３０年待たされた異世界転移

第１２章

恐怖

＜エリシティア視点＞



「飛んだ、のか？」

　我らの後方、数百歩離れた平原に見えるのは騎士の姿のみ。
　つまり、蒼鱗の怪竜が飛来したんだ。

「まさか、翼も使えたとは……」

「申し訳ありません。私の失態です」

「いや、違う。責任は皆にある」

　見誤ったのはウォーライルだけではない。
　私もリリニュスもサイラスも、ここにいる皆があいつを過少に評価していたのだから。

　バサッ。
　バサ、バサッ。

　竜種の背に生える２つの大翼。
　普段は折りたたまれているそれは見た目とは異なり退化していることがほとんだ。それゆえ、空を飛ぶとしても距離は数歩程度、大空を飛翔できない竜種が大半だと言われている。この固定観念に加え、翼を動かすことすらなかったやつの動きから当然飛べないものだと思い込んでしまった。

　あの怪竜が普通でないことくらい誰にでも理解できるというのに……が、今は。

「過ぎたことよりこれからだぞ」

「はっ！」

　強く頷いたウォーライルが私を庇うように前に出る。

「エリシティア様、私の後ろへお隠れください」

「……うむ」

「皆は前に出ろ、サイラス、リリニュスもだ！」

「「「「「はっ」」」」」

「「はい」」

「主力が駆けつけるまで命に代えても護りきれ！」

「「「「「承知！」」」」」

　負傷者たちに加え、衛生兵のサイラス、宮廷魔術士のリリニュスまでもが私を護る態勢に入ろうとしている。

　バサッ。

　対する怪竜は、こちらの動きなど気にもならないとばかり両翼を天に向かって一振りし、折りたたんでいく。

「グルゥ」

　そのまま動かない。
　時折首を傾げながら、中空とこちらに視線を送ってくる。

「……」

　とぼけたような奇行をまだ続けるのか？

「ウォーライル様、敵が止まっている隙に仕掛けては？」

「だめだ、今は時間を稼げればいい。護りに徹しろ」

「はっ」

　前方には、負傷騎士たちの防御陣。
　後方では、平原に置き去りにされた主力が疾走している。
　まだかなり離れているが、怪竜が動きを止めたままなら間に合うはず。

「エリシティア様は平原に戻って後続に合流された方が……」

　この膠着状態に振り返ったリリニュス。
　言葉が途中で切れてしまった。

「っ！」

「「「「「「うっ！！」」」」」」

　それは、空気が変化したから。

「グルルル」

　怪竜の目の色が変わり。
　蒼鱗の恐躯から凄まじい気を発し始めたから。

「グルゥオオォォ！」

　怪竜が草原を蹴った！




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＜？？？＞



「グルゥ？」

　目の前に立っているのは下等生物の群れ。
　足下には青く茂る草々。
　平らかな大地。

「……」

　ここは己の庭、エビルズピークじゃない。
　見知らぬ地だ。

「グルゥゥ……」

　周りも知らぬ者ばかり。
　下等生物らしい非力な存在ばかり。
　当然、さっきまでの恐怖も脅威も感じられない。