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第3章 救出編
ダブルヘッド 1
しおりを挟む<シア視点>
「アル、怪我はない?」
「大丈夫、姉さんこそ平気か?」
「わたしも問題ないわ」
わたしたちの目の前には倒れて動かなくなった魔物が2頭。
以前襲われた時には逃げることさえ難しかった魔物レッサーウルフ。
あの時は、コーキ先生が助けてくれなければこの命はなかったはず。
そんなレッサーウルフを2頭とはいえアルとわたしだけで苦労することもなく倒すことができた。
その現実に、ここ数日の修行の手応えを感じ頬が緩みそうになる。
「姉さんとおれだけで倒したんだよな」
「そうよ」
「やったな」
「ええ」
顔を紅潮させ何度も頷くアル。
わたし同様、この成果に少なからず興奮を覚えているようね。
「でも、油断は禁物よ」
「分かってるよ」
ふたりとも嬉しいことは間違いないけど、今は大事な仕事の途中。
気を引き締めなければいけない。
まずは、倒した魔物の処理をしなきゃね。
「さあ、片付けましょ」
「分かった」
オルドウに来て冒険者になったばかりの頃は苦手だった魔物の解体作業も、今ではそれなりにこなせるようになっている。
もちろん、好ましい作業ではないけれど生活のためには必要な技術。
特に今後はより必要になるだろうから。
今回もアルとふたりで手早く済ませる。
倒した魔物の処理を終えると、再びセレスティーヌ様の到着を待つだけの時間に戻る。
「でもさ、もう1刻以上待っているけど、セレス様の姿は全く見えてこないよな」
「この場所からテポレン山の中までは見えないのだから仕方ないわよ。きっと近くまで来ているはずなのだから、我慢なさい」
「別に待つのが辛いわけじゃないし……。ただ、少し心配になっただけだから」
「アルも言ったでしょ。護衛の者がいるのだから、きっと大丈夫よ」
「うん、そうだよな」
「ほら、しっかりしなさい。信じて待つしかないんでしょ」
「ああ」
さっきわたしを励ましてくれたアルを今度はわたしが励ましている。
アルも不安なのよね。
そう、私だって内心では姫様のことが心配でならない。
他の避難先ではなくオルドウを選んだこと。
違うわね、選ばざるをえなかったのよ。
この時点で既に心配になってしまうのに。
その上、今回の脱出ルート……。
戦禍から逃れるためにワディン領を脱出するにしてもテポレン山越えのルートを選ぶ必要はなかったはず。本来ならもっと楽なルートや方策があったと思う。
テポレン山を越えるという決死の逃避行を選んだという事実が、状況の悪さを物語っているようで、どうしても不安を拭い去ることができない。
でも、だからといって、わたしにできることなんてほとんど何もない。
今できることはここで待つ、ただそれだけ。
そうよ、わたしとアルにできるのは待つことだけなのだから、安全を祈って信じて前向きに待つべきよね。不安になるのはまだ早い。
「昼から夕方までに到着する予定としか知らされていないのだから、まだまだ予定の範囲内よ」
「ああ、姉さんの言う通りだ」
アルとわたしの目は自然とテポレン山に向けられる。
眼の前にある、テポレン山への出入口。
出入口と呼べるほど立派な道ではない。
そこから10歩も中に入れば、ここから視認することも難しいような獣道以下の道が続いている。
正直言って道と呼んでいいのかさえ迷うような代物だけれど、今のわたし達にとってはセレスティーヌ様と繫がる唯一の救いの道。
つい、無言で眺めてしまう。
「テポレン山の方からは音もしないな」
「そうね」
「おれ達も山に入って迎えに行けばよかったのかな」
「それは危険よ。わたし達だけでテポレン山に登るのは無茶だわ。それに行き違いになる可能性も高いし」
「少し登るだけなら大丈夫なんじゃないか」
「そうかもしれないけど、少し登ることに意味はないわよ」
「そっかぁ」
「でも、いつかは登ってみたいわね」
セレスティーヌ様を無事に迎えて、ワディン領に無事戻って、それから……。
そうしたらテポレン山に来ることもないか。
「おれも登ってみたい」
アルの純粋な好奇心からの言葉に口元が緩んでしまう。
「本当にね」
ふたりの間に穏やかな空気が流れ始めたと感じたその時。
「姉さん!?」
「ええ」
背中を斬りつけられる直前の怖気にも似たぞっとするような感覚が身体中に走る。
今まで経験したことのないような感覚。
「これは! ヤバいぞ!」
「ええ、近くに何か」
「ウルルオォォォン」
低く唸るような声がテポレン山に向かって右手の森の奥の方から聞こえてきた。
「どうする姉さん、いったん森を出るか」
「でも、セレスティーヌ様を待たないと」
「多分まだまだ到着しないぞ。それより、こいつは本格的にまずいんじゃないか」
「そうかもしれないけど」
すぐに到着するかもしれない。
「おれ達だけで対処できない化物っぽいぞ」
「ええ……」
わたしもそう思う、でも。
「姉さん、はやく」
「ちょっと」
その躊躇が分かれ目だったのかもしれない。
横にいるアルの目が大きく見開かれる。
「っ!! 姉さん、逃げてくれ!」
「えっ!?」
わたし達のいる場所から数歩離れた場所に現れたのは暗黒を思わせる姿を持つ4足の魔物。
その毛並みは血に濡れたようにねっとりと身体にまとわりついたまま風になびくこともない。
ゆっくりとこちらに歩いてくるその魔物の眼がわたしを捉えた。
こちらを見つけたというのに、何の感情も窺えない4つの黒眼。
ただ眺められているだけなのに、わたしの身体はその漆黒に魅入られたかのようにいうことをきかない。
「はやく、姉さん」
「ア、アル!」
わたしの肩をつかむアルの手で、ようやくその呪縛が解ける。
でも、もう遅い!
今のわたし達では勝つなんて夢にも思うことすらできない双頭の魔物。
ダブルヘッドが目の前に立っていた!
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