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本編3/ 「成長」の話
風俗店長と恋人【11】
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元々住んでいた街に帰ってきて一〇日。
本格的な店の引継ぎと大幅改装・リニューアルが始まった。
私が在籍していた頃の店をそのまま引き継いでも良かったんだけど、ボーイ時代の経験を生かして、よりサービスしやすい店舗にしたかったし、この一年で勉強したことを生かして店のコンセプトや雰囲気もより魅力的にしたかった。
「ミマがこんなにやる気だすとは思わなかったなぁ。お前に引き継いだの正解だったな」
私に店を任せてくれた先代のゴリマッチョな店長も応援してくれたし、資金面もオーナーに口をきいてくれたんだけど……。
この店は元々とある「組」の息がかかった店なので、資金もそこに頼みに行くことになってしまった。
……ヤクザに借金とか大丈夫?
銀行に借りちゃだめなの?
最終手段としてはフミハルさんに……いや、対等な関係だからそれはしたくないけど、でも、ヤクザに借りるくらいなら……。
そんなことを考えながら先代店長に連れられて「組」の事務所に行くと、以前から店で顔を見ていた眼光の鋭い若頭の部屋に通された。
「あんたが新しい店長か。話は聞いてる。事業計画書まで作るなんてなぁ……」
眼光も鋭いけど声も怖い。
革張りの高そうなソファで目の前に香りのいいコーヒーも出されたけど、緊張で笑顔を張り付けるのでやっとだった。
「タカさん、こいつボーイ時代も努力家で良い客もたくさんいたんで。きっと上手くやりますよ」
「あぁ、そういえば長い間売り上げトップだったな。三十五過ぎてあれだけ稼いだ奴も他にいないんじゃないか? 指名数が減ってもオプションがきちんとついて固定客がいたんだから色々上手いんだろう。営業手腕には期待している」
……あら? この若頭さん、意外と店のことちゃんと見てるのね。
ヤクザなんて店からお金を巻き上げるだけと思っていたけど。
「まぁ、この計画は客よりもボーイに甘い気もするが……無理して荒稼ぎするより、働きやすい店の方が長い目で見ればシノギも上がるだろう……おい、金庫開けろ」
「はい!」
若頭さんの後ろでまだ二十歳そこそこのヤクザにしては可愛い感じの舎弟の男の子が慣れない手つきで金庫の重い扉を開ける。
「十、な」
「は、はい!」
舎弟の男の子がやはり慣れない手つきで木のお盆に札束を十束乗せてテーブルに置いた。
……多分百万円の束が十……一千万?
「ここまでは出してやる。不足があれば下の階で借りていけ。利息は銀行でいい」
……? これ、くれるの?
えっと、下の階はたしかお金を貸してくれる街金なのか闇金なのかだけど、利息はトイチじゃないの? 銀行って銀行レベルの利息?
「ありがとうございます! 月の顧問料は?」
私が混乱している間に、先代の店長が話を進めてくれる。
「リニューアル期間は勘弁してやる。その代わり一ヶ月でやれ。そこから一年は今までと同率。二年目に一度相談だな。店の権利書は弁護士先生に預けてあるからあっちと話してくれ」
「解りました」
「期待してるからな、ミマ店長」
「は、はい。がんばります!」
私たちが話している間に舎弟の男の子が札束を詰めてくれた小さめのボストンバッグを受け取ってこの日は事務所を後にした。
「て、店長!? このお金って……!?」
「あぁ、あの店のオーナーはタカさんってことになってるからなぁ。オーナーが店の投資で資金を出してくれたってことだ。もらっておけ。改装費が六百万、新しい求人とオープン告知で各種風俗情報サイトに広告出すのに一五〇万……新しい名刺に看板にホームページ……こまごまといるものも多いから妥当な金額だな」
「返さなくていいってこと?」
「おう。五年前に水回り大改装しただろ? あれも全部タカさんが出してくれたからな」
「そう……」
「ミカジメ……じゃなかった『顧問料』は高いけど、それだけの価値があるから。普通にオーナーと思って困ったときは気軽にタカさんを頼れよ」
「えぇ、解ったわ」
自分では二〇年近く風俗ボーイの第一線で働いて、ちょっとアンダーグラウンドな場所で遊んで、酸いも甘いも噛み分ける大人のつもりでいたけど、こんなことで戸惑うなんてまだまだね。
もっと度胸を付けて、常に堂々と上手に渡り歩く店長にならないと……。
新しい恋人との甘い生活で緩み切った表情と精神に気合を入れるために大きく深呼吸をして、実際の重さよりも重く感じるボストンバッグを抱えなおした。
◆
オーナーの許可が出て、資金も調達して、ここからが忙しかった。
一ヶ月後のリニューアルオープンに向けて、改装業者とやりとりして、先代の店長が専念する他の店に付いていくスタッフも多いから求人をかけて、面接して、事務関係や経理関係に名刺や看板のデザイン、ホームページのリニューアル……一年の修行でだいたいのことは「解る」けど、たった一ヶ月でこれは、できるけど……できるんだけど、きつかった。
折角同棲を始めた家に帰るのも毎日深夜で、家に帰るとフミハルさんはベッドの中。
朝は同じ時間に起きることも多かったけど、だいたい私は急いでいて、一緒にコーヒーを飲んでキスをするくらいしかできなかった。
「ごめんなさい。リニューアルが済んだら落ち着くから……」
こんな生活じゃあ一緒にいる意味がない。
すれ違いが続いて一週間くらいたった朝に、玄関で私を見送ってくれるフミハルさんに頭を下げると、フミハルさんは不思議そうに首を傾げた後、優しい笑顔で私の頭を撫でてくれた。
「頑張ってる姿を一番近くで感じられて嬉しいよ。それに、一緒に住んでいなかったら朝の短い時間すらも会えないし……」
二人きりなのに、まるで内緒話をするようにフミハルさんの唇が耳元に近づいた。
「夜中に目が覚めた時に隣で眠るトキくんのお尻をこっそり撫でることもできないからね」
「っ……!? フミハルさん、そんなことしてたの!?」
身体を離すと、フミハルさんは全く悪びれていない余裕たっぷりの笑顔で更に付け足す。
「それに、一ヶ月くらい我慢したほうがセックスも燃えるしね」
「っ……もう……」
「健康にだけは気を付けて。行ってらっしゃい」
かなわない。
素敵な彼氏過ぎる。
「リニューアルが終わったらたっぷり可愛がってあげる」
「楽しみにしてるよ」
フミハルさんはそう言ってくれるけど……きっと私の方が楽しみに思っている気がした。
本格的な店の引継ぎと大幅改装・リニューアルが始まった。
私が在籍していた頃の店をそのまま引き継いでも良かったんだけど、ボーイ時代の経験を生かして、よりサービスしやすい店舗にしたかったし、この一年で勉強したことを生かして店のコンセプトや雰囲気もより魅力的にしたかった。
「ミマがこんなにやる気だすとは思わなかったなぁ。お前に引き継いだの正解だったな」
私に店を任せてくれた先代のゴリマッチョな店長も応援してくれたし、資金面もオーナーに口をきいてくれたんだけど……。
この店は元々とある「組」の息がかかった店なので、資金もそこに頼みに行くことになってしまった。
……ヤクザに借金とか大丈夫?
銀行に借りちゃだめなの?
最終手段としてはフミハルさんに……いや、対等な関係だからそれはしたくないけど、でも、ヤクザに借りるくらいなら……。
そんなことを考えながら先代店長に連れられて「組」の事務所に行くと、以前から店で顔を見ていた眼光の鋭い若頭の部屋に通された。
「あんたが新しい店長か。話は聞いてる。事業計画書まで作るなんてなぁ……」
眼光も鋭いけど声も怖い。
革張りの高そうなソファで目の前に香りのいいコーヒーも出されたけど、緊張で笑顔を張り付けるのでやっとだった。
「タカさん、こいつボーイ時代も努力家で良い客もたくさんいたんで。きっと上手くやりますよ」
「あぁ、そういえば長い間売り上げトップだったな。三十五過ぎてあれだけ稼いだ奴も他にいないんじゃないか? 指名数が減ってもオプションがきちんとついて固定客がいたんだから色々上手いんだろう。営業手腕には期待している」
……あら? この若頭さん、意外と店のことちゃんと見てるのね。
ヤクザなんて店からお金を巻き上げるだけと思っていたけど。
「まぁ、この計画は客よりもボーイに甘い気もするが……無理して荒稼ぎするより、働きやすい店の方が長い目で見ればシノギも上がるだろう……おい、金庫開けろ」
「はい!」
若頭さんの後ろでまだ二十歳そこそこのヤクザにしては可愛い感じの舎弟の男の子が慣れない手つきで金庫の重い扉を開ける。
「十、な」
「は、はい!」
舎弟の男の子がやはり慣れない手つきで木のお盆に札束を十束乗せてテーブルに置いた。
……多分百万円の束が十……一千万?
「ここまでは出してやる。不足があれば下の階で借りていけ。利息は銀行でいい」
……? これ、くれるの?
えっと、下の階はたしかお金を貸してくれる街金なのか闇金なのかだけど、利息はトイチじゃないの? 銀行って銀行レベルの利息?
「ありがとうございます! 月の顧問料は?」
私が混乱している間に、先代の店長が話を進めてくれる。
「リニューアル期間は勘弁してやる。その代わり一ヶ月でやれ。そこから一年は今までと同率。二年目に一度相談だな。店の権利書は弁護士先生に預けてあるからあっちと話してくれ」
「解りました」
「期待してるからな、ミマ店長」
「は、はい。がんばります!」
私たちが話している間に舎弟の男の子が札束を詰めてくれた小さめのボストンバッグを受け取ってこの日は事務所を後にした。
「て、店長!? このお金って……!?」
「あぁ、あの店のオーナーはタカさんってことになってるからなぁ。オーナーが店の投資で資金を出してくれたってことだ。もらっておけ。改装費が六百万、新しい求人とオープン告知で各種風俗情報サイトに広告出すのに一五〇万……新しい名刺に看板にホームページ……こまごまといるものも多いから妥当な金額だな」
「返さなくていいってこと?」
「おう。五年前に水回り大改装しただろ? あれも全部タカさんが出してくれたからな」
「そう……」
「ミカジメ……じゃなかった『顧問料』は高いけど、それだけの価値があるから。普通にオーナーと思って困ったときは気軽にタカさんを頼れよ」
「えぇ、解ったわ」
自分では二〇年近く風俗ボーイの第一線で働いて、ちょっとアンダーグラウンドな場所で遊んで、酸いも甘いも噛み分ける大人のつもりでいたけど、こんなことで戸惑うなんてまだまだね。
もっと度胸を付けて、常に堂々と上手に渡り歩く店長にならないと……。
新しい恋人との甘い生活で緩み切った表情と精神に気合を入れるために大きく深呼吸をして、実際の重さよりも重く感じるボストンバッグを抱えなおした。
◆
オーナーの許可が出て、資金も調達して、ここからが忙しかった。
一ヶ月後のリニューアルオープンに向けて、改装業者とやりとりして、先代の店長が専念する他の店に付いていくスタッフも多いから求人をかけて、面接して、事務関係や経理関係に名刺や看板のデザイン、ホームページのリニューアル……一年の修行でだいたいのことは「解る」けど、たった一ヶ月でこれは、できるけど……できるんだけど、きつかった。
折角同棲を始めた家に帰るのも毎日深夜で、家に帰るとフミハルさんはベッドの中。
朝は同じ時間に起きることも多かったけど、だいたい私は急いでいて、一緒にコーヒーを飲んでキスをするくらいしかできなかった。
「ごめんなさい。リニューアルが済んだら落ち着くから……」
こんな生活じゃあ一緒にいる意味がない。
すれ違いが続いて一週間くらいたった朝に、玄関で私を見送ってくれるフミハルさんに頭を下げると、フミハルさんは不思議そうに首を傾げた後、優しい笑顔で私の頭を撫でてくれた。
「頑張ってる姿を一番近くで感じられて嬉しいよ。それに、一緒に住んでいなかったら朝の短い時間すらも会えないし……」
二人きりなのに、まるで内緒話をするようにフミハルさんの唇が耳元に近づいた。
「夜中に目が覚めた時に隣で眠るトキくんのお尻をこっそり撫でることもできないからね」
「っ……!? フミハルさん、そんなことしてたの!?」
身体を離すと、フミハルさんは全く悪びれていない余裕たっぷりの笑顔で更に付け足す。
「それに、一ヶ月くらい我慢したほうがセックスも燃えるしね」
「っ……もう……」
「健康にだけは気を付けて。行ってらっしゃい」
かなわない。
素敵な彼氏過ぎる。
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