【完結】社畜が満員電車で「溺愛」されて救われる話

回路メグル

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第6話 エスカレート

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 忙しい日は続く。
 今日は寝坊して、寝癖も直さずに全力で走って、駅のホームに着いた時にはすでにいつもの電車が到着していた。ギリギリに駆け込んだから、後ろはドア。いつも俺がいる位置には、がっしりした体形の男子高校生が立っている。
 今日はいつもの彼に支えてもらえないな。ドアに凭れながら寝られるかどうかは微妙……え?
 え?
 あれ?
 手の甲……撫でられている……のか?
 隣に立つ高校生とスーツのおじさんの間から、手だけがこっちに伸びていて……この手……俺よりもデカくて、指が長くて、革を編んだブレスレット……。
 いつもの彼か。

「……」

 しばらく手の甲同士をすり合わせた後、指先が俺の指に触れて……手の甲を撫でていた手が、掌の方に回って、指同士が絡む。

 何?
 俺、何されているんだ?

――ぎゅ

 彼が手に力を込めて……これって……所謂、「恋人繋ぎ」だ。
 え?
 えぇ?
 これは、流石に優しさでも何でもない。

 でも、手を繋ぐって痴漢か?
 痴漢なのか?
 振り払うべきか?
 でも……
 いつも色々世話してもらっているのに?
 これだって、俺を元気づけるためといえばそうなのかもしれないし?
 でも、それにしても……。

「……」

 支えてもらっていないから眠れないうえに、妙にドキドキして休まらなかった。


      ◆


 まだ忙しい日々は続く。
 昨日はタクシーで帰宅して、もうマジで一歩も歩けないし、寝不足で頭がガンガンするし、この状態でシャワーを浴びたら死ぬ気がして、着替えもできずにベッドに倒れ込んだ。
 そういう日は、朝にシャワーを浴びるけど……今日は朝起きれず、背に腹は代えられないということでシャワーナシ、着替えのみでいつもの電車に乗り込んだ。
 温かくなってはきたものの、真夏ではないから密着しなければ汗臭いとか解らないよな?
 一応、会社の最寄り駅でコンビニによってボディシートを買おう……あ!

「……っ!」

 後ろから、いつもの腕が俺に伸びてきて、思わず体をよじる。
 すし詰め状態の満員電車だから、後ろの彼以外も密着してはいるけど……なんとなく、彼に悟られたくはなかった。

「……嫌、ですか?」

 後ろの彼は、俺の反応に大人しく手を引っ込めたけど、耳元でささやく声がとても悲しそうで……しまった。
 違う。
 そうじゃない。

「……今日……昨日も、時間なかったから、その……」

 シャワーを浴びてない不潔な人間が横にいるなんて、他の人にも聞こえたら申し訳ないなと思い、ごく小さな声で曖昧に答えたのに、彼にはきちんと伝わったようだった。

「あぁ、なるほど。別に……」

 ほっとしたような彼の声に、強張っていた体の力を抜いた瞬間……。

「……!」

 首筋に、なんか……?
 当たっている?
 顔か? 顔、当たっている?
 え? 嘘だろ?

「気にならないです」

 それなら良かった……けど、俺は気にする。
 うわ、しかも腕がいつものように抱きしめてきて……。

「むしろ……」

 は?
 何言って……ん?

「……はぁ」

 え?
 首筋に熱っぽい息がかかった。
 いや、それよりも……。
 おい、まさか……嘘だろ?
 なぁ、これ……俺の腰辺りに当たっている感触……硬いこれって……。

「……っ」

 勃起、してる?
 位置的に、感触的に、どう考えても……そうだよな?
 嘘だろ? 俺で? 俺の匂いで? 勃起?
 変態だ。
 やっぱりこいつ、変態だ。痴漢だ。アウトだ。
 危ない奴じゃないか!
 気持ち悪い!
 逃げなきゃ!

 ……と、思うのに。

「……」

 硬い物の気持ち悪さよりも、抱きしめられる安心感が勝った。

 抱きしめる腕を振りほどけないのは、満員電車だから。
 いつものように寝てしまったのは、疲れがたまっているから。
 仕方が無い。

 そんな言い訳は浮かぶけど……自分がちょっと信じられなかった。


      ◆


 翌日は、きちんと朝にシャワーを浴びて電車に乗った。
 それなのに、俺の腰辺りには若干硬い物が当たる。
 マジかよ……。
 昨日はたまたま、ですまないのか。
 本格的に危ない。

 でも。

「お疲れ様です」

 相変わらず体を支えて、優しくポンポンとあやされるだけだし、性的な場所をいやらしく触ってくるようなことはない。
 腰のあたりの当たっているものも、押し当てているというよりは、密着するから当たってしまっているだけという感じで、慣れてしまえば鞄が当たっているのとそう変わらない。

 じゃあ、いいか。
 もう、考えるのも疲れた。
 俺男だし。減るもんじゃないし。

 ここまでされてもまだ、痴漢の気持ち悪さや恐怖よりも、やはり腕の安心感が勝っていた。
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