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第10章 位相編
異なる知覚
しおりを挟む五感を喪失したこの身体。
何も感じることができない。
「……」
ただ、己の身に覚えるのは麻酔後に似た感覚。
いや、感覚もないのか?
想像を絶する虚無、空寂。
こんな虚無の中に放置され続けたら、どうにかなってしまう。
狂ってしまう。
そう思わざるをえないほどの欠落感だ。
「……」
対象の動きを止めるマリスダリスの刻宝や壬生伊織の揺魂とも、また違う。
全く異質な何か。
初めて経験する虚ろな世界。
おそらく、一般的には刻宝や揺魂より五感喪失状態の方が強い絶望を覚えてしまうだろう。これを、武上と古野白さんは耐えきったというのか?
短時間とはいえ五感喪失状態を切り抜けるとは。
ふたりとも並じゃない胆力の持ち主だ。
ほんと、大したものだよ。
対して、俺は……。
忍耐も胆力も必要ない。
五感すべてを失っても、俺にはもうひとつ残っているのだから。
大きな問題などないな。
実際に今はもう、こうして自分の肉体を感じ取ることができる。
吾妻の存在も、空間異能者の存在も、幸奈たち4人の存在も知覚できる。
そう。
魔力だ。
魔力を身に纏い、魔力を周囲に拡散すれば……。
目で見ているのと同じ。
何ら変わりのない状況を作り出すことができる。
「……」
五感喪失は間違いなく驚異的な異能だ。
相手が俺でなければ、必勝の力と言っていいのかもしれない。
ただし、今回は違う。
これだけじゃあ、俺には勝てない。
残念だったな。
うん?
そろそろ動くか?
魔力の波動が、吾妻の動きを余すことなくしっかり伝えてくる。
「……」
やつの歩みには、まるで緊張感が感じられない。
当然、五感を失った俺を軽視しているからだろう。
とはいえ、ここで油断するとは詰めが甘いな。
いや、この状況に陥っている俺も同じか。
「……」
ゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる吾妻。
表情も分からなければ、声も聞こえない。
それでも、十分以上に理解できる。
どうやら、幕引きは近いようだ。
*************************
<古野白楓季視点>
健常な状態の武上君でも対応に苦労する吾妻の攻撃。
そんな攻撃を前に、五感を失っている有馬君が!?
吾妻の拳撃を横に避け。
蹴撃は後ろに跳んで躱す。
「有馬君……」
目の前で繰り広げられている攻防のレベルは低くない。
いえ、それどころか至極の戦闘に近い。
五感を失っているはずなのに……。
シュン!
シュッ!
シュン!
空を切り裂く音の中、右に左に、左に右にと軽快に。
時に身を屈め、時に跳躍する。
半回転や一回転なども織り交ぜながら吾妻の拳撃と蹴撃を次々と回避していく。
「……」
風のように柳のように、回避を続けるその様は、まるで一種のダンスのよう。
名人の舞踊のよう。
「き、れい……」
あまりに洗練された動きに、見入ってしまう。
緊迫の場面なのに、状況を忘れて……。
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