8 / 60
第8話 外堀(2)
しおりを挟む「これでも反省していたんだ。枕営業なんてさせてしまったせいで、お前がまともに恋愛ができなくなってしまったんじゃないかって」
「あ、ちが……あの、遠野さん……」
誤解! 枕営業なのに、言葉のアヤで勘違いされただけ!
「伊月さんには少し怒られてしまった。アオはできることがあればなんでもしてしまう、目的のためなら無茶をしてしまう子だから、どんなことでも言われればしてしまう。そこをセーブさせるのが事務所の役割ではないのかと。その通りだ。事務所はいつも、アオが頑張るというから……頑張らせ過ぎた」
そうだけど……そうじゃない!
「事務所はみんな、アオの味方だ。伊月さんもアオの仕事を理解して公表せず内密に付き合うと言ってくれているし、二人が順調にお付き合いできるようにサポートするからな」
それはありがたいけど……違う。
根本的に、違う!
「遠野さん、待って、俺……」
ちゃんと誤解を解こうと、やっと言葉らしい言葉が口から出た瞬間、ドアが開いた。
「おはよう! あ、アオ!」
「社長!」
ちょうどよかった。社長にも話を聞いてもらって……
「あぁ! ありがとう、ありがとうアオ!」
「え?」
部屋に入って来た社長は、真っすぐ俺に向かってきて、そのまま勢いよく抱きしめられる。
抱きしめる腕の力が強くて……え? 泣いてる?
「お前が伊月さんに頼んでくれたんだってな!? お前たちには心配をかけないようにしていたつもりだったのに、バレていたのか……」
は?
頼んだ?
なにも頼んでなんていない。
しかも、バレる? 知らない。なんのことか……わからない!
「不動産トラブルなんて、所属しているお前たちには全く関係ない、事務所で処理しなければいけないことだったのに……あぁ、これで、事務所が存続できる!」
不動産?
本当に全く知らない話だ。
助けを求めるように遠野さんを見たけど、遠野さんは興奮した様子で社長の言葉に頷いた。
「よかったですね、社長! まさかこの欠陥が見つかって取り壊すしかないビルを買い取ってくれるなんて……解体後に上手く運用されるんだとは思いますが、うちじゃあそこまで資金が待たなかったですからね」
「あぁ。中古だけど頑張って三年前に買った自社ビルだからな。悔しいが……でも、伊月さんの援助のお陰で来月からは港区の有名オフィスビルだ!」
「しかもワンフロア全部使えるんですよね。レッスンスタジオも、撮影や録音用のスタジオもとれそうですね」
「あぁ、工事費はもちろんこっちもちだが、原状回復を気にせず好きなように改築して良いと言ってくれているし……はぁ……本当に伊月さんとアオに感謝だな」
なんとなく事情はわかったけど……全部初耳。
社長が困っていたことも、伊月さんが助けてくれることも、なぜか俺がお願いしたことになっているのも、全部知らなかった。
「ですね! それに、港区のビルのオーナーが伊月さんで、伊月さんのオフィスが上の階にあるから、伊月さんとアオをこっそり会わせるのにちょうどいいですし」
「へ?」
事務所と同じビルに伊月さんがいる?
しかも、マネージャーも社長も、俺と伊月さんは普通に恋人になったと勘違いしている?
これって……
俺、もしかして、逃げ場が……ない?
正直に話して伊月さんから逃げたら、事務所は存続の危機で、欲しい仕事がもらえなくて、枕営業も当分できなくて……ってことだよね?
しかも、どう考えても伊月さんの計算というか計画というか……逃げても別のなにかで捕まる可能性が高い。
怖い。
伊月さん、怖すぎる。
昨日からずっと怖いのに、さらに怖くなるなんて……何者なんだよ、伊月さん。
それに 、自分が怖い。
だって、冷静に考えれば、「欲しい物が全部手に入る」ことに変わりはない。
事務所が順調で、リスクのある枕営業をしなくても仕事がたくさんもらえて性欲の発散ができて、お金や生活も面倒見てもらえて……悪くはない、よね?
恋人関係だって、演技は得意だし長期にわたる愛人契約的な枕営業だと思えばできないこともない。
俺の仕事を応援してくれていて、向こうも会社の偉い人で、二人とも忙しい大人のカップルなんだから、会うのだって週に一回くらい? それくらい「枕営業」「恋人演技の練習」と思えば、対価として安いくらいだ。
怖いけど、俺のことが本気で好きみたいだし……だから怖いのかもしれないけど……
とりあえず、仕事がもらえている間だけ恋人のフリをして、仕事がなくなるか向こうが飽きたら別れればいいんだ。
うん。
条件として悪くない。
悪くない……
悪くない……よね?
あまりにも逃げ場のない怖さだったから、自分でそう思い込もうとしているのかもしれないけど……これ以上に自分を落ち着かせられる「気持の落としどころ」が見つからなかった。
678
お気に入りに追加
1,555
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる