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本編2
【理想】関西弁の楽しいお兄さん【1】
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繁華街のはずれにある古い雑居ビルの五階。
その中でも奥の方にある、一見すると倉庫のドアのような扉を開けた。
――カラン
ドアに付いた古いカウベルが鳴る。
中は倉庫ではなくバーだ。
解りにくい立地に加えて、看板は小さく、ビルの外にもテナント名が出ていない。
きちんと「解っている」人でないと見つけられない隠れ家のようなバー。
でも、中に入ると木目調のちょっと昭和っぽいアットホームな雰囲気で、野球帽をかぶった髭熊系のバーのマスターがカウンター越しににこにこと優しい笑顔を向けてくれた。
「いらっしゃい」
「……!」
いらっしゃい。
お店に入ったらかけられる妥当な言葉。
でも今日の「いらっしゃい」は少し違う。
本場の関西弁の発音の「いらっしゃい」だ。
◆
関西で行われた大きな展示会に俺の勤務するメーカーが出展するため、広報担当の俺も関西入りし、ここ一週間ほど設営や来場者対応、展示会後のあいさつ回りに接待であわただしい日々を過ごしていた。
そして今日は出張最後の夜。
やっと確保した自由時間。
関西に住んでいる友達に会っても良いし、食べてみたかった名物を食べても良いし、名所を巡っても良いし、疲れを癒すスパに行くのも良いし……なんてことはほとんど考えずに、仕事が終わった瞬間ホテルでシャワーを浴びて、スーツのままだけどシャツのボタンは三つ外して、このバーに駆け込んだ。
「こんばんは~初めてだけど、大丈夫ですか?」
「うちの店が何の店か解ってるんやったら大歓迎やで」
髭熊系のマスターがニカっと白い歯を見せて笑う。
この笑顔……多分、俺がこの店をちゃんと「解って」訪れていると気づいているんだろう。
「この店……」
L字のカウンターと、狭い二人がけのテーブルが四つ。ごちゃごちゃと昭和レトロとか下町という言葉が似合う看板や置物、古いポスターだらけの店内は一見すると昔ながらの居酒屋かスナックかバーのようだけど……。
「ゲイバーですよね?」
「せやで~! どうぞどうぞ、好きなとこ座って。うちはルールとか堅いこと言わへんから」
「じゃあテキトーに」
L字のカウンターのちょうど曲がったところに、入り口のドアが見えるように腰掛ける。
残念ながら店内はまだマスターと俺だけ。
早くタチの男の子来ないかな~。
「お兄さん、出張かなんかで来たん?」
「関東から出張で。それで、折角こっちに来たなら関西の美味しいモノを堪能したいなと思って」
熱いおしぼりを手渡してくれたマスターに向けて美味しい物の「物」の部分をちょっと強調してウインクすると、ノリよく大きな口をあけて笑ってくれた。
「ははは! 美味しいモノ! えぇやん! お兄さん気に入ったわ。お兄さんの欲しいモノとはちゃうと思うけど、美味い酒一杯奢ったるから飲んで待っときや。そのうちめ~~~っちゃ美味しいモノが来るからな」
「ありがとうございます」
素直にお礼を言うと、マスターがカウンターの上に並んだ瓶の中の一本を手に取った。
「日本酒いける? 甘くて美味い地酒やねん」
「甘い日本酒は大好きなんですけど、今日は度数が強いのはちょっと……」
「ほな割ったるわ。ライムと……ちょい炭酸。はい、サムライロック」
目の前に置かれた透明の液体の入ったロンググラスを受け取って、早速口を付ける。
「ん、美味しい。こんなに飲みやすくなるんですね」
「せやろ? これくらいの軽さやったら、勃ち難くなることもないし」
俺が度数が強いお酒を避けた理由なんてバレバレか。
マスターが少し下品な笑い方をした時だった。
――カラン
またカウベルが鳴ってスーツ姿の男の人が入ってきた。
「邪魔すんで」
「邪魔するんやったら帰って」
「ほなさいなら……ってなんでやねん!」
マスターに声をかけられた男の人は、一瞬帰るそぶりを見せた後、すぐに向き直っていわゆる「ツッコミ」らしい手の動きをした。
うわ……!
本場のボケ? ツッコミ? すごくノリがいい!
男の人は中肉中背で黒ぶちの大きめの眼鏡をかけて、ちょっと長めのスポーツ刈りに顎ヒゲ、色黒でパーツが大きい派手な顔立ち……かっこいいけどもしかしてお笑い芸人? なんて思うのは安直すぎかな?
「もう、マスターなんなん? べったべたの新喜劇ギャグさせて……」
「悪い悪い。ガネさんやったら乗ってくれると思って。ほら、このお客さん関東から出張できてはんねん。関西のノリ見せたいやん?」
「関東から……? ……っ!?」
ガネさんと呼ばれた男の人がこちらを見たので、よく「エロイ!」といわれるゆるい癖のある黒髪を耳にかける仕草をしながら笑顔を返すと……ガネさんは大きな目を更に大きく見開いて、口元を両手で抑えた。
リアクションが大きい人だな~。
「え? え? えぇ! めっちゃべっぴんやん!」
「な。べっぴんやんな」
「こんな小汚い店にこんなべっぴんさん勿体ないわ。掃き溜めに鶴どころかゴミ箱にバラやん」
「それ、別に上手いこと言え換えてへんからな?」
「え、じゃあ雑居ビルに女神?」
「ただの事実やん!」
二人のノリの良い会話が面白くて、口を挟むこともなくただ眺めていると、ガネさんが人の好さそうな笑顔で俺の隣のスツールを引いた。
近くで見ると、俺と同じ年くらいか少し年上かな?
「いきなりごめんな。引いた? 関西の悪ノリすぎた?」
「関西のノリ、楽しくて良いなと思って観てた。こんなお笑い番組みたいなの、無料で観ちゃっていいのかなって」
「こんなん全然普通やから。関西人の日常会話」
「いや、ここまでコテコテなんはガネさんくらいやで」
「えっと……ガネさん?」
俺が首をかしげると、ガネさんは背筋を伸ばしてスーツの襟を正す。
「せや、自己紹介まだやったな。 俺はガネ。本当はカネなんやけど、眼鏡やからいつの間にかガネになってもうてん」
「ちゃうやろ。ガヤガヤうるさいからガネやろ」
「ちゃうわ!」
マスターの意地悪い笑顔のツッコミに、ガネさんも笑いながら返事をする。
本当にノリがよくて楽しい店だな……
「ふふっ。聞いてた通りだ」
「え? 聞いてた? 何? 何? 俺って関東でも噂になるほどえぇ男?」
「そんなわけないやろ」
マスターはため息をつくけど……
「うーん。ちょっと、そんなわけあるかも」
「「え?」」
その中でも奥の方にある、一見すると倉庫のドアのような扉を開けた。
――カラン
ドアに付いた古いカウベルが鳴る。
中は倉庫ではなくバーだ。
解りにくい立地に加えて、看板は小さく、ビルの外にもテナント名が出ていない。
きちんと「解っている」人でないと見つけられない隠れ家のようなバー。
でも、中に入ると木目調のちょっと昭和っぽいアットホームな雰囲気で、野球帽をかぶった髭熊系のバーのマスターがカウンター越しににこにこと優しい笑顔を向けてくれた。
「いらっしゃい」
「……!」
いらっしゃい。
お店に入ったらかけられる妥当な言葉。
でも今日の「いらっしゃい」は少し違う。
本場の関西弁の発音の「いらっしゃい」だ。
◆
関西で行われた大きな展示会に俺の勤務するメーカーが出展するため、広報担当の俺も関西入りし、ここ一週間ほど設営や来場者対応、展示会後のあいさつ回りに接待であわただしい日々を過ごしていた。
そして今日は出張最後の夜。
やっと確保した自由時間。
関西に住んでいる友達に会っても良いし、食べてみたかった名物を食べても良いし、名所を巡っても良いし、疲れを癒すスパに行くのも良いし……なんてことはほとんど考えずに、仕事が終わった瞬間ホテルでシャワーを浴びて、スーツのままだけどシャツのボタンは三つ外して、このバーに駆け込んだ。
「こんばんは~初めてだけど、大丈夫ですか?」
「うちの店が何の店か解ってるんやったら大歓迎やで」
髭熊系のマスターがニカっと白い歯を見せて笑う。
この笑顔……多分、俺がこの店をちゃんと「解って」訪れていると気づいているんだろう。
「この店……」
L字のカウンターと、狭い二人がけのテーブルが四つ。ごちゃごちゃと昭和レトロとか下町という言葉が似合う看板や置物、古いポスターだらけの店内は一見すると昔ながらの居酒屋かスナックかバーのようだけど……。
「ゲイバーですよね?」
「せやで~! どうぞどうぞ、好きなとこ座って。うちはルールとか堅いこと言わへんから」
「じゃあテキトーに」
L字のカウンターのちょうど曲がったところに、入り口のドアが見えるように腰掛ける。
残念ながら店内はまだマスターと俺だけ。
早くタチの男の子来ないかな~。
「お兄さん、出張かなんかで来たん?」
「関東から出張で。それで、折角こっちに来たなら関西の美味しいモノを堪能したいなと思って」
熱いおしぼりを手渡してくれたマスターに向けて美味しい物の「物」の部分をちょっと強調してウインクすると、ノリよく大きな口をあけて笑ってくれた。
「ははは! 美味しいモノ! えぇやん! お兄さん気に入ったわ。お兄さんの欲しいモノとはちゃうと思うけど、美味い酒一杯奢ったるから飲んで待っときや。そのうちめ~~~っちゃ美味しいモノが来るからな」
「ありがとうございます」
素直にお礼を言うと、マスターがカウンターの上に並んだ瓶の中の一本を手に取った。
「日本酒いける? 甘くて美味い地酒やねん」
「甘い日本酒は大好きなんですけど、今日は度数が強いのはちょっと……」
「ほな割ったるわ。ライムと……ちょい炭酸。はい、サムライロック」
目の前に置かれた透明の液体の入ったロンググラスを受け取って、早速口を付ける。
「ん、美味しい。こんなに飲みやすくなるんですね」
「せやろ? これくらいの軽さやったら、勃ち難くなることもないし」
俺が度数が強いお酒を避けた理由なんてバレバレか。
マスターが少し下品な笑い方をした時だった。
――カラン
またカウベルが鳴ってスーツ姿の男の人が入ってきた。
「邪魔すんで」
「邪魔するんやったら帰って」
「ほなさいなら……ってなんでやねん!」
マスターに声をかけられた男の人は、一瞬帰るそぶりを見せた後、すぐに向き直っていわゆる「ツッコミ」らしい手の動きをした。
うわ……!
本場のボケ? ツッコミ? すごくノリがいい!
男の人は中肉中背で黒ぶちの大きめの眼鏡をかけて、ちょっと長めのスポーツ刈りに顎ヒゲ、色黒でパーツが大きい派手な顔立ち……かっこいいけどもしかしてお笑い芸人? なんて思うのは安直すぎかな?
「もう、マスターなんなん? べったべたの新喜劇ギャグさせて……」
「悪い悪い。ガネさんやったら乗ってくれると思って。ほら、このお客さん関東から出張できてはんねん。関西のノリ見せたいやん?」
「関東から……? ……っ!?」
ガネさんと呼ばれた男の人がこちらを見たので、よく「エロイ!」といわれるゆるい癖のある黒髪を耳にかける仕草をしながら笑顔を返すと……ガネさんは大きな目を更に大きく見開いて、口元を両手で抑えた。
リアクションが大きい人だな~。
「え? え? えぇ! めっちゃべっぴんやん!」
「な。べっぴんやんな」
「こんな小汚い店にこんなべっぴんさん勿体ないわ。掃き溜めに鶴どころかゴミ箱にバラやん」
「それ、別に上手いこと言え換えてへんからな?」
「え、じゃあ雑居ビルに女神?」
「ただの事実やん!」
二人のノリの良い会話が面白くて、口を挟むこともなくただ眺めていると、ガネさんが人の好さそうな笑顔で俺の隣のスツールを引いた。
近くで見ると、俺と同じ年くらいか少し年上かな?
「いきなりごめんな。引いた? 関西の悪ノリすぎた?」
「関西のノリ、楽しくて良いなと思って観てた。こんなお笑い番組みたいなの、無料で観ちゃっていいのかなって」
「こんなん全然普通やから。関西人の日常会話」
「いや、ここまでコテコテなんはガネさんくらいやで」
「えっと……ガネさん?」
俺が首をかしげると、ガネさんは背筋を伸ばしてスーツの襟を正す。
「せや、自己紹介まだやったな。 俺はガネ。本当はカネなんやけど、眼鏡やからいつの間にかガネになってもうてん」
「ちゃうやろ。ガヤガヤうるさいからガネやろ」
「ちゃうわ!」
マスターの意地悪い笑顔のツッコミに、ガネさんも笑いながら返事をする。
本当にノリがよくて楽しい店だな……
「ふふっ。聞いてた通りだ」
「え? 聞いてた? 何? 何? 俺って関東でも噂になるほどえぇ男?」
「そんなわけないやろ」
マスターはため息をつくけど……
「うーん。ちょっと、そんなわけあるかも」
「「え?」」
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