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第21話 引っ越し
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溜まっていた有休は七日しか消化できなかったけど、退職金が多少出たし、その後一回も会社に行かずに辞めることができた。
必要書類や連絡は全部課長が間に入って送ってくれたし、借り上げ社宅からの引っ越しは、有休消化中に引っ越し先が見つかった。
長年できなかったことなのに、やる気になればこんなにも簡単だったのか。
引っ越し当日は浅野さんと浅野さんの事務所で働いているデザイナーの男性が手伝ってくれた。
元々寝るために帰るだけの家だったから家具も家電も少なくて、借り上げ社宅だったからエアコンや冷蔵庫、洗濯機、ベッドは会社の物。持っていかない。
仕事が忙しくて買い物もあまりしないし料理もあまりしないような生活で、物が増えることは無かったから、業者に頼まなくても軽トラと男三人で余裕の引っ越しだった。
「桜田さん、荷物はこれで全部です」
「ありがとうございます」
午前中だけで荷物の移動が完了した新しい家は、前より狭い1Kのマンション。家賃は浅野さんの事務所が半分出してくれるから、俺の負担額で言うと今までの三分の一。
浅野さんは「家賃補助もっと出しますし、もう少し広いところを選んでいいんですよ?」と言ってくれたけど、前より狭いと言っても1Kの中では広い方だし、収納は大きいし、「やった、掃除が楽だ」としか思わない。
しかも通勤が徒歩三分! 最高だろ?
「じゃあ俺は、廃品回収業者に寄ってからトラック返して……直帰でいい?」
レンタカーのキーを指先にぶら下げたデザイナーの野崎さんは、浅野さんと似た体格で同い年ということだけど……青っぽいメッシュやインナーカラーが入ったアシンメトリーの髪型に黒ぶちメガネ、派手なスカジャン姿で一見近寄りがたかった。
でも、話し出すと明るくてノリがよく、これから一緒に仕事をしていくのにやりやすそうな人だ。
「いいよ。ありがとう!」
「休日なのに助かりました、ありがとうございます」
「午前出社扱いにしてくれているし全然いいよ~。桜田さん、来週からよろしく!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
野崎さんが部屋を出ていくと1Kの狭い部屋の中は俺と浅野さんの二人きり。
まだまだ段ボールの中身を開けたり、役所や銀行での手続きをしたり、明日届く予定の家電を設置したり、やることはたくさんある。
でも……
「ふぅ……」
前の会社を辞めて、会社に宛がわれていた家も出て、物理的に会社と距離を置けたことで気が緩んだ。
「桜田さん……」
倒れるほどではないけど、力が抜けたのが解ったのか、ラフなTシャツパーカー姿の浅野さんが後ろから軽く抱きとめてくれた。
「大丈夫ですか? ここ数日、家探しや引っ越しの準備で大変でしたよね……お疲れ様です」
「仕事よりは大変じゃないですよ。疲れもあるけど……ほっとして気が緩んだかな……」
「今までずっと気が張っていたんですね……お疲れ様です。桜田さんの頑張り、尊敬します」
会社を辞めることが決まってから、仕事のこと、引っ越しのこと、浅野さんと顔を合わせることは多かった。
ほぼ毎日会っていた。
でも……。
抱きしめられるのは、初めて顔を見た日以来で……。
「ん……」
うん。
やっぱりこれ、ほっとする。
すっぽり体が包まれる感覚。
肩のあたりをぽんぽんと優しく叩く大きな掌。
俺もスーツじゃなくて今日はTシャツ姿だから、体温をすごく感じる。
ここ数日の緊張が癒されていく。
落ち着く。
ほっとする。
癒し……。
……。
…………。
………………。
……………………。
「あ……れ……?」
「あぁ、起きました?」
浅野さんに抱きしめられて、ほっとするな~……と思ってから、まさかの寝落ちしてしまっていたらしい。
まだカーペットも何も敷いていないフローリングの床に座った浅野さんに膝枕をしてもらって、体には浅野さんが羽織っていた薄手のパーカーが掛けてあった。
「やっぱりお疲れなんですよ。今までの疲れも残っているだろうし、退職や引っ越しなんて、仕事とは違う神経を使うでしょう? 無理せずに、ゆっくりしてくださいね。事務所への出社も遅らせても良いですし」
浅野さんは優しい双眸を穏やかに細めて俺を見下ろしながら、伸ばしっぱなしの俺の髪を梳く。
その指がまた気持ちよくて……。
「ごめんなさい、俺……まだ寝そう……」
「大丈夫ですよ。寝てください」
結局、そのまま一時間ほど浅野さんの膝で寝てしまった。
必要書類や連絡は全部課長が間に入って送ってくれたし、借り上げ社宅からの引っ越しは、有休消化中に引っ越し先が見つかった。
長年できなかったことなのに、やる気になればこんなにも簡単だったのか。
引っ越し当日は浅野さんと浅野さんの事務所で働いているデザイナーの男性が手伝ってくれた。
元々寝るために帰るだけの家だったから家具も家電も少なくて、借り上げ社宅だったからエアコンや冷蔵庫、洗濯機、ベッドは会社の物。持っていかない。
仕事が忙しくて買い物もあまりしないし料理もあまりしないような生活で、物が増えることは無かったから、業者に頼まなくても軽トラと男三人で余裕の引っ越しだった。
「桜田さん、荷物はこれで全部です」
「ありがとうございます」
午前中だけで荷物の移動が完了した新しい家は、前より狭い1Kのマンション。家賃は浅野さんの事務所が半分出してくれるから、俺の負担額で言うと今までの三分の一。
浅野さんは「家賃補助もっと出しますし、もう少し広いところを選んでいいんですよ?」と言ってくれたけど、前より狭いと言っても1Kの中では広い方だし、収納は大きいし、「やった、掃除が楽だ」としか思わない。
しかも通勤が徒歩三分! 最高だろ?
「じゃあ俺は、廃品回収業者に寄ってからトラック返して……直帰でいい?」
レンタカーのキーを指先にぶら下げたデザイナーの野崎さんは、浅野さんと似た体格で同い年ということだけど……青っぽいメッシュやインナーカラーが入ったアシンメトリーの髪型に黒ぶちメガネ、派手なスカジャン姿で一見近寄りがたかった。
でも、話し出すと明るくてノリがよく、これから一緒に仕事をしていくのにやりやすそうな人だ。
「いいよ。ありがとう!」
「休日なのに助かりました、ありがとうございます」
「午前出社扱いにしてくれているし全然いいよ~。桜田さん、来週からよろしく!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
野崎さんが部屋を出ていくと1Kの狭い部屋の中は俺と浅野さんの二人きり。
まだまだ段ボールの中身を開けたり、役所や銀行での手続きをしたり、明日届く予定の家電を設置したり、やることはたくさんある。
でも……
「ふぅ……」
前の会社を辞めて、会社に宛がわれていた家も出て、物理的に会社と距離を置けたことで気が緩んだ。
「桜田さん……」
倒れるほどではないけど、力が抜けたのが解ったのか、ラフなTシャツパーカー姿の浅野さんが後ろから軽く抱きとめてくれた。
「大丈夫ですか? ここ数日、家探しや引っ越しの準備で大変でしたよね……お疲れ様です」
「仕事よりは大変じゃないですよ。疲れもあるけど……ほっとして気が緩んだかな……」
「今までずっと気が張っていたんですね……お疲れ様です。桜田さんの頑張り、尊敬します」
会社を辞めることが決まってから、仕事のこと、引っ越しのこと、浅野さんと顔を合わせることは多かった。
ほぼ毎日会っていた。
でも……。
抱きしめられるのは、初めて顔を見た日以来で……。
「ん……」
うん。
やっぱりこれ、ほっとする。
すっぽり体が包まれる感覚。
肩のあたりをぽんぽんと優しく叩く大きな掌。
俺もスーツじゃなくて今日はTシャツ姿だから、体温をすごく感じる。
ここ数日の緊張が癒されていく。
落ち着く。
ほっとする。
癒し……。
……。
…………。
………………。
……………………。
「あ……れ……?」
「あぁ、起きました?」
浅野さんに抱きしめられて、ほっとするな~……と思ってから、まさかの寝落ちしてしまっていたらしい。
まだカーペットも何も敷いていないフローリングの床に座った浅野さんに膝枕をしてもらって、体には浅野さんが羽織っていた薄手のパーカーが掛けてあった。
「やっぱりお疲れなんですよ。今までの疲れも残っているだろうし、退職や引っ越しなんて、仕事とは違う神経を使うでしょう? 無理せずに、ゆっくりしてくださいね。事務所への出社も遅らせても良いですし」
浅野さんは優しい双眸を穏やかに細めて俺を見下ろしながら、伸ばしっぱなしの俺の髪を梳く。
その指がまた気持ちよくて……。
「ごめんなさい、俺……まだ寝そう……」
「大丈夫ですよ。寝てください」
結局、そのまま一時間ほど浅野さんの膝で寝てしまった。
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