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第10章 位相編
終局 4
しおりを挟む「ぎゅっとして」
「……」
「お願い」
俺の両腕は行き場を失ったまま。
ずっと宙に留まっている。
「抱きしめて」
「……」
「抱きしめてください!」
それは……。
「今だけでいいから」
「……」
ほんの少し動かすだけ。
それで幸奈の希望を叶えられる。
難しいことじゃない。
分かってる。
「お願いだから」
けれど……。
俺は……。
「ごめんなさい……」
どれだけ時間が経過しただろう?
1分とも1時間とも思えてしまう。
「変なこと言って……」
いや。
「わたし……」
幸奈は悪くない。
「わたし……」
いいんだ。
「分かっていたのに……功己さんから話をきいていたのに……」
「……」
「5年後に会えるって納得していたはずなのに……」
「……」
「駄目だな、わたし」
駄目じゃない。
「カッコ悪いな」
そんなわけないだろ。
「けど、もう大丈夫」
「……」
「もう、すっきりしたから、平気です」
そう言って、俺の胸から離れる幸奈。
さっきまでの表情はどこにも見えない。
それどころか。
「だから、わたしのことは気にせず、元の世界に戻ってくださいね」
力強い瞳に優しげな眉、柔らかな頬に淡く光る唇。
幸奈の好きな紅梅を思わせる笑顔に見とれてしまう。
やっぱり、幸奈は幸奈だ。
カッコいい少女だよ。
「功己さん」
「……」
「約束です、5年後に会いましょ」
位相世界とあちらの世界。
似て非なる異なる世界。
当然、5年後の有馬少年は俺とは別人だ。
ただ、この真っ直ぐな想いに対しては。
「……ああ、また会おう」
他に言葉が出てこないんだ。
「はい、必ず!」
「……」
今回のこと。
これが最善ではないだろう。もっと良い方法もあったはず。
それでも、この笑顔を見ていると……。
「じゃあ、20歳のわたしが待ってますから」
「……」
「あっちでも優しくしてくださいね」
「……分かってる」
今は帰ろう。
元の世界に戻ろう。
ガチャッ。
扉を開け、再び足を踏み入れた和見屋敷の地下室。
何も変わった様子は見えない。感じる空気も想定通り。
これなら……。
「功己さん、戻れそうですか?」
「分からない、が、試してみよう」
トトメリウス様からいただいた暗示、元の世界での位相空間への移動法。
これらを応用すれば戻れる可能性も低くはないはず。
まずは、変移極点を探して。
「……」
「……」
「……」
あれか?
いや、違う。
「……」
ここは?
これも違うか。
だったら……。
「……」
そこはどうだ?
「っ!」
この感覚、正解では?
と思った次の瞬間、目の前が歪み、体が軽くなっていく。
「功己さん!」
正解だ。
「見つけたんですね?」
「ああ」
「そう、ですか」
明るさを取り戻していた幸奈の気配が、また沈んで?
「功己さん、色々とありがとうございました」
いや、沈んでいない。
「心から感謝しています。わたし、功己さんに会えてほんとに……」
「……」
「さよなら!! 大好きです!!!」
「っ!?」
幸奈の声が耳に入ると同時に。
目の前から世界が消えてしまった。
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