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番外編1 ●●が怖い執事長の話
一番様
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今から三五〇年ほど前。まだ先代の魔王様がこの国を治めていらっしゃったころ。
平民の出ながら学業が得意で、上級学校に入学、卒業、更に城の採用試験にも合格した私は特に大きな問題もなく執事見習い、執事と仕事に邁進していた。
顔がかわいいせいで多少のトラブルややりづらさは感じていたが、仕事に支障が出るほどではなかった。
このまま歳を取って、仕事がもっともっとできるようになって、立場が上がれば、より生きやすくなるだろうと思いながら、日々、仕事に取り組んでいた。
◆
私の主な業務は、一番目に見つかった次期魔王候補である「一番様」のお世話だった。
当時の一番様は、すでに三五〇歳を超えていて、先代の魔王様の補佐として政治関連や結界魔法関連の仕事をこなしながら、次期魔王候補としての勉強もしているという、なかなかお忙しい状況だったので、お世話はとてもやりがいがあった。
「一番様、本日は午前は座学、午後は全村長会議に向けた議題の確認と、昨日二番様と出席された三国会議の結果を受けた国内での対応会議を魔王様、二番様、宰相と。時間があけば来週の経済学試験のお勉強を進めて頂ければと思います」
一番様の部屋に朝食を運びながら今日の予定を確認すると、仕事着の上着を羽織りながら一番様がソファに腰掛けた。
後ろを刈り上げた短めの黒髪から生える立派な黒い竜角はきちんと磨かれているが、折角男らしく精悍なお顔は大きなあくびで歪んでいる。
「体を動かす予定が一つも無しか? しかも城以外の者とも会わないし……苦手な経済学の自習か……できる気がしない」
魔族の中でもかなり大柄で、二番様や騎士を含む誰よりも背が高く、厚みのある筋肉質な体の方だ。
じっと座っているお仕事よりも、武術の稽古や魔術を用いた結界関連などのお仕事の方が得意であることは、自他ともに認めている。
だが、苦手な書類仕事や会議でも、取り掛かれば誰よりも一生懸命頑張る方だ。
苦手なことなのに頑張るから、とてもお疲れになるのだが。
「なぁ、ローズウェル……」
「……はい?」
一番様が手招きをするのでソファに近づくと、顔を覗き込みながら小声で囁かれた。
「頑張ったら、ご褒美くれるか?」
一番様の手が私の肩にかかり、引き寄せられたと思うと、唇が耳元に近づいた。
「エッチなやつ」
含みのある声音でそれだけ伝えると、すぐに一番様の顔も手も私から離れていった。
「はぁ……仕方ないですね」
「やった! ローズウェルは話が通じるなぁ」
これで一番様がやる気になるのなら安い物だ。
それに、前回の「エッチなご褒美」から一週間は経つ。そろそろだろう。
そう。一番様の求めるご褒美と言うのは性行為のことで、相手は……
「俺好みのぷにっとした子、よろしくな?」
「承知しております。前回と同じ店に頼みます」
もちろん私ではない。いくら献身的な執事でもそこまでは業務に入らない。
それに、一番様は豊満な体がお好きなようで、私に対しても「ローズウェルって顔はかわいいけどガリガリだからなぁ。あと二〇キロ肉がついていたら口説いてた」と冗談なのか本気なのか解らないことをおっしゃる。
正直、気楽でいい。
「あの店、全員レベル高いからなぁ。楽しみだ」
店と言うのは所謂、高級男娼人間の出張サービス。
黒髪魔族は女性を抱いてはいけないし、家族をもてないので、性欲はこう言ったサービスか性処理用のペットをもつことで発散して頂く。
一番様は「色々な子と楽しみたい!」という方なので外部サービスを利用しているが、二番様はどうだろうか。
まだ性的なことをお求めにならないが、二番様は食べ物でも着る物でも、好みのものを見つけると長く使われる方なので、気に入るペットを一人置いても良いかもしれないなとは思っている。
まぁ、それは二番様に声をかけられてからか。
「あ、そうそう。来週の視察、もう少し国境側まで足を伸ばせるか? 南の保養所のあたりまで」
「保養所、ですか?」
「あぁ。二番が温泉に入ったことが無いと言うし……海に近いから海鮮が食べられるし、今年の酒の具合も見たいし」
まるで遊びの提案のようだが……
「承知致しました。スケジュールを調整します。それと……」
あの辺りは、昨年洪水で大きな被害を受けた地域だ。
南の保養所、市場、造り酒屋……どれも復興と観光客を取り戻すことに苦心している場所だと聞いている。
「同行の新聞社にも伝えておきます」
おそらく、自分が視察で楽しんでいる姿を見せることで、国民にアピールしようというお考えだろう。
「ローズウェルは話が早くていいなぁ」
私が手帳に書き留めている間に、一番様は笑顔で大きな口を開けて、城の誰よりも量の多い朝食を美味しそうにどんどん頬張っていく。
少し不真面目なところもあるものの、よく遊び、よく学び、広い視野を持ち、民の暮らしや気持ちにも寄り添える素晴らしい方だ。
真面目で繊細で能力の高い二番様もとても立派な方なので、どちらが王になっても良い点がある。
そして、どちらが王になっても、もうおひと方がサポートしてより良い国づくりができる。
それに、黒髪が二人いれば一人にかかる負担が少なくなるので、お二人に長く健やかにお勤めいただけるはずだ。国民にとっても安心だな。
自分の未来も、仕える主人の未来も、国の未来も明るい。
そう思っていた数年後。
戦争が始まった。
平民の出ながら学業が得意で、上級学校に入学、卒業、更に城の採用試験にも合格した私は特に大きな問題もなく執事見習い、執事と仕事に邁進していた。
顔がかわいいせいで多少のトラブルややりづらさは感じていたが、仕事に支障が出るほどではなかった。
このまま歳を取って、仕事がもっともっとできるようになって、立場が上がれば、より生きやすくなるだろうと思いながら、日々、仕事に取り組んでいた。
◆
私の主な業務は、一番目に見つかった次期魔王候補である「一番様」のお世話だった。
当時の一番様は、すでに三五〇歳を超えていて、先代の魔王様の補佐として政治関連や結界魔法関連の仕事をこなしながら、次期魔王候補としての勉強もしているという、なかなかお忙しい状況だったので、お世話はとてもやりがいがあった。
「一番様、本日は午前は座学、午後は全村長会議に向けた議題の確認と、昨日二番様と出席された三国会議の結果を受けた国内での対応会議を魔王様、二番様、宰相と。時間があけば来週の経済学試験のお勉強を進めて頂ければと思います」
一番様の部屋に朝食を運びながら今日の予定を確認すると、仕事着の上着を羽織りながら一番様がソファに腰掛けた。
後ろを刈り上げた短めの黒髪から生える立派な黒い竜角はきちんと磨かれているが、折角男らしく精悍なお顔は大きなあくびで歪んでいる。
「体を動かす予定が一つも無しか? しかも城以外の者とも会わないし……苦手な経済学の自習か……できる気がしない」
魔族の中でもかなり大柄で、二番様や騎士を含む誰よりも背が高く、厚みのある筋肉質な体の方だ。
じっと座っているお仕事よりも、武術の稽古や魔術を用いた結界関連などのお仕事の方が得意であることは、自他ともに認めている。
だが、苦手な書類仕事や会議でも、取り掛かれば誰よりも一生懸命頑張る方だ。
苦手なことなのに頑張るから、とてもお疲れになるのだが。
「なぁ、ローズウェル……」
「……はい?」
一番様が手招きをするのでソファに近づくと、顔を覗き込みながら小声で囁かれた。
「頑張ったら、ご褒美くれるか?」
一番様の手が私の肩にかかり、引き寄せられたと思うと、唇が耳元に近づいた。
「エッチなやつ」
含みのある声音でそれだけ伝えると、すぐに一番様の顔も手も私から離れていった。
「はぁ……仕方ないですね」
「やった! ローズウェルは話が通じるなぁ」
これで一番様がやる気になるのなら安い物だ。
それに、前回の「エッチなご褒美」から一週間は経つ。そろそろだろう。
そう。一番様の求めるご褒美と言うのは性行為のことで、相手は……
「俺好みのぷにっとした子、よろしくな?」
「承知しております。前回と同じ店に頼みます」
もちろん私ではない。いくら献身的な執事でもそこまでは業務に入らない。
それに、一番様は豊満な体がお好きなようで、私に対しても「ローズウェルって顔はかわいいけどガリガリだからなぁ。あと二〇キロ肉がついていたら口説いてた」と冗談なのか本気なのか解らないことをおっしゃる。
正直、気楽でいい。
「あの店、全員レベル高いからなぁ。楽しみだ」
店と言うのは所謂、高級男娼人間の出張サービス。
黒髪魔族は女性を抱いてはいけないし、家族をもてないので、性欲はこう言ったサービスか性処理用のペットをもつことで発散して頂く。
一番様は「色々な子と楽しみたい!」という方なので外部サービスを利用しているが、二番様はどうだろうか。
まだ性的なことをお求めにならないが、二番様は食べ物でも着る物でも、好みのものを見つけると長く使われる方なので、気に入るペットを一人置いても良いかもしれないなとは思っている。
まぁ、それは二番様に声をかけられてからか。
「あ、そうそう。来週の視察、もう少し国境側まで足を伸ばせるか? 南の保養所のあたりまで」
「保養所、ですか?」
「あぁ。二番が温泉に入ったことが無いと言うし……海に近いから海鮮が食べられるし、今年の酒の具合も見たいし」
まるで遊びの提案のようだが……
「承知致しました。スケジュールを調整します。それと……」
あの辺りは、昨年洪水で大きな被害を受けた地域だ。
南の保養所、市場、造り酒屋……どれも復興と観光客を取り戻すことに苦心している場所だと聞いている。
「同行の新聞社にも伝えておきます」
おそらく、自分が視察で楽しんでいる姿を見せることで、国民にアピールしようというお考えだろう。
「ローズウェルは話が早くていいなぁ」
私が手帳に書き留めている間に、一番様は笑顔で大きな口を開けて、城の誰よりも量の多い朝食を美味しそうにどんどん頬張っていく。
少し不真面目なところもあるものの、よく遊び、よく学び、広い視野を持ち、民の暮らしや気持ちにも寄り添える素晴らしい方だ。
真面目で繊細で能力の高い二番様もとても立派な方なので、どちらが王になっても良い点がある。
そして、どちらが王になっても、もうおひと方がサポートしてより良い国づくりができる。
それに、黒髪が二人いれば一人にかかる負担が少なくなるので、お二人に長く健やかにお勤めいただけるはずだ。国民にとっても安心だな。
自分の未来も、仕える主人の未来も、国の未来も明るい。
そう思っていた数年後。
戦争が始まった。
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