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第7章 南部編

異なる世界 8

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「本当に覚醒していないのか?」

「……」

「なぜ黙っている?」

 今はこの身体が落ち着かないだけ。
 上手く喋れないだけ。

「まさか、壬生女史の言っていたことは本当だと? おまえ、病室では否定していたのに……」

 地下室に壬生さんはいない。
 和見の父だけ。
 それだけで、少し気持ちが和らいでくる。

「嘘をついていたのか!?」

「……」

「おまえ!!」

 父の声に含まれた怒気。
 隠そうともしていない。

「あれは嘘だったのか、本当なのか!?」

 入院していた私の身を案じることもなく、退院した私に優しい言葉ひとつかけることもなく。
 その上、退院当日に地下室に呼び出して、この言い草。

「答えろ! どうなんだ?」

 父のこの態度に、私の……幸奈さんの怖気が消えていく。
 代わりに湧き上がってくるのは怒りと悲しみの混じり合ったような感情。
 やるせない思い。

「早く答えるんだ!」

「……」

「お前が異能に目覚めたのなら、全てが変わるんだぞ。もちろん、お前の立場も変わる」

 異能覚醒は、魂替からも明らか。
 でも、私の記憶の中の幸奈さんはそれを知らない。
 そして、当然のことながら。
 私が幸奈さんの異能を使えるわけもない。

「だから、正直に言うんだ。な、私は心配なんだよ」

 父の声色が変わった。
 怒気を抑え、優しげな声を出そうとしている。

「おまえ……幸奈のことを大切に思っている私に、正直に話してくれないか」

 今さら!
 どの口が、そんなことを!

 さらなる怒りが込み上げてくる。
 これは、正真正銘私の怒り。
 私の義憤。

「どうなんだい、幸奈?」

「……異能には目覚めてません」

 努めて冷静に。
 口にしたのは否定の答え。

「……本当か?」

「はい」

「嘘じゃないんだな」

「はい」

 この身が彼女の異能を使えないのは事実。

「……」

「……」

 ふたりだけの地下室に怒気を含んだ重い沈黙が流れる。

「……入れ」

「……」

「今夜から再開だ。浴槽に入れ!」

 病み上がりの私に、退院したばかりの私にそれを強制するの?
 偽りだったとはいえ、さっきまでの優しさの欠片もないその声で強制を!

 ふふ。
 ふふふ。

 笑えてしまう。

 こんな父親が幸奈さんをずっと苦しめていただなんて。

「服を脱げ、今すぐ入るんだ!」

「……」

 もう恐怖はない。
 今、心にあるのは怒りだけ。

「早く入れ!」

 だから、答えはひとつ。

「嫌です」

「なっ、何!?」

「私はその浴槽になど入りません」

「おまえ、何を言ってる! 私に歯向かうのか!」

「お父様に歯向かうつもりはありません。ですが、これだけは別です。私は二度とその浴槽には入りません!」

「っ!?」

「では、これで失礼します」

 顔を真っ赤に染めてこちらを睨む父を残し、部屋を出る。

 階段を上る脚に震えはない。
 身体が軽い。
 心も軽い。

「……」

 先のことは分からないけど、明日も分からないけれど。
 私の中の幸奈さんは喜んでいると思う。

 ねっ、そうでしょ。
 幸奈さん。



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