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第3章 救出編

魔落 24

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「不満……」

「貴女はワディン辺境伯家の御令嬢セレスティーヌ様です。そのあなたはお家の危機に際して、ここに逃れてきた。それを可能にしたのは、辺境伯家の方々の配慮、そして護衛の騎士たちの犠牲があったからこそです。それなのに、セレス様はそれを全て無に帰する行為を自ら選ぶのですか」

「……」

「私はあなたをここから救出するべく力を尽くすつもりです。20日以上も地中を彷徨っていてこう言うのも説得力がないかもしれませんが、必ずここから脱出してあなたをオルドウまで連れて行きます。なのに、あなたは諦めるのですか」

「……」

「セレス様はここで座して死を迎えると言う。なるほど、あなたひとりの人生ならそれもいいでしょう。自分の人生は自分で決めればいいことだと思いますから。ですが、今ここにいるセレス様の命はあなたひとりのものなのですか?」

 偉そうなことを言って。
 何様だと自分でも思う。

 それでも、最後まで話すべきなんだ。

「……」

「ワディン家の御令嬢として、ここにいるあなた自身のことをもう一度よく考えてください」

「ワディン家の……」

「ただ、私の本音を言うと、あなたのような若い女性ひとりに貴族家の責任を押し付けるのは、かわいそうなことだと思っています」

「……」

「ですから、ここを脱出した後のことをとやかく言うつもりはありません。オルドウに着いたら、あなたの好きにしたらいいと思います。あなたらしく暮らせばいい。ひとりの女性としての生活を考えてもいい」

「私が、ひとりの女性として、生きる……」

「セレス様、本来あなたはありのままの自分として存在しているだけで良いのですから、好きなように生きたら良いのです」

 勝手なことを言っているのは分かっている。
 ワディン家からしたら、とんでもない話だろう。

「私が私のままでいい……。そんなこと……」

「確かに、あなたはワディン伯爵家の御令嬢です。あなたのすべきこと、皆が期待していることもあるでしょう」

「……」

「それでもあなたは自由にして良いと、私は本当に思っています。ワディン領とは無関係の私だから言えるのかもしれませんけどね」

 この世界の常識ではあり得ないことかもしれない。
 柄にもないことを話している俺のただの思いだ。

 いい歳をした社会人が、無責任な話だと思う。
 けど、こうして話をした以上、それなりの覚悟を持って行動するつもりだ。

「……」

「ただ、あなたなら皆の期待に応えることができるとも私は思っています。まだ短い付き合いですが、この地下大空洞内でのあなたの振る舞いを、努力を見てきましたから」

「私に……できる?」

「ええ、必ず。だから」

「だから?」

 セレス様を正面から真っ直ぐ見据える。

「だから、まずは生きてここを脱出しましょう。そして、何をするか選べばいい」

「選んでいい、の?」

「いいんですよ」

「……」

「そのためにも、あなたの誇りを無くさないでください、セレスティーヌ・キルメニア・エル・ワディン様」

「あ、あ……」

 俺の言葉に呆然とこちらを見つめるセレス様。

「あぁぁ……」

「……」

 言ってしまったな。
 ホント、勢いに任せて言ってはみたものの。

 やっぱり、俺には向いていない。
 大したことを話せたわけでもない。

 でもさ、セレス様。

 あなたを死なせたくない。
 あなたらしく生きて欲しい。

 本心からそう思っているよ。


 ん?

 セレス様の口がゆっくりと開き。

「あ……あにさま?」

 あにさま?
 何のことだ。

 疑問が頭に残るが、そんなことを聞くなんてできるわけもない。

 俺の目の前には。
 薄明かりの中、静かに頬を濡らし続けるセレス様がいるのだから。




***********************


<冒険者ギルド長 バルドィン視点>



「タラム、ここから入ればいいんだな」

「ええ、そうです、ギルマス」

「そうか。お前ら気を引き締めてかかれよ。お前らの力で、危地にある仲間を助けてやるんだぞ!」

「おう!!」
「おう!!」
「おう!!」

 テポレン山に程近い場所に存在する常夜の森への入口。
 タラムに確認をとり、冒険者たちにも活を入れた。
 皆気合いの入った良い顔をしておる。

 ふむ。
 とりあえず、何とかなりそうだな。

「では、入るぞ!」

 今回の事態は想定外だった。
 もちろん、緊急事態とはそういうものだと理解はしているが、それでも実際に事が起こると対処は簡単ではない。

 ギルドのいつもの執務室でダブルヘッド出現の一報を聞いた後。
 すぐさま常夜の森に救出に向かう冒険者を募ったのだが、タラムから報告を受けた昼下がりの時間は冒険者連中が活動する時間帯ということもあって、思うようにメンバーを集めることができなかった。

 ダブルヘッドに対するには10人以上の経験豊富な冒険者が必要なのだが、緊急事態である今はそんな贅沢を言ってられない。

 とりあえず、3級冒険者を中心に12名集めたところで、救出に向かうことになった。

 本音を言うと、この戦力じゃあ心もとない。

 仮にダブルヘッドとの本格的な戦闘が必要となった場合は……。
 儂がおとりになるしかあるまい。

 引退したとはいえ、儂も元1級冒険者。
 今でも守りには自信がある。
 儂がしんがりを務めれば、何とか対処できるだろう。

 まあ、今回は救出が目的だ。
 積極的にダブルヘッドと戦うつもりはないし、逃走用に色々と道具も用意している。
 このメンバーでも問題はないはずだ。

「空気が普通じゃないですね」

「お前も感じるか。俺もそう思ってたんだ」

「オレも感じるぞ」

 常夜の森に入ってしばらくすると、今回の救出行に参加した者たちが騒ぎ出した。
 確かに、普通じゃない。

 明らかに、普段の常夜の森の空気とは異なっている。

 やはり、これはただ事ではないな。


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