ゲイのエッチなお兄さん

回路メグル

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本編3/ 「成長」の話

風俗店長と恋人【6】

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 それから月に一回程度、アサヒさんが私の住む街にやってきてくれるようになった。
 店が休みの日の夕方に会って、ちょっといいご飯を奢ってもらって、最終の新幹線の時間まで駅の近くのホテルのバーで話し込む。そんな流れが三ヶ月くらいで定着した。

「アサヒさんのオススメの本、とても参考になったわ。ありがとう」
「よかった。部下のマネジメントはどの業界も共通課題だからね。俺も最初は苦労したよ」

 アサヒさんの大きな会社に比べれば、私が修行している店も、これから店長になる店も、小さな小さな商いなのに、アサヒさんはいつも親身になってアドバイスをしてくれた。
 最初はやる気を見いだせなかった仕事にやる気を出せたのも、アサヒさんに見られているのに、アサヒさんがアドバイスをくれるのに、しっかり真剣に取り組まないと恥ずかしいと思ったから。
 なによりも……

「君ほどボーイの気持ちが解る経営者はいないだろう?」

 とか

「かっこいい容姿に胡坐をかかず、裏で努力していたの知っているよ」

 とか

「折角積み上げてきたものがあるんだから、それを生かして頑張れ」

 とか。

 私の今までとこれからの仕事を全肯定してくれる言葉の数々に、新しい環境になったばかりの不安な心がどれだけ癒されたか……。
 ボーイ出身の経営者として、私らしく仕事をする方法も沢山ヒントをくれた。

 私、ボーイを引退して良かった。
 新しい仕事でもしっかり頑張れる。
 それと……。

 アサヒさんとはお店だと少し世間話をする程度だったから、こんなに優しくて、私のことを認めてくれている人だなんて気付かなかった。
 素敵な人だとは思っていたけど、引退したお陰でもっともっとアサヒさんの魅力を知ることができた。
 アサヒさんの知らなかった内面を一つ知るたびに、アサヒさんが素敵に見えて、それが妙に嬉しくてむずがゆくて……こんな幸せな気持ちになれると思わなかった。
 顔を思い浮かべるだけで笑顔になれる人がいるのはとても幸せだった。
 でも……幸せなのに一つ心に引っかかることもあった。

 ボーイを辞めてからは一度も、ベッドに誘われていないのよね……。

 解るのよ。
 もうお金を挟まない関係だから、私の人格や私の仕事を尊重して、そういう関係を求めないでいてくれているんだと思う。
 アサヒさんの優しさ。
 解る。
 解るのよ。

 でも……。
 でも、不安なの。
 今まであんなに求めてくれていたのに。

 私ってもしかして、もう……プロという肩書がなくなってしまうと……そういう価値が、無いの?


      ◆


 アサヒさんと再会して半年。
 毎月恒例となった、「来週の店休日に会えない?」というアサヒさんからの電話を受けたのは、この街での生活拠点であるマンションの自室のソファの上だった。
 私が休みの日を把握してくれていて、必ず休日に電話をくれて、次の休日に会いに来てくれる。
 いつもならここで私も「予定は大丈夫。楽しみ」なんて返して、行きたいお店の話なんかになるんだけど、今日は少し違う返事をした。

「アサヒさん、次は私の部屋で飲まない?」

 一年だけ住む予定なのであまり大きな部屋ではなくて、人を呼べるほど立派ではないけど、その分荷物も少なくてスッキリした1DK。ここに人を呼んだことはまだない。

「いいの?」
「えぇ、いつも素敵なところに連れて行ってくれるし、お店だと私に払わせてくれないでしょう? だから、たまには私にもおもてなしさせて」

 これも理由の一つだけど、一番の理由ではない。

「ミマくんの手料理?」
「えぇ」

 少し戸惑っていたアサヒさんだけど、私の返事で声が明るくなった。

「それは楽しみだ。お酒だけ買っていくよ。何が良い?」
「アサヒさんのセンスで選んでもらうならワインがいいわ」
「解った。最近取引している食品会社から美味しいワインを融通してもらって来るよ」
「お願いね。家の最寄り駅は後でメールを入れておくわ。仮住まいだから殺風景な部屋だけど驚かないでね」
「解った。楽しみにしているよ」
「私も。それじゃあ、来週」
「あぁ、来週」

 通話が終了したあともしばらく、スマートフォンの真っ黒な画面を眺めた。
 来週、アサヒさんがこの部屋に来る。
 こんなの、初めてだわ……。
 この部屋に限らず、元の街にまだ残したままの部屋だって、もちろん実家だって、こんな風に人を誘ったことはない。
 ……セックスがしたくて、家に人を誘ったことは、ない。


      ◆


 その日は朝から料理を仕込んで、部屋の掃除をして、自分のスキンケア、ヘアケア、それから……色々と準備をして、アサヒさんを最寄り駅まで迎えに行った。

「賑やかなところに住んでいるんだね」
「本当はもう少し静かなところに住みたかったんだけど、深夜や早朝に帰ることも多いから、店の隣の駅にしたのよ。マンションも駅近で……ほら、もうここ」

 築十年のキレイでも汚くもない、オシャレでもダサくもない、無難な白い十階建のマンションの前で足を止める。ここの五階が私の部屋。

「利便性も良さそうだね。新幹線駅から地下鉄一本で来られるし、場所ももう覚えた」

 こんな、何の変哲もない立地だけで選んだテキトーなマンションなのに、アサヒさんに褒められると妙に嬉しかった。
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