってから調べたけど、伊月さんの会社は伊月さんが入社して、順調に立場を上げていくにつれて業績が上がっている。
平社員の時から立て直すべき部署や子会社に所属して、立て直して、改革して、それがすべて、昇進し、重役になり、社長になった時に生きて……元々大きな会社を更に大きくした天才と書いてあった。
伊月さんのお父さんも敏腕社長だったけど、そのお父さんが認めて、本当は十年後に継がせるはずだった会社をもう任せたとも……書いてあった。
伊月さん、すごい人なんだよね……それなのに。
「ハウスキーパーさんとは別に、専属のシェフもいた方がいいんじゃない? 俺が用意してあげるから。そうじゃないと食生活が心配……」
「なんで?」
「ん?」
言葉を遮ると、伊月さんは笑顔のまま首を傾げた
伊月さんが俺のことを心配して色々提案してくれることが、最初は「重い」だけだったのに。
少し、嬉しくなって……でも、嬉しいと思うと、不思議で仕方がなくなった。
「なんで、伊月さんみたいになんでも持っている人が、俺なんですか?」
「っ……?」
伊月さんが驚いた顔で眼を瞬かせたあと……だんだんと嬉しそうに、笑顔に戻って……より深い、蕩けそうな笑顔になった。
あれ? 喜ぶところ?
「アオくん、そんなこと訊いてくれるんだ? 俺に興味を持って、俺の気持ちを気にしてくれるんだ? 嬉しいな!」
伊月さんは嬉しそうに俺の肩を抱き寄せて、笑顔を近づけてくる。
そのテンションには戸惑うけど……
「自分語りなんてウザイかなと思って言っていなかったけど、俺がアオくんに惚れた瞬間の話、していい?」
「え? はい! 聞きたいです!」
瞬間があるんだ?
それは気になる。
以前、十五年前の話をしていたから、あの頃……どの演技を見て惚れたんだろう?
初主役? その前の準主役? まさか、台詞が「わぁ! びっくりした!」だけの村人Aの時……?
「俺が初めてアオくんと出会ったのは、アオくんが六歳、俺が十三歳の時」
村人Aの時だ……!
初めて児童劇団の定期公演に出た時。アレで惚れるって……幼くてかわいかったとは思うけど……
「最初は、劇団の夏季オーディションで入って来た三人のうちの一人としか思っていなかった。特別かわいい顔だなとは思っていたけど」
いつのオーディションで入ったかもチェックしていたのか。
相当の劇団ファンだな。
「それに、顔だけじゃない。最初から演技が上手かったよね? 求められるとおりの役を演じられて……素直にすごいなと思いながら見ていた」
村人Aでそんなに解る?
……あれ?
俺、伊月さんは勝手に劇団ファンと思っていたけど……もしかして……
「二年目には俺よりもいい役をもらっていて、ちょっとだけ悔しかったけど、俺は本気で役者を目指していたわけでもないし仕方ないかって……」
「え!? 伊月さん、劇団に……!?」
思い切り驚いてしまったけど、これ、失礼かな?
一緒にいたはずなのに覚えていないって言っているようなものだ。
言ってから少し後悔したけど、伊月さんは気にした様子もなく、驚く俺に笑ってくれた。
「うん。いたよ。ビックリした?」
「はい……すみません。俺、他のメンバーって全員は覚えていなくて」
ほぼ七年在籍したから、先輩も後輩も多くて全員ハッキリと覚えているとは言えない。
でも、こんな人がいれば印象に残りそうなのに。
「覚えていなくて当然だよ。うちの会社がスポンサーだったから社長の息子だってバレないように名前を変えていたし、体型も顔つきも髪型も全然違うし。主役なんてしていないからネットに顔も名前もほとんど残っていないよ」
そう言いながら伊月さんがスマートフォンを取り出し、画面に何度か触れて一枚の写真を見せてくれた。
「十五歳のころの俺、こんな感じ」
「……!?」
「リラックスできるハーブティーなんだって。いい香りだけど……味が苦手だったら残してね?」
「……はい」
ソファに並んで座った伊月さんも、同じお茶が入ったカップに口を付けてそんなことを言う。
なんで解るんだろう。
この香りは好き。
でも、口に含んだ時の渋みが苦手。
「明日、朝はいつも通りで昼はリゾットにしようと思っているんだけど、どう? アオくんが好きなエビを入れて、トマト味……クリーム味? いや、トマトクリームとか?」
「……おいしそう」
「じゃあ、決まり」
好みの食べ物だけじゃない、今の体調や気分で選ぶものまでバレている。
「明日は一日ベッドで休んで、明後日は少し体動かそうね? たった三日で体力をつけてもらうのは無理かもしれないけど、ちゃんとしたトレーナーさんを呼んで食事と運動のアドバイスをもらって……」
伊月さんは三日間、ずっと俺についていてくれるらしい。
仕事は「リモートでちょっとだけする。俺の代わりは誰でもできるから」ということだけど……伊月さんの立場を誰でも代われるわけがないし、伊月さんと付き合うようになってから調べたけど、伊月さんの会社は伊月さんが入社して、順調に立場を上げていくにつれて業績が上がっている。
平社員の時から立て直すべき部署や子会社に所属して、立て直して、改革して、それがすべて、昇進し、重役になり、社長になった時に生きて……元々大きな会社を更に大きくした天才と書いてあった。
伊月さんのお父さんも敏腕社長だったけど、そのお父さんが認めて、本当は十年後に継がせるはずだった会社をもう任せたとも……書いてあった。
伊月さん、すごい人なんだよね……それなのに。
「ハウスキーパーさんとは別に、専属のシェフもいた方がいいんじゃない? 俺が用意してあげるから。そうじゃないと食生活が心配……」
「なんで?」
「ん?」
言葉を遮ると、伊月さんは笑顔のまま首を傾げた
伊月さんが俺のことを心配して色々提案してくれることが、最初は「重い」だけだったのに。
少し、嬉しくなって……でも、嬉しいと思うと、不思議で仕方がなくなった。
「なんで、伊月さんみたいになんでも持っている人が、俺なんですか?」
「っ……?」
伊月さんが驚いた顔で眼を瞬かせたあと……だんだんと嬉しそうに、笑顔に戻って……より深い、蕩けそうな笑顔になった。
あれ? 喜ぶところ?
「アオくん、そんなこと訊いてくれるんだ? 俺に興味を持って、俺の気持ちを気にしてくれるんだ? 嬉しいな!」
伊月さんは嬉しそうに俺の肩を抱き寄せて、笑顔を近づけてくる。
そのテンションには戸惑うけど……
「自分語りなんてウザイかなと思って言っていなかったけど、俺がアオくんに惚れた瞬間の話、していい?」
「え? はい! 聞きたいです!」
瞬間があるんだ?
それは気になる。
以前、十五年前の話をしていたから、あの頃……どの演技を見て惚れたんだろう?
初主役? その前の準主役? まさか、台詞が「わぁ! びっくりした!」だけの村人Aの時……?
「俺が初めてアオくんと出会ったのは、アオくんが六歳、俺が十三歳の時」
村人Aの時だ……!
初めて児童劇団の定期公演に出た時。アレで惚れるって……幼くてかわいかったとは思うけど……
「最初は、劇団の夏季オーディションで入って来た三人のうちの一人としか思っていなかった。特別かわいい顔だなとは思っていたけど」
いつのオーディションで入ったかもチェックしていたのか。
相当の劇団ファンだな。
「それに、顔だけじゃない。最初から演技が上手かったよね? 求められるとおりの役を演じられて……素直にすごいなと思いながら見ていた」
村人Aでそんなに解る?
……あれ?
俺、伊月さんは勝手に劇団ファンと思っていたけど……もしかして……
「二年目には俺よりもいい役をもらっていて、ちょっとだけ悔しかったけど、俺は本気で役者を目指していたわけでもないし仕方ないかって……」
「え!? 伊月さん、劇団に……!?」
思い切り驚いてしまったけど、これ、失礼かな?
一緒にいたはずなのに覚えていないって言っているようなものだ。
言ってから少し後悔したけど、伊月さんは気にした様子もなく、驚く俺に笑ってくれた。
「うん。いたよ。ビックリした?」
「はい……すみません。俺、他のメンバーって全員は覚えていなくて」
ほぼ七年在籍したから、先輩も後輩も多くて全員ハッキリと覚えているとは言えない。
でも、こんな人がいれば印象に残りそうなのに。
「覚えていなくて当然だよ。うちの会社がスポンサーだったから社長の息子だってバレないように名前を変えていたし、体型も顔つきも髪型も全然違うし。主役なんてしていないからネットに顔も名前もほとんど残っていないよ」
そう言いながら伊月さんがスマートフォンを取り出し、画面に何度か触れて一枚の写真を見せてくれた。
「十五歳のころの俺、こんな感じ」
「……!?」
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