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第2章 エンノア編
日常 1
しおりを挟む「では、そろそろ帰りますね」
もうすぐ午前6時。
古野白さんの上司や同僚がやって来る時間だ。
俺の仕事は彼らの到着までのこと。
なのだけど、彼らと会うのは避けたい。
そんなわけで、この後彼らがやって来るまではマンションの外で見張りを続け、到着を見届けた後に帰路につくと、そういうことになっている。
「ちょっと待って」
うん?
「渡す物があるのよ」
そう告げるやいなや、隣室に駆け込んでいった。
と思ったら、すぐに戻って来た。
「……」
何を渡すというのだろう?
「お待たせ。これ」
差し出されたのは、掌におさまるサイズのディスプレイ付きの小さな機械。
「ポケベルよ、使えるでしょ」
ああ、ポケベルかぁ。
そうだった。
この時代は、まだポケベルが使われていたんだ。
懐かしいな。
「多分使えると思いますが」
20代の頃、少しの間だけ使ったことがある。
数字を利用した暗号でやり取りするんだったよな。
確か……。
『114106』が愛してる。
『49』が至急。
『106』が電話。
こんな感じだったか。
「有馬くんは携帯電話持ってないでしょ。だから、これ持ってて。何かあったら連絡するから」
「いいんですか」
「ええ。私は携帯電話を持っているから、もう使わないのよ」
「……」
うーん、持つのはいいけど、何だろ。
携帯と違いポケベルというのは、どうも拘束されている感が強いんだよな。
「い、嫌かしら」
「……分かりました。お借りします。緊急の際は、こちらに連絡ください」
しばらくは携帯電話を購入する予定もないし。
とりあえず、これを借りておこうか。
「ええ、そうするわ」
「では、そろそろ帰ります」
「ええ……。今日は、ううん、今日もありがとうね」
**********************
古野白さんの部屋で過ごしたあの夜から5日が経過。
あの日は襲撃者2人の異能を防いだこともあり、古野白さんの部屋でまた異能について何度も質問されて大変だったのだが、それ以降は特に呼び出されることもなく日々が過ぎていった。
おそらく、古野白さんが上司に上手く話をしてくれたのだろう。
助かるよ。
そんな彼女からは一度だけ連絡があった。
あの夜以降は特に問題など起きていないとのこと。
襲撃がないというのは、もちろん良いことなのだが。
そうすると……。
あの日の2回の襲撃は何だったのだろう、と少し疑問に思ってしまう。
特に2度目の襲撃。
こちらが攻撃を防ぐと、すぐに撤退してしまった。
しかも、消えるように。
まるで撤退が前提だったかのように思えてしまう。
「……」
考えても答えなど出るもんじゃないか。
俺の考えることでもないしな。
古野白さんのことも、上司に任せておけばいいだろう。
今は俺の出る幕じゃない。
そういえば古野白さん、念のため引っ越しをすることに決めたそうだ。
それがいいと思う。
あの部屋は襲撃者にばれている可能性が高いからな。
上司に守ってもらい、部屋も変わる。
さらに、体調も完全に回復したとのこと。
まあ、これで一安心かな。
俺も心おきなくあちらの世界で活動できるというものだ。
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