上 下
448 / 1,194
第6章 移ろう魂編

移ろい、移ろわぬもの 5

しおりを挟む

<セレスティーヌ視点>



「っ!?」

 映像が消え。
 熱が冷めていく。
 あの感情も感覚も……。

 少しずつ私から抜けていく。
 夢のように消えていく。
 私の心が戻ってくる。

 それなのに……。

 ……。

 ……。


 全く濁りのないあの純粋な感情、想い。
 まるで自分のものみたい……。

 他の誰でもない、この私が抱いたもの。

 とても自然に、そう感じてしまった。
 いえ、今も思いは残っている。

 この感覚?

 私のものであって、私のものじゃない。
 夢のように、儚く。
 掴もうとすれば手からこぼれ落ちそうになる。
 心から消えそうになる。

 いったい?

「……」

 でも、私は生きている。
 無事にテポレン山を下りて、こうして。

 だから、あれは現実じゃない。
 現実なわけがない。
 そう頭では理解できる。

 ただ……。

 心がそれを拒絶してしまう。
 あれは現実だと叫んでいる。
 あり得ないことなのに。

「……」

 分からない。
 何が本当なのか分からない。

 今の私には……。

 ……。

 ……。


「!?」

 神気?
 ローディン様とトトメリウス様の神気。

 さっきより明確に感じる。

 その神気の塊が私を包み込み……。

 また映像が!
 これはテポレン山の地中。
 地下の回廊……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。


 あぁ……。

 ローディン様、トトメリウス様……。







「っ!?」

「……セレス様?」

 ここは?
 あのベッドの上?

「セレス様、大丈夫ですか?」

 目が覚めた私の前には、変わらぬコーキさんの瞳。

「……」

 心配そうに、こちらを見つめている。
 コーキさん……。

 ……。

 ごめんなさい。
 今はまだ心の中の複雑な感情を上手く扱えないんです。
 整理できないことでいっぱいだから。

 でも。
 あなたがそばにいてくれるだけで。
 心が落ち着いて……。

 落ち着いてきます。


「……どうぞ」

「……」

 手渡されたのはハンカチ。
 私、涙を?

 そっと頬に当てる。

 この香り……。
 コーキさんの……。

 あの時、拭えなかったコーキさんの涙。
 私の涙は拭ってくれる。


「頭痛は平気なのですか?」

「……はい」

 頭は痛くない。

「良かった。ですが、顔色が良くないですね」

「たくさんの情報が入ってきましたので……」

「また情報が?」

「はい」

「そうでしたか……。永い眠りから覚めて、すぐに大量の情報が頭の中に入ってきて……」

「……」

 幸奈さんの知識、感情。
 私じゃない私の記憶。
 色々なものが入り混じって……。

 処理も整理も、まだできない。
 自分の感情も上手く扱えない。

 それでも。
 こうしてコーキさんと一緒にいると、心が軽くなる。
 落ち着いてくる。

 なのに、不思議。

 涙が……。

 だから。

「あの、もう少しだけ休んでもいいでしょうか? 頭を整理したいので」

「もちろんです。話は後にしましょう」

「ありがとうございます。コーキさんは?」

「セレス様が落ち着くまで、ずっとここにいますよ」

「はい!」

 傍で私を見守ってくれる。
 それだけで、こんなに心強い。

「……でも、コーキさんも少し休んでくださいね」

「ええ、私もここで休ませてもらいます」


 コーキさんの笑顔に見送られるように、私は目を閉じ。
 あの映像を思い出す。

 ……。

 ……。

 ……。

 あの私は死んでしまった。
 二度も。

 世界から消えていく恐怖。
 コーキさんを残していく悔い。
 忘れることなんてできない。

 ただ……。

 原因は?
 私が崖から落ちたから?
 治療してもらったのに?

 他は?
 思い当たることは?

 私の頭に入ってきた情報に、おかしなところはなかった。
 特に何も……。

 ……。

 ……。

 ……。


 頭ではまだ疑問に思うところばかり。
 分からないこと、信じられないことばかり。

 でも、もう。
 心は納得している。
 それなら!

「……」

 私は神娘。
 ローディン様と心で繋がる存在。
 その心は何より重要なもの。

 だから!

 信じます!
 2度の死も、地中での経験も、葛藤も全て。

「……」

 私ではない私?
 どこかの世界の私が経験したこと?
 実際に起こったこと?

 超常的な魔法?
 神様の御力?

 本当のことは分からないけれど。
 私はこの事実を受け入れ、私のものとするだけ。
 あの感覚も、あの想いも、全て私のもの。

 心の中に芽生えたこの感情と幸奈さんの記憶を整理して、折り合いをつけて。
 決意を持って。

 前に進みましょう!
 ワディンでも、この世界でも!

 だから、少し時間を。

 ……。

 ……。

 ……。



しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜

甲殻類パエリア
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンだった深海玲司は仕事帰りに雷に打たれて命を落とし、異世界に転生してしまう。  秀でた能力もなく前世と同じ平凡な男、「レイ」としてのんびり生きるつもりが、彼には一つだけ我慢ならないことがあった。  ——パンである。  異世界のパンは固くて味気のない、スープに浸さなければ食べられないものばかりで、それを主食として食べなければならない生活にうんざりしていた。  というのも、レイの前世は平凡ながら無類のパン好きだったのである。パン好きと言っても高級なパンを買って食べるわけではなく、さまざまな「菓子パン」や「惣菜パン」を自ら作り上げ、一人ひっそりとそれを食べることが至上の喜びだったのである。  そんな前世を持つレイが固くて味気ないパンしかない世界に耐えられるはずもなく、美味しいパンを求めて生まれ育った村から旅立つことに——。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

異世界で農業をやろうとしたら雪山に放り出されました。

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界召喚に巻き込まれたサラリーマンが異世界でスローライフ。 女神からアイテム貰って意気揚々と行った先はまさかの雪山でした。 ※当分主人公以外人は出てきません。3か月は確実に出てきません。 修行パートや縛りゲーが好きな方向けです。湿度や温度管理、土のphや連作、肥料までは加味しません。 雪山設定なので害虫も病気もありません。遺伝子組み換えなんかも出てきません。完璧にご都合主義です。魔法チート有りで本格的な農業ではありません。 更新も不定期になります。 ※小説家になろうと同じ内容を公開してます。 週末にまとめて更新致します。

処理中です...