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第12話 仕事/収録
しおりを挟む「いくらスケジュールが前倒しだと言っても、セットしょぼくない?」
特番の正式決定から撮影まで、通常よりもかなり早かった。
どうやら、本当は別の特番を予定していた枠が空いたからで……それは例の枕営業パーティーの出席者がメインの番組だったかららしい。
あのパーティーの話、意外と各所に広がっていて、テレビや広告の業界では取りやめ、自粛、変更が次々に起こって混乱が続いている。
そのお陰で俺もドラマの撮り直しがあったけど……俺の出番が増えて助かることの方が多い。
伊月さん、どこまで計算していたんだろう。
怖い。
「まぁ、セットがしょぼい分、ゲストは豪華。アオくんやアイドルの兄ちゃんたちは存分にイケメンして、モデルや女優の姉ちゃんたちはかわいくセクシーに頼むよ! セットの分、華やかにね! あと、芸人は上手く引き立て役になるようにブサイク強調しろよ!」
セットはちゃんと豪華だと思うけどね。
でも、まぁ……
「なるべくキメ顔でがんばります」
「じゃあ、メイクもう少し派手にしてもらおうかな~」
「元々イケメンなんで安心してください」
「元々ブサイクなんで安心してください」
俺も、他の若いゲストたちも、大御所の機嫌を損ねるのはよくないと理解しているので、笑顔で返事をして収録が始まった。
「そうそう、だからね、次は絶対に正解しないとマズイよ? じゃあ次の問題、VTRスタート!」
手元の進行表と台本には俺がVTRへのフリをすると書かれていたのに、嶋北さんがトークの流れからそのままVフリまで持っていってしまった。
プロデューサーさんも誰も止めないので、ここはもうこれでいくらしい。
「……」
俺は笑顔でVフリのポーズをするだけ。
わざわざ「俺の台詞とらないでくださいよ」とは言わないけど……これでもう、俺が言うべき台詞、するべき進行は七割近く嶋北さんに取られてしまった。
俺がバラエティのMCに慣れていないから、上手く流れに乗れない……だけじゃないと思う。
嶋北さんが好き勝手、口を挟む間も無くしゃべり続け、場を支配しているからだ。
悔しいけど番組としては面白いので誰も止めない。
そして……
「この問題は正解者全員ブサイクだな! ブサイク向けの問題だったな!」
大御所の嶋北さんには逆らえない。やはりマズイ発言も多いけど、みんな笑顔で乗るだけだ。
「そりゃあブサイクに生まれたんですから、これくらい美形に勝てる所が無いとねぇ!?」
中堅の芸人さんはノリノリで、芸歴の長いアイドルや女優さんは「仕方ない」という顔。
十代の若いモデルや歌手の子たちはちょっと嫌そうというか引いているというか……
みんなプロだから解りやすくカメラに映るような場所で嫌な顔はしないけど、カットの声がかかった瞬間、スタジオの空気が重くなる気がした。
そんな収録が続き、二時間番組の半分くらいは撮影が進んだころにはもう、嶋北さんの独壇場だった。
「中間成績は……お! ノノちゃんがトップか! おっぱいが大きくても頭いいんだな!」
十七歳のモデルの女の子に向けて嶋北さんが下品な笑顔を浮かべながら近づく。
セクハラすぎる。
「これでも弁護士目指して、毎日塾のオンライン授業を受けているんですよ」
セクハラにも笑顔で受け答えしてえらい。
ティーン誌の人気モデルで、明るくノリがいいから最近バラエティでもよく顔をみる子なだけある。
そして、本人が言う通り、有名私立高校の制服を着たまま局内の食堂で勉強しているのを何度も見たことがあって感心していた。
俺は、学校の勉強は最低限で、俳優業への努力に全振りしてしまったから……芸能活動も勉強も両方頑張る姿が眩しかった。
「へー! このおっぱいで!? 頑張ってえらいなぁ。頭撫で撫でしてやろうな!」
「ひっ!」
「……!」
スタジオにいる全員が体を震わせた。
でも、誰も止められないし、そもそも間に合うようなタイミングではなかった。
「おーっと、でっかくて丸いから間違った! 悪い悪い、頭はこっちだな」
嶋北さんは、頭ではなくノノちゃんの胸を思い切り撫でてから、わざとらしく頭を撫でなおす。
ノノちゃんは笑顔でも怒りでも悲しみでもない驚いた表情でただただ固まってしまっていた。
十七歳の、未成年の女の子にこれは……
「嶋北さん、さすがに……っ!」
あ……
やばい。
つい、反射的に、大きな声を出してしまった。
嶋北さんがいやらしい笑顔から一瞬で不機嫌になり、視線を細めながら俺の方を振り向く。
「あ?」
しまった。
こんなセクハラくらい日常茶飯事。いつもはスルー出来るのに……
やってしまった……
「おいおい、ガチでとるなよ。ボケだよ、ボケ。お笑いの。わかる?」
俺が自分で「しまった」と自覚しているのに気づいたんだろう。嶋北さんは、目は笑っていないけど笑顔にはなってくれた。
いや、笑顔だけどまずい。本当にまずい。ここはただ笑ってスルーしなければいけなかった
でも、声を出してしまったのは仕方がない。
ボケというなら何か乗らないと。
「あ、いや、な、なんやボケなんかーい!セクハラと思ってしまいますやん!」
お笑い芸人の役なんてやったことが無くて関西弁も見様見真似だけど、なんとかボケに対しての「ツッコミ」のような手のジェスチャーも付けて返すと、嶋北さんは目までちゃんと笑ってくれた。
「おいおいおいおい~! そうやってセクハラってツッコミ入れる奴がいるから笑いがつぶれてセクハラになんの。おれとノノちゃんは信頼関係ができているからOKなのにね、ノノちゃん!」
「あ、は、はは……」
嶋北さんが今度はノノちゃんと無理やり肩を組んで、頬同士をくっつける。
ノノちゃんが引き攣る笑顔で頷いて……ごめん。これは、俺のせいだ。
俺が余計な口出しをしたせいでセクハラが悪化した。
自分の首を絞めて、ノノちゃんに更に嫌な思いをさせた。
さらに……
「ほらー! アオくんのセクハラ警察のせいでスタジオが盛り下がりました~アオくん土下座ね!」
「え?」
怖いくらいに満面の笑顔で、嶋北さんが床を指差す。
土下座?
「……!」
スタッフの方を見るけど、スタッフみんなが目を反らして、マネージャーは悔しそうな顔をした。
スポンサーのコネだから守ってもらえるなんて、甘いことはなかった。
「ほら、土下座! 土下座!」
嶋北さんが手拍子をすると、芸人さんたちも遠慮がちではあるものの手拍子に乗った。
他の出演者も手拍子をしないといけないのか戸惑っていて……しかたがない。
自分のミスだ。けじめをつけよう。
「くっ! お笑いの勉強が足りず、ご迷惑をおかけしました! 大変申し訳ございませんでした!」
なるべく大げさに、わざとらしく、ギリギリネタで済むように、スライディング土下座をきめる。
一応、ゲストやスタッフからはフォローなのか笑い声が起きて、嶋北さんも笑った。
「おぉ! イケメンは土下座もイケメンだねぇ!」
「でしょう? 俺、この前のイケメン俳優ランキング三位だったんですよ」
できるだけ格好をつけて立ち上がり、カメラに笑顔を向けて……嶋北さんは満足したのか次のVフリへと進行してくれた。
なんとか場がおさまった。
収録はきちんと、続く。
でも、ノノちゃんを助けられたわけではないし、自分の立場も……少なくとも嶋北さんには嫌われた。
中途半端な正義感は何も解決しないのに。
俺は、正義の味方なんて目指していないし……なれないくせに。
「……」
この後も、嶋北さんが俺の台詞を八割くらい横取りして、俺のことを「ほら、また笑いのノリがわかっていないよ!」なんてイジリ倒しながら、マシンガンのようにトークを続けて収録は終わった。
俺への当たりがキツくなった分、ノノちゃんへの絡みがなくなったことだけは救いか……
でも……だめだ、失敗だ。
苦い初MCだった。
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