525 / 1,194
第7章 南部編
異なる世界 8
しおりを挟む
「本当に覚醒していないのか?」
「……」
「なぜ黙っている?」
今はこの身体が落ち着かないだけ。
上手く喋れないだけ。
「まさか、壬生女史の言っていたことは本当だと? おまえ、病室では否定していたのに……」
地下室に壬生さんはいない。
和見の父だけ。
それだけで、少し気持ちが和らいでくる。
「嘘をついていたのか!?」
「……」
「おまえ!!」
父の声に含まれた怒気。
隠そうともしていない。
「あれは嘘だったのか、本当なのか!?」
入院していた私の身を案じることもなく、退院した私に優しい言葉ひとつかけることもなく。
その上、退院当日に地下室に呼び出して、この言い草。
「答えろ! どうなんだ?」
父のこの態度に、私の……幸奈さんの怖気が消えていく。
代わりに湧き上がってくるのは怒りと悲しみの混じり合ったような感情。
やるせない思い。
「早く答えるんだ!」
「……」
「お前が異能に目覚めたのなら、全てが変わるんだぞ。もちろん、お前の立場も変わる」
異能覚醒は、魂替からも明らか。
でも、私の記憶の中の幸奈さんはそれを知らない。
そして、当然のことながら。
私が幸奈さんの異能を使えるわけもない。
「だから、正直に言うんだ。な、私は心配なんだよ」
父の声色が変わった。
怒気を抑え、優しげな声を出そうとしている。
「おまえ……幸奈のことを大切に思っている私に、正直に話してくれないか」
今さら!
どの口が、そんなことを!
さらなる怒りが込み上げてくる。
これは、正真正銘私の怒り。
私の義憤。
「どうなんだい、幸奈?」
「……異能には目覚めてません」
努めて冷静に。
口にしたのは否定の答え。
「……本当か?」
「はい」
「嘘じゃないんだな」
「はい」
この身が彼女の異能を使えないのは事実。
「……」
「……」
ふたりだけの地下室に怒気を含んだ重い沈黙が流れる。
「……入れ」
「……」
「今夜から再開だ。浴槽に入れ!」
病み上がりの私に、退院したばかりの私にそれを強制するの?
偽りだったとはいえ、さっきまでの優しさの欠片もないその声で強制を!
ふふ。
ふふふ。
笑えてしまう。
こんな父親が幸奈さんをずっと苦しめていただなんて。
「服を脱げ、今すぐ入るんだ!」
「……」
もう恐怖はない。
今、心にあるのは怒りだけ。
「早く入れ!」
だから、答えはひとつ。
「嫌です」
「なっ、何!?」
「私はその浴槽になど入りません」
「おまえ、何を言ってる! 私に歯向かうのか!」
「お父様に歯向かうつもりはありません。ですが、これだけは別です。私は二度とその浴槽には入りません!」
「っ!?」
「では、これで失礼します」
顔を真っ赤に染めてこちらを睨む父を残し、部屋を出る。
階段を上る脚に震えはない。
身体が軽い。
心も軽い。
「……」
先のことは分からないけど、明日も分からないけれど。
私の中の幸奈さんは喜んでいると思う。
ねっ、そうでしょ。
幸奈さん。
「……」
「なぜ黙っている?」
今はこの身体が落ち着かないだけ。
上手く喋れないだけ。
「まさか、壬生女史の言っていたことは本当だと? おまえ、病室では否定していたのに……」
地下室に壬生さんはいない。
和見の父だけ。
それだけで、少し気持ちが和らいでくる。
「嘘をついていたのか!?」
「……」
「おまえ!!」
父の声に含まれた怒気。
隠そうともしていない。
「あれは嘘だったのか、本当なのか!?」
入院していた私の身を案じることもなく、退院した私に優しい言葉ひとつかけることもなく。
その上、退院当日に地下室に呼び出して、この言い草。
「答えろ! どうなんだ?」
父のこの態度に、私の……幸奈さんの怖気が消えていく。
代わりに湧き上がってくるのは怒りと悲しみの混じり合ったような感情。
やるせない思い。
「早く答えるんだ!」
「……」
「お前が異能に目覚めたのなら、全てが変わるんだぞ。もちろん、お前の立場も変わる」
異能覚醒は、魂替からも明らか。
でも、私の記憶の中の幸奈さんはそれを知らない。
そして、当然のことながら。
私が幸奈さんの異能を使えるわけもない。
「だから、正直に言うんだ。な、私は心配なんだよ」
父の声色が変わった。
怒気を抑え、優しげな声を出そうとしている。
「おまえ……幸奈のことを大切に思っている私に、正直に話してくれないか」
今さら!
どの口が、そんなことを!
さらなる怒りが込み上げてくる。
これは、正真正銘私の怒り。
私の義憤。
「どうなんだい、幸奈?」
「……異能には目覚めてません」
努めて冷静に。
口にしたのは否定の答え。
「……本当か?」
「はい」
「嘘じゃないんだな」
「はい」
この身が彼女の異能を使えないのは事実。
「……」
「……」
ふたりだけの地下室に怒気を含んだ重い沈黙が流れる。
「……入れ」
「……」
「今夜から再開だ。浴槽に入れ!」
病み上がりの私に、退院したばかりの私にそれを強制するの?
偽りだったとはいえ、さっきまでの優しさの欠片もないその声で強制を!
ふふ。
ふふふ。
笑えてしまう。
こんな父親が幸奈さんをずっと苦しめていただなんて。
「服を脱げ、今すぐ入るんだ!」
「……」
もう恐怖はない。
今、心にあるのは怒りだけ。
「早く入れ!」
だから、答えはひとつ。
「嫌です」
「なっ、何!?」
「私はその浴槽になど入りません」
「おまえ、何を言ってる! 私に歯向かうのか!」
「お父様に歯向かうつもりはありません。ですが、これだけは別です。私は二度とその浴槽には入りません!」
「っ!?」
「では、これで失礼します」
顔を真っ赤に染めてこちらを睨む父を残し、部屋を出る。
階段を上る脚に震えはない。
身体が軽い。
心も軽い。
「……」
先のことは分からないけど、明日も分からないけれど。
私の中の幸奈さんは喜んでいると思う。
ねっ、そうでしょ。
幸奈さん。
11
お気に入りに追加
540
あなたにおすすめの小説
パーティ追放が進化の条件?! チートジョブ『道化師』からの成り上がり。
荒井竜馬
ファンタジー
『第16回ファンタジー小説大賞』奨励賞受賞作品
あらすじ
勢いが凄いと話題のS級パーティ『黒龍の牙』。そのパーティに所属していた『道化師見習い』のアイクは突然パーティを追放されてしまう。
しかし、『道化師見習い』の進化条件がパーティから独立をすることだったアイクは、『道化師見習い』から『道化師』に進化する。
道化師としてのジョブを手に入れたアイクは、高いステータスと新たなスキルも手に入れた。
そして、見習いから独立したアイクの元には助手という女の子が現れたり、使い魔と契約をしたりして多くのクエストをこなしていくことに。
追放されて良かった。思わずそう思ってしまうような世界がアイクを待っていた。
成り上がりとざまぁ、後は異世界で少しゆっくりと。そんなファンタジー小説。
ヒロインは6話から登場します。
転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません
青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。
だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。
女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。
途方に暮れる主人公たち。
だが、たった一つの救いがあった。
三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。
右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。
圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。
双方の利害が一致した。
※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
おっさんの神器はハズレではない
兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる