30年待たされた異世界転移

明之 想

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第10章 位相編

強がり

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 その世界、武志と古野白さんと武上君と一緒に連れ去られ場所は地面と空しかない異様な空間だった。そこで繰り広げられた戦いはとんでもないものだった。日本の日常ではあり得ない、異世界の戦いにも見劣りしない濃密な時間……。

 ただし、エビルズピークの魔物やローンドルヌ河の戦い、トゥレイズ攻防戦、テポレン山の戦いなどを経験しているわたしにとっては耐えられない程ではなく。それなりに動けたかなとは思う。

 そうはいっても、いつ誰が命を落としてもおかしくない危険な状況だったことに変わりはない。わたしと武志、古野白さんと武上君の4人だけだったら、長く戦い続けることもできなかったはず。

 だから、やっぱり、功己のおかげ。
 功己が来てくれたから、あの危機的状況から脱出することができたんだ。


 あの日、あの時。
 喜びと安心、心配と恐怖といった様々な感情が入り混じって自分でも良く分からない心を持て余している間に時間は過ぎていき、気付けばわたしは功己と2人きり。

 玄関で功己と2人で話していた。
 あのおぞましい浴槽について。

「……」

 他の誰に見られても気にならないけれど、功己にだけは見られたくなかった地下室。知られたくなかった浴槽。

 功己があれを目にして疑問を持っている。
 わたしから真実を聞き出そうとしている。

 絶望。
 その瞬間、わたしの心も頭も全てそれに染められてしまった。

 功己に知られてしまう。
 私の汚れた過去が。
 命を落としても知られたくなかった汚点が。

 どうしよう?
 どうしよう、どうしよう?

 絶望の中、その言葉がずっと頭の中を走り回っていた。

 それでも何とか言葉を返し、功己との会話をやり過ごすことができたのだけれど……。

 功己は、納得していないだろう。
 さらに疑問を深めてしまったかもしれない。
 ただ、それでも、あの事には気づいていないと思う。

 そもそも、気付けるはずないから。
 地下室に不似合いな浴槽が存在しているからといって、汚れたわたしに気付けるはずが……。

 想像していなかった事態に動揺しただけ。
 功己とわたしの関係は何も変わっていない。
 そう考えると、少し冷静になることができる。

 だから。

「……功己」

「ん?」

「今日はありがと。一人暮らしのことも、嬉しいよ」

 感謝の言葉を口に出すこともできる。

「……ああ」

「わたし、頑張るから」

 背伸びすることだって。

「これからはもっともっと頑張るから。功己は気にせず、あっちの世界に行ってね」

 強がりだって言うことができる。

「セレスさんの力になってあげて」

「……ああ」




****************************

<ヴァーンベック視点>



「ホントに出発すんのか?」

「うん、わたしは平気。だから早く行きましょ」

「そうは言ってもよぉ」

「ヴァーンが一緒にいてくれるんだから、何も問題ないよ」

 シアの素振りに強がっている様子は見えない。

「目が見えなくたって大丈夫」

 エンノアからオルドウに戻ったシアは、これまでと何も変わりなく過ごしている。
 それどころか、力に満ち溢れているようにさえ感じられる。

 視力を失ったというのに。

「問題ないの」

「いや、問題あんだろ」

 とはいえ、王都キュベルリアまでは長旅になる。
 この生活にもう少し慣れてから出発するべきでは?

「ヴァーンに助けてもらうから心配なんて全くない、でしょ?」

「……」

「それとも、ヴァーンは離れちゃう?」

「んなわけねえだろ。ずっと傍にいるに決まってらぁ」

「ほんと?」

「ああ」

「……」

「どうした?」

 ここで、なぜ黙る?
 まさか、疑ってんのか?

「夢があるのに?」

 ん?

「ヴァーンには、何より叶えたい夢があるのに?」

「……」

「こんなわたしと一緒にいていいの? 夢を諦めるの?」

「……諦めねえ」

「そう、よね」

 表情が曇っている。

「でも、だったら」

 さっきまであった声の張りも消えている。

「わたしなんか……」

 消え入るようなか細い声だ。

「邪魔でしょ? 邪魔だよね?」


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