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第8章 南部動乱編

ベニワスレ 5

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 シアの言葉通り、幸奈はシアたちから離れてベニワスレを見上げている。

「ん? ひとりで木を見たいってか?」

「分からないわ。でも、ずっとあの大木を気にされていたから」

 そういえば、昨日も幸奈は何かを考えるようにしてあの木を眺めていた。
 折れた枝も捨てずに持ち帰っていたような……。

「ベニワスレの木に何か思うところがあるのかなって?」

 ベニワスレの大木の下。
 静かに散る花びらの中に佇む幸奈。
 こちらに背を向け、身動みじろぎもしない。

「……」

「……」

「……」

 まるで一枚の絵画から切り取られたかのような清冽な眺めに、つい見入ってしまう。俺も、ヴァーンも、シアも……。

 と、幸奈が顔を横に向けた。
 あれは……!?

 頬が濡れている?
 泣いている?
 ベニワスレを見て、どうして?

「……なさい」

 今何て言ったんだ?

「ごめんなさい……」

 謝っているのか?
 けど、どうして?
 誰にだ?

「……」

 幸奈には悪いが聴力を強化して……。

「コーキ、行ってやれよ」

「先生、セレス様をお願いします」

 ここで聞くより、幸奈の傍に行った方がいい?
 ああ、そうだよな。
 盗み聞きなんて、すべきじゃない。
 直接、話すべきだ。

 ただ、今の2人の関係で、幸奈が俺に心を開いてくれるのか?
 シアが言った方が良いのでは?

「先生!」

「ほら、コーキ!」

 迷っている場合じゃないか。

「……分かった」

 シアとヴァーンの言葉を受け、俺の足が動き出す。
 一歩、一歩、ゆっくりと幸奈のもとへ。
 緩やかな坂を上り、幸奈が立つベニワスレの大木の下に足を踏み入れる、が。

「……」

 ベニワスレを見上げる幸奈は、こちらに気づきもしない。
 ただ頬を濡らし、佇むばかり。

 俺は……。

 この哀切に満ちた空気に、心が締め付けられてしまう。
 言葉も出ない。

「……」

「……」

 と、テポレンに吹く一陣の風が幸奈と俺を包み込んできた。
 ベニワスレの枝が揺れ、薄紅の花が舞い落ちていく。




*************************

<和見幸奈視点(姿はセレスティーヌ)>



 ごめんなさい。
 ずっとわたしを見守ってくれていたのに、あなたに気づくことができなくて。
 本当にごめんなさい。
 功己……。

 でも、思い出したから。
 わたし、すべて思い出したから。

 このベニワスレのおかげで……っ!

 すごい風!
 力を入れないと飛ばされそうになるほどの強い風だ。

 でも……。
 もう止んだ?

 よかった。
 ほんの一瞬の突風だったみたい。


「えっ!?」


 ひら ひら ひら ひら

     ひら ひら ひら ひら  


 突風で揺らされた枝から、無数の花弁が舞い上がっている。
 これまでとは比べ物にならない。


  ひら ひら ひら  ひら ひら ひら

     ひら ひら ひら  ひら ひら ひら ひら

        ひら ひら ひら  ひら ひら ひら ひら


 視界が、舞う花びらで覆われるほど。
 まるで、この空間に薄紅の花とわたしだけが存在しているように……。


  ひら ひら ひら  ひら ひら ひら

    ひら ひら ひら  ひら ひら ひら ひら

      ひら ひら ひら   ひら ひら  ひら ひら

         ひら ひら ひら  ひら ひら  ひら ひら  

           ひら ひら ひら  ひら ひら ひら ひら ひら 


「ああ……」

 洗われていく。
 浄化されていく。
 
 後悔も、痛みも、悩みも。
 この薄紅の前では、すべて。

 時すら、忘れてしまう。




 そんなわたしを覚ましてくれたのは。

「……セレス様?」

 百花、千花の世界にいたわたしを呼んでくれた声は?

「コーキさ……功己!」



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