３０年待たされた異世界転移

第８章 南部動乱編

今だけは

「ごめんね」

「……いいんだ」

「でも」

「本当にいいんだ」

　そんなことより。
　今は。
　この時間だけは。

「服なんか濡れたってかまわない」

　だから。

「……」

　できない、か。
　はぁぁ。

「功己？」

「……何でもない」

「ほんとに？」

「本当だ。またこうして会えたんだから、何も問題はないさ」

「わたし、功己と会えたんだね」

「ああ」

「こっちの世界でも」

「ああ、そうだ」

　ベニワスレの花びらが舞う中、こちらを見上げる幸奈。
　その潤んだ瞳に、どうしても吸い寄せられてしまう。
　目が離せない。

「……」

「……」

　今諦めたばかりの欲求。
　また強く抱きしめたいという欲求が湧き上がってくる。

　俺にはそんな資格などないのに。
　抗えない程の思いが……。


「おーい、もういいかぁ～～」

　ヴァーン！？

「……」

　ああ、そうだった。
　ふたりっきりじゃなかったんだ。

「そろそろ戻らねえといけねえぞぉ」

「ちょっと、ヴァーンやめて！」

「はあ？」

「邪魔しちゃ駄目！　いいところなんだから」

「つっても、長過ぎんだろ。ディアナとユーフィリアも迎えに来てんだぜ」

「それは……でも、せっかくセレス様が、その……」

「何だ？」

「とにかく、もう少しだけ待って！」


　ずっと見られていたのか？
　ヴァーンとシアだけじゃなく、ディアナとユーフィリア、それに護衛騎士たちにも？

　我に返ったように思わず距離をとってしまう俺と幸奈。

「……」

「……」

　恥ずかしいところを見られてしまった。
　いや、それどころじゃない。

　この状況。
　冷静に考えると……。

　高貴な貴族令嬢を一介の冒険者である俺が抱きしめた、っていう構図だよな。

　まずいか？
　まずいよな？

　恐る恐る振り返ってみると。

「……」

　シアは微笑んでいるものの。
　ディアナの眼は、まったく笑っていない。
　護衛騎士たちの眼も……。

　ユーフィリアはいつも通り無表情か。

「……」

　まいったな。