382 / 409
第9章 その後の世界 / 新しい仲間と遊びの話
雇用(1)
しおりを挟む
イユリちゃんたちがお泊りした翌日の昼、魔王さんの執務室で、俺と魔王さん、ギルドマスターさんとイユリちゃんが向かい合ってソファに座った。
ソファから少し距離をとった両横にはミチュチュちゃんとギルドマスターさんの護衛の魔族さん、人間関連の役所の責任者であるエンラキさん、ローズウェルさん、ファイさん、騎士団長さんが神妙な顔で立っている。
大事な話があるからと魔王さんがこの場を設けてくれたんだけど……どう切り出すか悩ましいよね。
イユリちゃんが「魔王さんのペットになりたいと希望した」っていうのはいろいろとややこしくなりそうだから、シンプルに……
「昨日、イユリちゃんに『憧れのライト様みたいになりたいので、勉強のためにもお城で働かせてください』って言われちゃった! すっごく嬉しいし、俺、人間の秘書が欲しかったからちょうどいいなって思うんだけど、どうかな?」
いろいろ端折っただけで嘘ではないよね。
「……なっ!?」
「人間が村以外で働く!?」
周囲の魔族さんたちから押し殺した驚きの声が漏れるけど、目の前のギルドマスターさんは、さすが大きな組織の敏腕商売人だけあって、にこにこと笑顔のままだ。
この腹の内が探れない感じ、悔しいけど勝てないな。絶対に敵には回したくない人だ。
「あの、しかし、城の雇用規定では……魔力値など、様々な条件が……」
しばらくの沈黙の後、ファイさんが戸惑いながら声を出してくれる。
そうだよね。こういう声は絶対に出てくる。昨日、魔王さんが指摘してくれていて……魔王さんが部下の気持ちがわかる素敵な王様でよかった。
「うん。魔王さんにも相談したけど、お城の採用試験とかに魔力とか魔法とか必要なんだよね? 決まりだから『人間だからといって特別扱いはできない』って魔王さんにもキッパリ言われちゃった。確かにそうだよね。お城で働いているみんなはその試験を受けて、しっかり合格してここにいるんだから」
俺の言葉にお城勤めのみんなは少しほっとしたのがわかる。
でも、たぶん次の言葉でびっくりさせちゃうな……
「だから、イユリちゃんはお城で雇うんじゃなくて、俺が直接、個人的に秘書として雇いたい!」
「は?」
「へ?」
「……え?」
「なっ……!?」
ほら。みんなびっくりして公の場とは思えない声を上げる。
ギルドマスターさんはにこやかな笑顔のままだけど。
「魔王さんは、秘書が欲しいなら新しく魔族の秘書を雇うって言ってくれたんだけど、魔族さんが優秀なのはお城のみんなを見ているとわかるんだけど……ちょっとやりたいことがあって、どうしても、『人間』の手伝ってくれる人が欲しかったんだ。わがままいってごめんね?」
一番一緒にいることが多いローズウェルさんだけは、俺の言葉になんとなく思うところがあったのか納得した様子だけど、他の人はまだ戸惑った表情が続く。
わかってはいたけど、人間のペットがこんなこと言い出すのは、考えてもみないおかしなことなんだな……なんとも言えない落ち着かない空気の中、ずっと優しい視線で俺を見守ってくれていた魔王さんが口を開いた。
「俺は、ライトの希望を叶えてやりたい」
……あぁ、すごいな。
やっぱり魔王さんって王様なんだ。
俺と二人きりの時とは違う、低いけどよく通る落ち着いた声のたった一言で、場の空気が引き締まった。
「前例のないこととは理解しているが、ライトは城の皆の負担を軽くするためだとも言ってくれた。ライトの一層の活躍のためであり、おそらく我が国の発展にもつながることだろう。皆には受け入れてほしい。そして……イユリ様のようにやる気のある『働きたい』という人間はなかなかいない。ぜひ来ていただきたい」
俺の言葉に驚いていたお城の魔族さんは、たったこれだけで「魔王様がそうおっしゃるなら」と、特に異論はないようだった。魔王さん、部下に信頼されているなぁ。
そして、イユリちゃん本人も、全員からの視線が向いたところで、魔族の中に入るととても小さな体を精一杯背筋を伸ばして声を上げた。
「ハレアザート様のおかげで勉強して世界を知れたからこそ、より広い世界を見てみたいんです! あえて外からの方がご恩返しできることもあると思いますし……どうか、ライト様のもとで働かせてください! 必ずご恩返しします! そして、必ずライト様の……そして、魔王様のお城のお役に立ちます!」
俺、特にアドバイスしてないよ? きちんと自分の言葉で説明できてえらいな。俺が一五歳の時ってこんなに上手におしゃべりできたっけ?
ますます、本気でこの子が秘書に欲しくなった。
「ハレアザート様、どうか、お許しください!」
イユリちゃんが隣に座るギルドマスターさんに深々と頭を下げるけど、ギルドマスターさんは笑顔で頭を撫でるだけだった。
「イユリの人生なのだから、ペット契約後のことを私に決める権利はないし、許可もいらないだろう? 好きにしなさい」
「ハレアザート様……!」
「しかし、私に決める権利はないが……」
ギルドマスターさんは穏やかな笑顔を俺、そして魔王さんに向ける。
「もし、私に向かって『イユリをくれ』なんて言ったら、反対していましたけどね。イユリは私のペットではありますが、私の物ではありませんから。そこをわかって、イユリという一人の人間を尊重してくれているようなので……親代わりとしては安心して送り出せます」
……あ。
そっか。
俺、勝手にギルドマスターさんは「イユリが魔王様のところに行けば勉強になるし商売上のつながりも強くなるからぜひ」くらいの気持ちかと思った。
この人……本当に、ちゃんとイユリちゃんたちの飼い主で、親代わりなんだ。
「そうと決まれば成人までの数ヵ月で、魔王の国の歴史や文化も勉強しないと。イユリ、明日から家庭教師の時間を増やそうな?」
「は、はい! ありがとうございます!」
思った以上にギルドマスターさんの方はいい結果になった。
問題は……
ソファから少し距離をとった両横にはミチュチュちゃんとギルドマスターさんの護衛の魔族さん、人間関連の役所の責任者であるエンラキさん、ローズウェルさん、ファイさん、騎士団長さんが神妙な顔で立っている。
大事な話があるからと魔王さんがこの場を設けてくれたんだけど……どう切り出すか悩ましいよね。
イユリちゃんが「魔王さんのペットになりたいと希望した」っていうのはいろいろとややこしくなりそうだから、シンプルに……
「昨日、イユリちゃんに『憧れのライト様みたいになりたいので、勉強のためにもお城で働かせてください』って言われちゃった! すっごく嬉しいし、俺、人間の秘書が欲しかったからちょうどいいなって思うんだけど、どうかな?」
いろいろ端折っただけで嘘ではないよね。
「……なっ!?」
「人間が村以外で働く!?」
周囲の魔族さんたちから押し殺した驚きの声が漏れるけど、目の前のギルドマスターさんは、さすが大きな組織の敏腕商売人だけあって、にこにこと笑顔のままだ。
この腹の内が探れない感じ、悔しいけど勝てないな。絶対に敵には回したくない人だ。
「あの、しかし、城の雇用規定では……魔力値など、様々な条件が……」
しばらくの沈黙の後、ファイさんが戸惑いながら声を出してくれる。
そうだよね。こういう声は絶対に出てくる。昨日、魔王さんが指摘してくれていて……魔王さんが部下の気持ちがわかる素敵な王様でよかった。
「うん。魔王さんにも相談したけど、お城の採用試験とかに魔力とか魔法とか必要なんだよね? 決まりだから『人間だからといって特別扱いはできない』って魔王さんにもキッパリ言われちゃった。確かにそうだよね。お城で働いているみんなはその試験を受けて、しっかり合格してここにいるんだから」
俺の言葉にお城勤めのみんなは少しほっとしたのがわかる。
でも、たぶん次の言葉でびっくりさせちゃうな……
「だから、イユリちゃんはお城で雇うんじゃなくて、俺が直接、個人的に秘書として雇いたい!」
「は?」
「へ?」
「……え?」
「なっ……!?」
ほら。みんなびっくりして公の場とは思えない声を上げる。
ギルドマスターさんはにこやかな笑顔のままだけど。
「魔王さんは、秘書が欲しいなら新しく魔族の秘書を雇うって言ってくれたんだけど、魔族さんが優秀なのはお城のみんなを見ているとわかるんだけど……ちょっとやりたいことがあって、どうしても、『人間』の手伝ってくれる人が欲しかったんだ。わがままいってごめんね?」
一番一緒にいることが多いローズウェルさんだけは、俺の言葉になんとなく思うところがあったのか納得した様子だけど、他の人はまだ戸惑った表情が続く。
わかってはいたけど、人間のペットがこんなこと言い出すのは、考えてもみないおかしなことなんだな……なんとも言えない落ち着かない空気の中、ずっと優しい視線で俺を見守ってくれていた魔王さんが口を開いた。
「俺は、ライトの希望を叶えてやりたい」
……あぁ、すごいな。
やっぱり魔王さんって王様なんだ。
俺と二人きりの時とは違う、低いけどよく通る落ち着いた声のたった一言で、場の空気が引き締まった。
「前例のないこととは理解しているが、ライトは城の皆の負担を軽くするためだとも言ってくれた。ライトの一層の活躍のためであり、おそらく我が国の発展にもつながることだろう。皆には受け入れてほしい。そして……イユリ様のようにやる気のある『働きたい』という人間はなかなかいない。ぜひ来ていただきたい」
俺の言葉に驚いていたお城の魔族さんは、たったこれだけで「魔王様がそうおっしゃるなら」と、特に異論はないようだった。魔王さん、部下に信頼されているなぁ。
そして、イユリちゃん本人も、全員からの視線が向いたところで、魔族の中に入るととても小さな体を精一杯背筋を伸ばして声を上げた。
「ハレアザート様のおかげで勉強して世界を知れたからこそ、より広い世界を見てみたいんです! あえて外からの方がご恩返しできることもあると思いますし……どうか、ライト様のもとで働かせてください! 必ずご恩返しします! そして、必ずライト様の……そして、魔王様のお城のお役に立ちます!」
俺、特にアドバイスしてないよ? きちんと自分の言葉で説明できてえらいな。俺が一五歳の時ってこんなに上手におしゃべりできたっけ?
ますます、本気でこの子が秘書に欲しくなった。
「ハレアザート様、どうか、お許しください!」
イユリちゃんが隣に座るギルドマスターさんに深々と頭を下げるけど、ギルドマスターさんは笑顔で頭を撫でるだけだった。
「イユリの人生なのだから、ペット契約後のことを私に決める権利はないし、許可もいらないだろう? 好きにしなさい」
「ハレアザート様……!」
「しかし、私に決める権利はないが……」
ギルドマスターさんは穏やかな笑顔を俺、そして魔王さんに向ける。
「もし、私に向かって『イユリをくれ』なんて言ったら、反対していましたけどね。イユリは私のペットではありますが、私の物ではありませんから。そこをわかって、イユリという一人の人間を尊重してくれているようなので……親代わりとしては安心して送り出せます」
……あ。
そっか。
俺、勝手にギルドマスターさんは「イユリが魔王様のところに行けば勉強になるし商売上のつながりも強くなるからぜひ」くらいの気持ちかと思った。
この人……本当に、ちゃんとイユリちゃんたちの飼い主で、親代わりなんだ。
「そうと決まれば成人までの数ヵ月で、魔王の国の歴史や文化も勉強しないと。イユリ、明日から家庭教師の時間を増やそうな?」
「は、はい! ありがとうございます!」
思った以上にギルドマスターさんの方はいい結果になった。
問題は……
414
お気に入りに追加
3,577
あなたにおすすめの小説
悪役令息物語~呪われた悪役令息は、追放先でスパダリたちに愛欲を注がれる~
トモモト ヨシユキ
BL
魔法を使い魔力が少なくなると発情しちゃう呪いをかけられた僕は、聖者を誘惑した罪で婚約破棄されたうえ辺境へ追放される。
しかし、もと婚約者である王女の企みによって山賊に襲われる。
貞操の危機を救ってくれたのは、若き辺境伯だった。
虚弱体質の呪われた深窓の令息をめぐり対立する聖者と辺境伯。
そこに呪いをかけた邪神も加わり恋の鞘当てが繰り広げられる?
エブリスタにも掲載しています。
とある金持ち学園に通う脇役の日常~フラグより飯をくれ~
無月陸兎
BL
山奥にある全寮制男子校、桜白峰学園。食べ物目当てで入学した主人公は、学園の権力者『REGAL4』の一人、一条貴春の不興を買い、学園中からハブられることに。美味しい食事さえ楽しめれば問題ないと気にせず過ごしてたが、転入生の扇谷時雨がやってきたことで、彼の日常は波乱に満ちたものとなる──。
自分の親友となった時雨が学園の人気者たちに迫られるのを横目で見つつ、主人公は巻き込まれて恋人のフリをしたり、ゆるく立ちそうな恋愛フラグを避けようと奮闘する物語です。
願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい
戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。
人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください!
チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
愛され末っ子
西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。
リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。
(お知らせは本編で行います。)
********
上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます!
上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、
上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。
上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的
上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン
上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。
てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。
(特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。
琉架の従者
遼(はる)琉架の10歳上
理斗の従者
蘭(らん)理斗の10歳上
その他の従者は後々出します。
虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。
前半、BL要素少なめです。
この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。
できないな、と悟ったらこの文は消します。
※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。
皆様にとって最高の作品になりますように。
※作者の近況状況欄は要チェックです!
西条ネア
悪役の俺だけど性的な目で見られています…(震)
彩ノ華
BL
悪役に転生した主人公が周りから性的な(エロい)目で見られる話
*ゆるゆる更新
*素人作品
*頭空っぽにして楽しんでください
⚠︎︎エロにもちょいエロでも→*をつけます!
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる