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第6章 移ろう魂編

兆し 3

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<剣姫イリサヴィア視点>



 なぜ私が黒都の冒険者ギルドにいるのか。
 それは……。

 黒晶宮での用事を終えた後。
 殿下から依頼を受けることになり、さらに可能ならギルドにも手を貸してやってほしいと頼まれたから。

「……」

 レザンジュの王子である殿下からの依頼ですらイレギュラーなもの。
 その上、冒険者ギルドからも仕事を受けるなんてことは……。

 正直言って、仕事を受ける気持ちにはなれない。

 ただ、今回のレザンジュ訪問の前に、オズから念を押されているのだ。
 できるかぎり殿下の希望を叶えてほしいと。

 ならば仕方ないということで、やってきた冒険者ギルド。
 提示された内容は殿下の依頼のついでにこなせるものだった。
 さらに、殿下の依頼優先は当然で、場合によってはギルドの仕事は放置しても良いらしい。

 そこまで言われると、無下に断ることもできない。
 もう、引き受けるしかないだろう。


「ミッドレミルトには、こちらの冒険者メルビンさんの率いる冒険者たちが同行しますので」

「……」

「イリサヴィアさん」

 握手を求めてきたのは30歳くらいの男性冒険者。
 彼がメルビンという2級冒険者らしい。
 穏やかな雰囲気を纏っているが……。
 
「よろしくお願いします」

「……よろしく頼む」

「今回はミルトから山に入り、エビルズピークまで現地調査を続けます。その途中で辺境伯の足取りをつかんだ際は……」

「そちらに専念させてもらおう」

「ええ、その方向で進めてください」

「うむ」

「では、さっそく向かいましょうか」

「ああ」

 引き受けた以上は、何があろうと依頼達成のために全力を尽くすのみ。
 ならば、急いだ方がいい。
 優先すべき殿下の依頼も、ギルドからの依頼も、拙速を尊ぶ類のものなのだから。




****************

<セレスティーヌ視点(姿は和見幸奈)>



 ああ!
 何てことを!
 私があんなことをするなんて!!

「……」

 あの時は幸奈さんの感情が入ってきて、異なる私の経験と感情も私の中に入ってきたから。
 それで混乱していたから。
 いつもの私ではなかったから。
 だから……。

 どうかしていたとしか思えない。

「……」

 でも、あの抑えきれない感情は。
 私のもの?
 私の中に存在する?

 さっきは私の感情だと思っていたけれど……。
 分からない。

「……」

 冷静に考えてみると、理解できないことばかり。

 ただ……。
 あんなはしたない行為は……。

 恥ずかしい。
 本当にいたたまれない。

「……」

 コーキさん、私のことどう思っているのかな?
 今の私を?

 あの映像の中のコーキさん。
 とても頼もしかった。
 私のことを強く想ってくれた。

 もちろん、今のコーキさんも頼りがいがあるし、私のことを大切にしてくれる。
 でも、あの映像は……。

 あのコーキさんは今のコーキさんじゃない。
 私に対する眼差し、想い、言葉。
 今の私に向けられたものとは違う。

 そう思うと、切なくて。
 痛くて。

「……」

 だけど、もし同じことが起こったら。
 テポレン地中と同じように私があんな事を口にしたら。
 きっと、今のコーキさんも同じ言葉を私にくれると思う。

 私が死んでしまったら……。

 ……。

 ……。


 はぁぁ。
 こんな時なのに、私は何を考えているの。

「……」

 お父様、お母様、お兄様。
 シア、アル、ディアナ、ユーフィリア、ヴァーンさん。
 幸奈さん。
 
 あっちの世界では、きっと大変な状況だと思う。
 今後もどうなるか分からない。

 心配……。
 みんなのことが心配。

 それなのに!

 つい、自分のことばかり考えてしまう。
 駄目だな、私。
 情けない。

 本当に……。

 ……。

 ……。


 コーキさんが病室を去って、あっちの世界のゆきなに会いに行ってしまって。
 私はこの世界でひとり。
 寂しくて不安だったけれど、こんな姿を見られるくらいなら……。
 少し時間をもらえて良かったのかも。

 だから、コーキさんが帰って来るまでに。
 それまでに、以前の私に戻らなきゃ。

 でも、まずは今日!
 今日を乗り切らなければいけない!

「……」

 今日これから。
 両親と会うことになっている。
 こちらで私が目覚めてから、初めての対面だ。
 しっかりしないと!




 ああ。
 もうすぐ、この病室に両親がやって来る。
 幸奈さんの記憶の中で見たあの父親と母親が。

 彼らに会うんだ。
 私ひとりで。

「……っ!」

 幸奈さんの感情が私の中で膨れ上がる。
 不安が込み上げてくる。

 この感情は……恐怖?

「……」

 でも、これは避けては通れないこと。
 今の私は彼らの娘。
 この世界の私は和見幸奈なのだから。




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