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第9話 お家デート(1)

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 一人暮らしをしているマンションの寝室にスマートフォンのアラーム音が響き、止めてから一分だけベッドの中でごろごろして……今度は目覚まし時計のアラームが鳴って、やっとベッドから降りた。
 朝八時一分。よし、予定通り。
 スマホを持ったまま洗面所に向かうと、手の中でメッセージアプリの通知音が鳴った。

『おはよう、昨日は遅かったみたいだけどよく眠れた? 今日もお仕事頑張ってね』

 毎朝、俺が起きる時間から五分以内にメッセージアプリに一言届く。
 芸能人の仕事なんて、起きる時間も寝る時間も不規則なのに、朝五時でも、午前十時半でも、必ず起きて五分以内。スケジュールが把握されているにしてもタイミングが良すぎる。スマートウォッチは付けていないから生体データではないだろうし、画面のオンオフやアラームを止めた通知って他のスマホで……いや、考えると怖くてスマートフォンが全く触れなくなりそうだ。やめておこう。

「えっと……おはようございます、のスタンプ……」

 恋人らしいことをするのは会った時だけだと思っていたから、メッセージのやり取りは面倒くさいけど、「忙しいと思うから既読だけでいいし、スタンプでもいいよ」と先回りして言ってくれ、使いやすそうな「日常会話スタンプ」がすでにアプリに入れてあった。
 かわいいネコの有名キャラクタースタンプで、普通の挨拶でも語尾にハートがついていることが多いのが気になるけど、まぁいい。楽だから。

「今日はスペシャルドラマの顔合わせ……私服か。ジャケットかな」

 伊月さんと付き合い始めて三日で、本当にスペシャルドラマのオファーがきた。
 一週間が経つころには、伊月さんの会社の関連である大手自動車メーカーと飲料メーカーのCMも決まったし、秋期のゴールデンタイムに放送されるクイズバラエティ番組のメインMCを大御所芸人と一緒にやることも決まった。

「本当に仕事がもらえたんだから、逃げられないよね……」

 顔を洗って、スキンケアをして……今日の予定を頭の中で反芻する。
 ドラマの顔合わせ、映画のナレーション撮り、仕事はこの二つだけ。俺にしてはかなり「暇な日」だ。
 だから……仕方がない。
 ため息をつくと同時にスマートフォンが鳴った。

『夕食、食べたいものを考えておいてね?』

 今夜は伊月さんとデートだ。


      ◆


 夕方五時。先日と同じタワーマンションに向かうと、コンシェルジュが高層階専用のエレベーターへ案内してくれた。
 俺はボタンを押していないのに、乗り込んだエレベーターは最上階の二つ下で停まる。

「いらっしゃい」

 エレベーターを降りると同時に目の前のドアが開いて、笑顔の伊月さんが現れた。
 今日はスーツじゃないのか。
 シンプルな黒いズボンにグレーのシャツ。若い子に多いビッグシルエットじゃなくて、体形に合った……でもピチピチではないこのサイズ感。きちんとしている感じがしていいな。俺好み。

「どうぞ」
「お邪魔します」

 大人っぽい笑顔も、整えられた髪も、キツすぎない香水も、高い身長も細いけど筋肉がある引き締まった体型も、男らしくてハッキリした顔立ちも、全部俺好みなんだよな。こういうところは恋人として悪くな……ん?

「え、これ……」

 玄関を入ってすぐ、シューズボックスの上に置かれた写真立てが目に入る。
 前回来た時は伏せられたそれが、今日は立っていた。
 その時と中身が同じなのか、後から入れ替えたのかはわからないけど、それにしてもこれ……!

「あぁ、俺の天使」

 伊月さんは少しだけ照れた様子で写真へ視線を向けた。
 天使……確かに写真には天使が写っている。
 真っ白い衣装で、背中に天使の羽を背負った八歳の少年の写真だ。
 もっと詳しく言えば、十五年前に有名児童劇団の定期公演で主役の天使を演じた時の俺の写真というか、おそらくパンフレットの切り抜きだ。
 
「アオくんのファンになって最初に手に入れた写真だから、俺の宝物」
「……っ……こ、これ、十五年も前ですよ? 伊月さん当時……」
「あぁ、十五歳だね」

 有名な劇団だから、コアなファンがいるし、主役の俺に注目する人もいた。
 そのお陰で本格的に芸能活動ができるようになった。
 でも、十五歳の少年が児童劇団のファン? いない……とは言いにくいけど、珍しい。

「そんな、昔から……?」

 珍しいし、十五年前から今までこんな重いファンなんだったら、ファンイベントや握手会、映画の公開イベントなんかで顔を見そうなのに。

「ずっと密かに応援しているだけだったんだけどね。でも……そろそろ俺もアオくんの役に立てるかなと思って勇気を出してみたんだ」

 伊月さんの視線が、写真立てから俺へと向いて……ゆっくり、俺に拒む時間をちゃんと与えながら抱きしめてくる。

「勇気を出してよかった」

 恋人らしく優しく抱きしめられて、優しく髪を撫でられて……手つきは穏やかだし伊月さんの体は温かいはずなのに、視界の端に入る天使のような自分の写真のことを思うと……背筋が冷たくなった。
 やっぱり重い。怖い。
 
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