上 下
176 / 1,194
第3章 救出編

緊急事態 5

しおりを挟む

<アル視点>


「セレス様、無事にここまで到着できるわよね」

「姫様も危ない場所は避けるだろうし、それに護衛の者もいるから。多分、大丈夫だと思うよ」

 テポレン山頂付近の危険さは尋常ではないと耳にするけれど、それは姉さんも知っていること。
 今さら話しても仕方がないことだ。

 だから、姉さんの気持ちが少しでも落ち着けばと、不安を隠して気軽にそう答えてみる。

「領都は戦支度で余裕がないわ。ここに派遣されたのがわたし達だけというのも、そのためなのだから……。せめて、姫様の警護には騎士団の手練れの方がついていれば良いのだけれど」

 姉さんの言う通りだ。
 今のワディン家の状況を考えたら、セレス様に付き従う者がどれほどの者なのか。
 不安にならざるをえない。

 そんな中でのテポレン山越え。

「……」

 今から数カ月前、ワディン家とレザンジュ王家の関係がここまで悪化する以前。

 ワディン家が王家との戦に踏み切った場合に備え、神娘であるセレスティーヌ様を領内から無事に逃すということを目的として幾つかの計画が立てられた。

 仮に戦に敗れたとしても、神娘たるセレス様さえ無事ならワディン家の再興はなると考えてのことだ。

 おれと姉さんがオルドウに拠点を用意したのも、その計画の内の1つに過ぎない。
 当初は採用可能性のきわめて低い、万が一のための予備案だったと思う。いや、予備の予備の予備くらいだったかもしれない。

 それが、事態が進むにつれ、王家の手が至る所に伸びていることが分かり、用意していた拠点を任された者たちの中に王家に寝返った者がいることも判明した。

 以来、事態は悪化するばかり。

 結局、予備案であったはずのオルドウ逃亡案の採用可能性が高まってきたというわけだ。

 しかしだ、採用可能性の極めて低い予備案だったとはいえ、オルドウにいるワディン家直臣が男爵家の長女である姉さんと庶子のおれだけなんて……。

 いくらなんでも手抜きが過ぎる!

 もう少し人材を派遣して欲しかった。

「今ごろセレス様は……。辛い目にあっていないかしら。魔物に襲われてなんか……」

 それでも、ワディン家はレザンジュ王国一と言ってもいいくらいの大領主。
 レザンジュ南方を治めるワディン辺境伯家だ。

 こんな状況下でも、神娘であるセレス様を護るのは一流の騎士に違いない。
 人数も揃えているはず。
 きっとそうだ。

 だから。

「大丈夫。しっかりとした護衛騎士がついているはずだから。おれと姉さんは信じて待つだけだよ」

「……そうね。待つしかないものね」

「おれたちは元気に姫様を迎えないといけないんだから、姉さんはもう少し気楽にしていてよ」

「ありがと。アルの言う通りね」

 翳りのある姉さんの顔に少しだけ笑顔が戻った。
 良かった。

「ところでさ、常夜の森にふたりだけで来たことがバレたら、ギリオン師匠に怒られるな」

 気分を変えるため、他の話でもしないとな。

「コーキ先生にもね」

「ホントにな。でも、最近は姉さんの魔法も俺の剣も上達しただろ。今ならふたりでも大丈夫なんじゃないか。特に浅域ならさ」

 本当は不安もあるけど、ここは気楽な感じで。

「その油断が駄目だと、また怒られるわよ」

「うわぁ、やめてくれ姉さん。その光景が頭に浮かんだぞ」

「ふふ、でも油断は禁物よ。コーキ先生とギリオンさんのおかげで、ふたり共少しは上達したでしょうけど、まだまだなのだから」

「分かってるよ」

 おれはまだ未熟だ。
 ギリオン師匠やコーキさんには全く及ばない。
 それは重々分かっている。
 けれど、オルドウに来たばかりの頃に比べれば、上達しているというのも事実だ。

「あの時のような失敗はもう許されないのだから。特に今日はね」

「ああ」

 オルドウに来たばかりの頃、自分たちの力を過信して常夜の森に入り魔物の群に襲われた時のことが頭を過ぎる。

 あの時の自分を思うと恥ずかしくて、いたたまれなくなってしまう。

 実際、コーキさんに助けられた直後、そしてその後も情けなさと恥ずかしさのあまり、まともに話すことができず、ずっと失礼な態度をとっていたと思う。



しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

パーティ追放が進化の条件?! チートジョブ『道化師』からの成り上がり。

荒井竜馬
ファンタジー
『第16回ファンタジー小説大賞』奨励賞受賞作品 あらすじ  勢いが凄いと話題のS級パーティ『黒龍の牙』。そのパーティに所属していた『道化師見習い』のアイクは突然パーティを追放されてしまう。  しかし、『道化師見習い』の進化条件がパーティから独立をすることだったアイクは、『道化師見習い』から『道化師』に進化する。  道化師としてのジョブを手に入れたアイクは、高いステータスと新たなスキルも手に入れた。  そして、見習いから独立したアイクの元には助手という女の子が現れたり、使い魔と契約をしたりして多くのクエストをこなしていくことに。  追放されて良かった。思わずそう思ってしまうような世界がアイクを待っていた。  成り上がりとざまぁ、後は異世界で少しゆっくりと。そんなファンタジー小説。  ヒロインは6話から登場します。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜

早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。 食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した! しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……? 「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」 そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。 無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)

荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」 俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」 ハーデス 「では……」 俺 「だが断る!」 ハーデス 「むっ、今何と?」 俺 「断ると言ったんだ」 ハーデス 「なぜだ?」 俺 「……俺のレベルだ」 ハーデス 「……は?」 俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」 ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」 俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」 ハーデス 「……正気……なのか?」 俺 「もちろん」 異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。 たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!

ちょっと神様!私もうステータス調整されてるんですが!!

べちてん
ファンタジー
アニメ、マンガ、ラノベに小説好きの典型的な陰キャ高校生の西園千成はある日河川敷に花見に来ていた。人混みに酔い、体調が悪くなったので少し離れた路地で休憩していたらいつの間にか神域に迷い込んでしまっていた!!もう元居た世界には戻れないとのことなので魔法の世界へ転移することに。申し訳ないとか何とかでステータスを古龍の半分にしてもらったのだが、別の神様がそれを知らずに私のステータスをそこからさらに2倍にしてしまった!ちょっと神様!もうステータス調整されてるんですが!!

処理中です...