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第3章 救出編

魔落 2

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 意識を取り戻したセレスティーヌ様。
 顔色もそれほど悪いようには見えないが。

「それで、お身体は大丈夫ですか? どこか痛むところは?」

「……問題ないと思います」

「それはよかった。本当に良かったです」

 大丈夫だとは思っていたが、こんな深くまで落ちたんだからな。
 目を覚ますまでは、不安な気持ちも大きかったよ。

「ご心配おかけしました」

「いえ」

 正直、セレスティーヌ様に出会った当初はシアとアルのためにセレスティーヌ様を保護する気持ちしかなかった。
 仮にセレスティーヌ様の身に何かあった場合でも、シアとアルに申し訳ないという思いが俺の心の大半を占めたはずだ。

 実際、さっきの崖下での俺の心中もセレスティーヌ様がどうというより、シアとアルのことを考えていたような気がする。

 でも、今は違う。

 セレスティーヌ様が無事で本当に良かったと心から思う自分がいる。

 うーん……。

 短時間でかなり心境が変化してしまったな。
 不思議なもんだ。

「今回もコーキ様が助けてくださったのですよね」

「ええ、まあ」

「一度ならず二度までも助けていただき、感謝の言葉もございません。それに、今回は落下に巻き込んでしまい……。申し訳ございませんでした」

「セレスティーヌ様をお守りするのが私の役目ですから、気になさらないでください」

「そういう訳にはまいりません。このご恩はワディン家の名にかけても、必ずお返しすると誓います」

「はあ、まあ、それはまたここを脱出してからということで。それより、少し休んでください。それで体調に問題がないようなら、これからの事を考えましょう」

「はい、ありがとうございます。それで、ここは一体?」

「それが分からないのですよ。テポレン山の地中だということだけは分かるのですが」

「そうなのですね……」

「どちらにしても今夜はここで野宿になると思います。私は夕食の用意をいたしますので、少し休んでおいてください」

「えっ? 食べるものがあるのですか?」

「はい。といっても、携帯食ですけど」

 最近、冒険者活動をする際に持ち歩くようになった小さなワンショルダーバッグ。
 その中から非常食として常に携帯している日本製のビーフジャーキーと乾パンを取り出す。

 オルドウの非常食も以前試食してみたが、はっきり言って好んで食べたいものではない。
 なので、俺の携帯食は日本製。
 異世界での冒険に日本製の携帯食はどうかとも思うが、それはもう今さらだ。

 2人分のビーフジャーキーと乾パン、それに魔法瓶を用意してと。

 今は1人用で6食分の食料、2人だと3食分になる量しか携帯していない。
 なので、節約したいところだが。
 今夜のセレスティーヌ様には、遠慮なく食べてもらった方が良いだろう。

 まあ、ビーフジャーキーと乾パンだけなんだけどさ。

 そのビーフジャーキーと乾パンの表面を、火魔法で少しだけ炙る。
 焦げ目が少しつく程度だ。
 紅茶はそのまま入れるだけ。

 あっという間に完成だ。
 これじゃあ、セレスティーヌ様が休む時間もなかったな。

「用意ができました」

「これをいただいても?」

 目の前の乾パンとビーフジャーキーに驚いているようだ。

「どうぞ、召し上がってください」

「……ありがたくいただきます」

 こちらの様子を窺いながら乾パンをちぎり、遠慮がちに口に運ぶ。

「……あっ、おいしいです」

「お口に合って良かった」

 日本製の乾パンの味は侮れないんだよな。
 乾パンを咀嚼しながら、その味に満足を覚える。

 ホント、万一に備えて携帯食をショルダーバッグに入れておいて良かった。

「これもすごく美味しいです」

 ビーフジャーキーにも満足していただけたようだ。

「紅茶まで!」

 嬉しそうに紅茶を口に運ぶセレスティーヌ様。
 新雪のような白い頬に若干赤みがさしてくる。

 疲労と心労のため、ただでさえ白い肌がさらに白くなっていたからな。
 少しでも顔色が良くなると、こちらとしても安心できる。

「えっ、温かい? これも魔法なのですか?」

 涼やかで美しい目が大きく見開かれている。

「魔法と言えば、魔法みたいなものですかね」

 驚くのも当然だ。
 この世界には保温機能のついた水筒など存在しないだろうから。
 まあ、魔法瓶に入れていただけなので、魔法じゃないんだけど。

「パンも干し肉も紅茶も、とても美味しかったです。こんな場所でこんな食事をいただけるなんて、信じられません」

「満足していただけたようで、良かったです」

「はい、とても。コーキ様、感謝いたします」

 出会ってから一番の笑顔を見せてくれた。

 やはり、人には食べ物が必要だな。
 腹が満たされれば、余裕も生まれるというものだ。
 今のセレスティーヌ様からは完全に翳りが消えている。



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