30年待たされた異世界転移

明之 想

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第9章 推理編

咳音

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 ディアナの試合が終わっても、セレス様に異常は見られない。
 遡行後の4時間を無事乗り切ることができた、そう思ったのに。

「コホッ」

 ディアナを迎えるべく試合会場に向けていた目線の横。真横から耳に入ってくるこの音は……セレス様の咳音?

 その瞬間、頭に浮かんできたのはあの映像。

「っ!」

 映像に反応するかのように体が痺れ、固まっていく。
 顔が横を向いてくれない。

「コホッ」

 嘘だ。
 違うよな。

 4時間前からセレス様は何も口にしていない。
 異常な身体接触もない。
 疑わしいこともあやしい動きも、何もないんだ。

 なのに、また咳が!

「コホッ」

 恐怖が鳩尾からせり上がってくる。
 汗も噴き出して……。

「……」

 そんなこと、あり得ないはず。
 けど、もしそうなら。
 あの症状が現れたのなら、魔落に!
 今すぐ魔落に行かなければ!

 その一念が硬直を断ち切り、頭を真横に、目線をセレス様へ向かわせる。


「よくやったぞ、ディアナ」
「いい試合だったぜ」
「お疲れさん」

「みんな……」

「ディアナ、お見事です」

 セレス様……笑顔でディアナを迎えている。
 言葉をかけている。

 顔色は悪くない。
 異常なんて見られない。

 これは……?

「ありがとうございます、セレスティーヌ様」

「本当に素晴らしい戦いでしたよ。私も誇らしいです」

「そのようなお言葉まで……恐悦至極に存じます」

「ディアナは相変わらずかてえなぁ」

「っ! ヴァーン!」

「模擬試合後なんざ無礼講みたいなもんだろ。それに好試合をして勝ったんだぜ。素直に喜びゃいいんだよ。そうでしょ、セレスさん?」

「ええ。ヴァーンさんの言う通りです。喜んでいいんですよ、ディアナ」

「……」

 やはり、おかしなところは見えない。
 咳もやんだまま。


「……コーキさん?」

 俺の表情に気づき不思議そうに首をかしげる様子も普段通り。

「セレス様……身体に異常はありませんか?」

 ただし、俺が感知できない可能性だってある。
 安心はできない。

「咳は?」

「えっ?」

「少し咳かれてましたよね?」

「あっ! 違います」

 違う?

「アレではないです」

 あの咳じゃない?

「……」

 確かに、今のセレス様の様子から体調の悪さは微塵も感じ取れない。
 ここまでの警戒態勢を考えても、毒症状なんてあり得ないことだと思う。

 とはいえ、このタイミングで?
 前回と同じ場面で?

 やはり、不安を消し去れない。
 それに、禍事の兆しのようなものまで感じて……。
 この後にあれが待ち構えているような漠然とした不安が……。


「大丈夫ですよ」

「……」

「まったく問題ないです。完調ですから」

「本当に?」

「はい!」

 なぜか感じ取れる凶事の匂い。
 それゆえ、今はどうやっても懸念が残ってしまう。
 が、それでも。
 セレス様がこうして強く肯定してくれるなら。

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