３０年待たされた異世界転移

第９章 推理編

毒？

「……ありがとうございます」

　エレナさんから受け取った木皿を両手に持ちながら視線をこちらに投げかけてくるセレス様。

「……」

　その問いかけに目で返事を返す。
　絶対に口にしては駄目だ、と。

「このような状況ですので少量しか提供できず、申し訳ないのですが……」

「いえ、そのお気持ちが嬉しいですから」

「そんな、そんな……私のような一介の冒険者にもったいないお言葉を」

　という風に恐縮しているが。
　この甘味、恐縮して済むようなものじゃない。

　見た目は餅や饅頭といった和菓子のような形状をしている木皿の上の物体。
　それを鑑定したところ。

　団子：腐敗、毒性。

　こういうことになっていた。
　どう考えても、食べちゃいけない一品だ。

　しかし、これは？
　セレス様の身を何度も害してきた毒なのか？
　ニレキリの毒なのか？

「……」

　俺の鑑定では、腐敗して毒があるという事実しか分からない。
　ニレキリという文字は浮かんでこない。
　もっと詳しく鑑定できれば、毒の種類も明らかになるだろうに……。

　いや、今は無い物ねだりしている場合じゃないな。

「エレナさん、この甘味はどちらで調達されたものでしょうか？」

「カーンゴルムです。ミルト、エビルズピーク、テポレンの再調査に出る直前に用意したものですね」

　黒都で用意を？
　いったい何日前の話だ？

「……かなりの日数が経過しているのでは？」

「ええ。でも、大丈夫です。保存食でもありますから」

　大丈夫なわけがない。
　甘味だから長持ちするとはいえ、限度があるんだぞ。

「少し前に私も食べましたけど、問題ありませんでしたし……。あっ、その時に数個食べてしまったので、もう1個しか残ってないんです。すみません」

　謝るのはそこじゃない。
　問題は数ではなく状態だろ。

「いえ、１つあれば十分ですよ」

「セレスティーヌ様……」

　とはいえ、このエレナさんの話と表情は……。

　俺の想像する犯人像からは相当乖離している。

　なら、これはセレス様を狙ったわけじゃなく、単に腐っているだけ？
　鑑定では識別できなかった毒もニレキリではなく、食中毒を引き起こす類のもの？
　サルモネラやカンピロバクター、黄色ブドウ球菌といったような？

「……」

　分からない。

　ただ……。
　腐敗という鑑定結果、エレナさんの悪びれることのない態度。前回にはなかった流れ。これらの状況から考えると、エレナさんが犯人だとは断定できない、か。


「どうしたコーキ？　この菓子が腐ってると思ってんのかよ？」

　その通り。
　実際腐っている。

「ちょっと、ヴァーン！」

「何だ？」

「エレナさんに悪いでしょ」

「ん？　古い菓子を気にすんのは普通だろ」

「もう……」

　ヴァーンに溜息をつきながら、エレナさんに向き直るシア。

「……すみません、エレナさん」

「大丈夫です。私は気にしませんよ。でも、そうですね……。確かに日数が経過してますし、セレスティーヌ様はお口にされない方が良いかもしれませんね」

　言われるまでもなく、セレス様が食べることはない。

「お渡しした甘味を受け取っていただけるなら、お口にされなくても慣習上は問題ありませんので」

「エレナさん……よろしいのですか？」

「もちろんです。この甘味贈呈は勝者を称えるためのものですから」

「……」

「あっ、そろそろ次の試合が始まります。では、私はこれで」

　そう言ってエレナさんが笑顔でセレス様の前から退き、冒険者連中のもとへ戻って行った。

「……コーキさん？」

「ええ」

　彼女を犯人と思えないのはセレス様も同じか。