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幕間の小話
冬の日 / ローズウェル編2
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こ、このご機嫌な声、え? やはり、え?
「………だめ……たりない」
!?
ライト様の声は色っぽくて……
「……か……わ……かっわいい……!」
魔王様の声は明らかに昂っていて、唇が触れ合うリップ音や布ずれの音もして……これは……こ、これは、あぁ、そうか。
そういう「温まる」か!
この可能性を失念していた! しまった!
「……!」
駆けだしそうになるのを必死で我慢して、音と気配を無我夢中で殺して、なんとか廊下に出た。
「……」
「……?」
廊下に出てすぐ、そっとドアを閉め、足音を殺したまま速足で廊下を進みだした私に、ウオルタは心配そうにしながらも同じようについて来てくれた。優しい。気が利く。ありがたい。
しかし……あぁ! しまった! 普段は気を付けているのに! こういうことは察して差し上げなければいけないのに!
執事失格だし……それに……温まるために「あぁいうこと」をするという発想は……。
あれは……。
つい、ライト様たちの声を聴いているのに、ウオルタの顔が浮かんでしまった。
申し訳ない反面……羨ましくて。
「……」
チラっと隣を歩くウオルタの顔を観る。
無言のまま廊下を進み、階段も駆け下りていく私を、ウオルタはただただ心配そうに見守ってくれていた。
今、口を開くと余計なことを言ってしまいそうなのだが……さすがに何か言わなければ。
「……ふぅーー……すみません」
大きく深呼吸をして、少しでも気持ちを整え、階段で一つ下の階に降りたところでやっと口を開くと、ウオルタはやはり心配そうに顔を覗き込んでくれた。
「どうした? 魔法石も渡していないようだが?」
「それは……えっと、魔王様がライト様を温めて差し上げていたので、不要で……」
「魔王様が? おぉ! なんとお優しいんだ!」
「え、えぇ。とても、お優しいなと……」
「……ローズウェル?」
階段を更に降りながら、つい返事がぎこちなくなってしまう私を、ウオルタが更に心配そうに見つめている。
優しいウオルタのことだ、正直に話せば私の失敗を慰めてくれて、そして……疲れていても私のしたいことに付き合ってくれるだろう。でも、特に疲れた平日にそれは申し訳ない。
「いえ、なんでもない、です……」
「なんでもなくは、ないだろう?」
ウオルタが足を止めたので、二つ下の段で私も足を止め、振り返ると……ウオルタがなぜか口元を押さえていた。
「そんな……かわいい顔をして、なんでもないなんてことは……ないだろう?」
「え!?」
かわいい!?
挙動不審の自覚はあるが、かわいい?
そんな……
そんな…………
そこまで顔に出てしまっていたのか。
「何を見たのかは聞かないが……そんな顔をされると、もう深夜なのに……ローズウェルの負担になりたくないのに……」
「ウオルタ……?」
口元を抑えたまま、ウオルタは私から視線を外す。
踊り場にしか灯りの無い階段だが……薄暗くても解るほど、ウオルタの顔が赤くなっていた。
「いや、忘れてくれ」
あぁ、本当に優しい。
そして、愛されているな……。
だったら……いいか。
「ウオルタ、ごめんなさい」
「いや、俺の自制心が弱いせいだ。情けないところを見せた」
「いえ、違うんです」
「違う?」
「この、ごめんなさいは……その……」
どう伝えるか……一瞬迷ってから、少し言い訳じみた言葉を選んでしまった。
「魔法石も魔力も節約したいので……その、今夜は……えっと、一緒に……ね、寝ませんか? ウオルタも、お疲れのところ申し訳ないのですが」
「な、あ……!?」
節約なんて色気のない言い回しなのに、ウオルタはやはり口元を抑えたまま思い切り驚いた顔をして……すぐに笑顔になって勢いよく頷いてくれた。
「あ、あぁ! あぁ、そうだな、そうしよう! では、早く帰らないとな!」
ウオルタが嬉しそうにまた階段を降りはじめ、私もそれに並ぶ。
こんな可愛くない言葉でも喜んでくれることは、安心でもあり、申し訳なくもある。
きっとライト様なら、お可愛らしく「寒い日って心細くなっちゃう。大好きな魔王さんにくっついたら安心できるんだけどな?」とか「魔法石よりも魔王さんの熱の方が俺、昂っちゃう」なんて素直に上手におっしゃるのだろう。私だって思ってはいるが……まだ恋人初心者の私には上手く口に出せなかった。
節約のためなんて色気が無いし、恋人のために顔に出すべきではなかったし、執事としても良くなかった。
はぁ、なかなか上手くいかないな。
ウオルタをもっと喜ばせてやりたいのに。
どうすれば可愛らしく恋人らしくできるのだろう。
「はぁ……わっ!?」
反省しながらも階段を降り切って中庭に面した渡り廊下に出ると、屋内よりも格段に寒さを感じて思わず足を止める。
「通勤で寒さに慣れているつもりだが……深夜だからか? 寒いな……」
ウオルタがあまり行儀は良くないがコートのポケットに手を突っ込む。
騎士にはふさわしくないが……もう勤務時間外だ。良いだろう。
「えぇ、本当に。たった三歩で指先が限界です」
私もコートのポケットに手を入れる。
片方は自分のポケット、もう片方は、ウオルタが先に入れた手で引っ張って隙間を作って待っていてくれる、ウオルタのコートのポケットに。
「早く帰ろう。……足元には気を付けながら」
「えぇ。三年前みたいに、転んだ私をかばって、ウオルタが濡れた地面で服を汚さないように」
「あぁ、一〇年前のように、滑った俺に引っ張られてローズウェルまで擦り傷を作らないように」
二人して神妙な顔で頷きながら顔を見合わせ……同時に肩を竦めながら笑った。
「気持ちは焦るが、慎重に行こう」
「えぇ。早く帰りたいですが……そうですね、慎重に」
私もウオルタも同じくらい冷たいはずなのに、ポケットの中で触れあう手は妙に温かく感じる。
この温かさに救われているうちに、早く家に帰ろう。
そして……
「……」
「……」
この後のことを考えると、少し体温が上がるような気がするなと思いつつ、二人で城を後にした。
寒くて、そして少し浮かれていて……廊下の奥にいた騎士と執事に見られていることには、全く気が付いていなかった。
「……あ、冬の風物詩だ。今年は初めて見るな」
「僕は今年、五回目くらいか。執事長と退勤がよく重なるから」
「三〇年ほど前は俺も騎士団長と退勤が重なることが多かったからよく見かけたんだけどな。それにしても、もう三〇〇年ほどか。いつまでたってもラブラブで、城のみんなの理想と癒しの尊いカップルだな」
「そうだな。こちらまで心が温かくなる。寒い日には特に効くなぁ」
優しい笑顔で見つめられながら、こんなことを言われていることにも。
自分たちが充分に恋人同士らしいことにも。
そして、翌日の魔王様のご様子で、自分の「勘違い」に気付くことにも。
この時は全く気が付いていなかった。
「………だめ……たりない」
!?
ライト様の声は色っぽくて……
「……か……わ……かっわいい……!」
魔王様の声は明らかに昂っていて、唇が触れ合うリップ音や布ずれの音もして……これは……こ、これは、あぁ、そうか。
そういう「温まる」か!
この可能性を失念していた! しまった!
「……!」
駆けだしそうになるのを必死で我慢して、音と気配を無我夢中で殺して、なんとか廊下に出た。
「……」
「……?」
廊下に出てすぐ、そっとドアを閉め、足音を殺したまま速足で廊下を進みだした私に、ウオルタは心配そうにしながらも同じようについて来てくれた。優しい。気が利く。ありがたい。
しかし……あぁ! しまった! 普段は気を付けているのに! こういうことは察して差し上げなければいけないのに!
執事失格だし……それに……温まるために「あぁいうこと」をするという発想は……。
あれは……。
つい、ライト様たちの声を聴いているのに、ウオルタの顔が浮かんでしまった。
申し訳ない反面……羨ましくて。
「……」
チラっと隣を歩くウオルタの顔を観る。
無言のまま廊下を進み、階段も駆け下りていく私を、ウオルタはただただ心配そうに見守ってくれていた。
今、口を開くと余計なことを言ってしまいそうなのだが……さすがに何か言わなければ。
「……ふぅーー……すみません」
大きく深呼吸をして、少しでも気持ちを整え、階段で一つ下の階に降りたところでやっと口を開くと、ウオルタはやはり心配そうに顔を覗き込んでくれた。
「どうした? 魔法石も渡していないようだが?」
「それは……えっと、魔王様がライト様を温めて差し上げていたので、不要で……」
「魔王様が? おぉ! なんとお優しいんだ!」
「え、えぇ。とても、お優しいなと……」
「……ローズウェル?」
階段を更に降りながら、つい返事がぎこちなくなってしまう私を、ウオルタが更に心配そうに見つめている。
優しいウオルタのことだ、正直に話せば私の失敗を慰めてくれて、そして……疲れていても私のしたいことに付き合ってくれるだろう。でも、特に疲れた平日にそれは申し訳ない。
「いえ、なんでもない、です……」
「なんでもなくは、ないだろう?」
ウオルタが足を止めたので、二つ下の段で私も足を止め、振り返ると……ウオルタがなぜか口元を押さえていた。
「そんな……かわいい顔をして、なんでもないなんてことは……ないだろう?」
「え!?」
かわいい!?
挙動不審の自覚はあるが、かわいい?
そんな……
そんな…………
そこまで顔に出てしまっていたのか。
「何を見たのかは聞かないが……そんな顔をされると、もう深夜なのに……ローズウェルの負担になりたくないのに……」
「ウオルタ……?」
口元を抑えたまま、ウオルタは私から視線を外す。
踊り場にしか灯りの無い階段だが……薄暗くても解るほど、ウオルタの顔が赤くなっていた。
「いや、忘れてくれ」
あぁ、本当に優しい。
そして、愛されているな……。
だったら……いいか。
「ウオルタ、ごめんなさい」
「いや、俺の自制心が弱いせいだ。情けないところを見せた」
「いえ、違うんです」
「違う?」
「この、ごめんなさいは……その……」
どう伝えるか……一瞬迷ってから、少し言い訳じみた言葉を選んでしまった。
「魔法石も魔力も節約したいので……その、今夜は……えっと、一緒に……ね、寝ませんか? ウオルタも、お疲れのところ申し訳ないのですが」
「な、あ……!?」
節約なんて色気のない言い回しなのに、ウオルタはやはり口元を抑えたまま思い切り驚いた顔をして……すぐに笑顔になって勢いよく頷いてくれた。
「あ、あぁ! あぁ、そうだな、そうしよう! では、早く帰らないとな!」
ウオルタが嬉しそうにまた階段を降りはじめ、私もそれに並ぶ。
こんな可愛くない言葉でも喜んでくれることは、安心でもあり、申し訳なくもある。
きっとライト様なら、お可愛らしく「寒い日って心細くなっちゃう。大好きな魔王さんにくっついたら安心できるんだけどな?」とか「魔法石よりも魔王さんの熱の方が俺、昂っちゃう」なんて素直に上手におっしゃるのだろう。私だって思ってはいるが……まだ恋人初心者の私には上手く口に出せなかった。
節約のためなんて色気が無いし、恋人のために顔に出すべきではなかったし、執事としても良くなかった。
はぁ、なかなか上手くいかないな。
ウオルタをもっと喜ばせてやりたいのに。
どうすれば可愛らしく恋人らしくできるのだろう。
「はぁ……わっ!?」
反省しながらも階段を降り切って中庭に面した渡り廊下に出ると、屋内よりも格段に寒さを感じて思わず足を止める。
「通勤で寒さに慣れているつもりだが……深夜だからか? 寒いな……」
ウオルタがあまり行儀は良くないがコートのポケットに手を突っ込む。
騎士にはふさわしくないが……もう勤務時間外だ。良いだろう。
「えぇ、本当に。たった三歩で指先が限界です」
私もコートのポケットに手を入れる。
片方は自分のポケット、もう片方は、ウオルタが先に入れた手で引っ張って隙間を作って待っていてくれる、ウオルタのコートのポケットに。
「早く帰ろう。……足元には気を付けながら」
「えぇ。三年前みたいに、転んだ私をかばって、ウオルタが濡れた地面で服を汚さないように」
「あぁ、一〇年前のように、滑った俺に引っ張られてローズウェルまで擦り傷を作らないように」
二人して神妙な顔で頷きながら顔を見合わせ……同時に肩を竦めながら笑った。
「気持ちは焦るが、慎重に行こう」
「えぇ。早く帰りたいですが……そうですね、慎重に」
私もウオルタも同じくらい冷たいはずなのに、ポケットの中で触れあう手は妙に温かく感じる。
この温かさに救われているうちに、早く家に帰ろう。
そして……
「……」
「……」
この後のことを考えると、少し体温が上がるような気がするなと思いつつ、二人で城を後にした。
寒くて、そして少し浮かれていて……廊下の奥にいた騎士と執事に見られていることには、全く気が付いていなかった。
「……あ、冬の風物詩だ。今年は初めて見るな」
「僕は今年、五回目くらいか。執事長と退勤がよく重なるから」
「三〇年ほど前は俺も騎士団長と退勤が重なることが多かったからよく見かけたんだけどな。それにしても、もう三〇〇年ほどか。いつまでたってもラブラブで、城のみんなの理想と癒しの尊いカップルだな」
「そうだな。こちらまで心が温かくなる。寒い日には特に効くなぁ」
優しい笑顔で見つめられながら、こんなことを言われていることにも。
自分たちが充分に恋人同士らしいことにも。
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