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第7話 出張
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顔も知らない彼に支えてもらうようになって一ヶ月ほど。
平日は毎朝、彼に抱きしめられて一〇分ちょっと寝るのが日課になっていた。
時々肩や頭をポンポンと優しく撫でてくれて、更に時々、俺の手に彼の手が重なる。
一人暮らしの家と会社の往復の日々の中で、こんな痴漢のようなスキンシップですら、人肌恋しい俺には癒しになっていた。
それに、鞄が肩に食い込んでいる日は持ってくれるし、週に二度ほどポケットにチョコレートが入る。
チョコレートには「体に気を付けて」「元気がでますように」なんていう手描きメッセージの書かれた付箋がついてくる。たまに流行の癒し系キャラクターのイラストが印刷されている付箋のこともある。
電車を降りる時には「いってらっしゃい」「がんばって」と優しく背中を押してくれる。
硬い物が腰に当たることが日に日に増えているのだけは気になるけど……。
でも、俺はもう彼から与えられる無償の愛のような癒しにどっぷりとハマっていた。
ハマっているくせに、お礼をするとか、連絡先を聴くとか、能動的なことをする気力が無くて……ただただ享受するだけの関係が続いていた。
◆
――次は~新大阪
今日は珍しく、会社に向かう在来線ではなく、始発の新幹線で関西へ向かっていた。
彼に支えてもらわなくても安心して眠れる指定席のシートで、二時間以上眠っていたと思う。
「出張の日の方が沢山眠れるなんてな」
自嘲気味に笑って新幹線を降り、今回の出張の目的である、得意先が出展している展示会会場を目指して地下鉄のホームに降りる。
「……げっ」
ちょうど朝の通勤ラッシュの時間帯だけど、関西は関東よりも空いていると思ったのに。
地下鉄のドアが開くと見慣れた電車と同じくらいぎゅうぎゅうで、そこに向かっていく人波に乗って車内に押し込まれれば、身動きが取れないほどのすし詰め状態だった。
久しぶりに自分一人の足で立つ満員電車は辛い。
見知らぬ土地の緊張感もあるのかもしれないけど……いつもの満員電車が……いつもの彼が……恋しくて仕方が無かった。
やっぱり俺、あの人に助けられているよな……。
一泊二日の出張の間、電車に乗るたびに彼の腕の力を思い出していた。
◆
出張の二日間、何も言わずにこの電車に乗らなかったのに、出張明けの日もいつもの彼がいつものように支えてくれた。
「……」
あぁ、やっぱり安心する。
顔も名前も知らないのに。
知ろうともしないくせに。
「……」
少しだけ勇気を出した。
「……?」
彼の左手に、スーツのポケットから出した物を握らせる。
関西で、同僚へのお土産を買うついでに買った、関西限定ミックスジュース味のソフトキャンディ。
ミックスジュースが何で関西限定なのかもわからないし、金額も数百円程度。
社会人のお土産としては貧相かもしれない。
でも、いつももらっているチョコと同じくらいの大きさのスティックタイプ一二粒入りで、見た瞬間になぜか彼を思い出してしまったんだ。
だから、そのキャンディにも彼の真似をして「出張へ行っていました」とだけ書いた付箋を貼っている。
悩んだ末に「いつもありがとう」は書けなかった。
「え?」
左手が俺の体から後ろに回り、何を握らせられたか確認した彼は、いつもの優しい声色とは違ってかなり驚いた様子だ。
余計だったか?
おかしいことしたか?
これで調子に乗ってもっと痴漢らしいことされたらどうしよう。
数秒の沈黙が妙に重く感じた。
「あ、これ……ありがとうございます! う、嬉しい……」
よかった……!
後ろから本当に嬉しそうな弾んだ声が聞こえて、正解だったんだとほっとした。
「でも、気を遣わないでください。俺がやりたくてしているだけですから」
改めて体を抱きしめなおしながら彼が耳元で囁く。
まだいつもの優しい声音ではなく、嬉しそうな……浮かれた子供のような声だった。
たったこれだけで喜んでくれるなんて……しかも「気を遣わないで」なんて。
お礼をしないといけないのかと悩んでいた気持ちは軽くなった。
でも、見返りもなくやりたくてしているって怖……いや、そこは考えるな。
「お礼なんていらないです。でも、本当に……嬉しいです」
もう一度言われた「嬉しい」という言葉と共に、いつもより体が密着した気がした。
平日は毎朝、彼に抱きしめられて一〇分ちょっと寝るのが日課になっていた。
時々肩や頭をポンポンと優しく撫でてくれて、更に時々、俺の手に彼の手が重なる。
一人暮らしの家と会社の往復の日々の中で、こんな痴漢のようなスキンシップですら、人肌恋しい俺には癒しになっていた。
それに、鞄が肩に食い込んでいる日は持ってくれるし、週に二度ほどポケットにチョコレートが入る。
チョコレートには「体に気を付けて」「元気がでますように」なんていう手描きメッセージの書かれた付箋がついてくる。たまに流行の癒し系キャラクターのイラストが印刷されている付箋のこともある。
電車を降りる時には「いってらっしゃい」「がんばって」と優しく背中を押してくれる。
硬い物が腰に当たることが日に日に増えているのだけは気になるけど……。
でも、俺はもう彼から与えられる無償の愛のような癒しにどっぷりとハマっていた。
ハマっているくせに、お礼をするとか、連絡先を聴くとか、能動的なことをする気力が無くて……ただただ享受するだけの関係が続いていた。
◆
――次は~新大阪
今日は珍しく、会社に向かう在来線ではなく、始発の新幹線で関西へ向かっていた。
彼に支えてもらわなくても安心して眠れる指定席のシートで、二時間以上眠っていたと思う。
「出張の日の方が沢山眠れるなんてな」
自嘲気味に笑って新幹線を降り、今回の出張の目的である、得意先が出展している展示会会場を目指して地下鉄のホームに降りる。
「……げっ」
ちょうど朝の通勤ラッシュの時間帯だけど、関西は関東よりも空いていると思ったのに。
地下鉄のドアが開くと見慣れた電車と同じくらいぎゅうぎゅうで、そこに向かっていく人波に乗って車内に押し込まれれば、身動きが取れないほどのすし詰め状態だった。
久しぶりに自分一人の足で立つ満員電車は辛い。
見知らぬ土地の緊張感もあるのかもしれないけど……いつもの満員電車が……いつもの彼が……恋しくて仕方が無かった。
やっぱり俺、あの人に助けられているよな……。
一泊二日の出張の間、電車に乗るたびに彼の腕の力を思い出していた。
◆
出張の二日間、何も言わずにこの電車に乗らなかったのに、出張明けの日もいつもの彼がいつものように支えてくれた。
「……」
あぁ、やっぱり安心する。
顔も名前も知らないのに。
知ろうともしないくせに。
「……」
少しだけ勇気を出した。
「……?」
彼の左手に、スーツのポケットから出した物を握らせる。
関西で、同僚へのお土産を買うついでに買った、関西限定ミックスジュース味のソフトキャンディ。
ミックスジュースが何で関西限定なのかもわからないし、金額も数百円程度。
社会人のお土産としては貧相かもしれない。
でも、いつももらっているチョコと同じくらいの大きさのスティックタイプ一二粒入りで、見た瞬間になぜか彼を思い出してしまったんだ。
だから、そのキャンディにも彼の真似をして「出張へ行っていました」とだけ書いた付箋を貼っている。
悩んだ末に「いつもありがとう」は書けなかった。
「え?」
左手が俺の体から後ろに回り、何を握らせられたか確認した彼は、いつもの優しい声色とは違ってかなり驚いた様子だ。
余計だったか?
おかしいことしたか?
これで調子に乗ってもっと痴漢らしいことされたらどうしよう。
数秒の沈黙が妙に重く感じた。
「あ、これ……ありがとうございます! う、嬉しい……」
よかった……!
後ろから本当に嬉しそうな弾んだ声が聞こえて、正解だったんだとほっとした。
「でも、気を遣わないでください。俺がやりたくてしているだけですから」
改めて体を抱きしめなおしながら彼が耳元で囁く。
まだいつもの優しい声音ではなく、嬉しそうな……浮かれた子供のような声だった。
たったこれだけで喜んでくれるなんて……しかも「気を遣わないで」なんて。
お礼をしないといけないのかと悩んでいた気持ちは軽くなった。
でも、見返りもなくやりたくてしているって怖……いや、そこは考えるな。
「お礼なんていらないです。でも、本当に……嬉しいです」
もう一度言われた「嬉しい」という言葉と共に、いつもより体が密着した気がした。
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