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第2章 エンノア編

エンノア 3

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「ところで、皆さんはテポレン山を下りることはあるのですか? 例えば、生活必需品などを買いに出かけるだとか」

「以前は年に数回ほど買い出しに山を下りていましたが……。今は余程のことがない限り出かけませんね」

 レザンジュとのことが原因かな。

「では、今のところ地下から出るのは狩りの時くらいですか?」

「そうですね。あとは、色々と点検に出るくらいでしょうか」

「フォルディさんが今回外に出ていたのも?」

「点検のためです。まさか、通い慣れたあの場所でブラッドウルフに遭遇するとは思いませんでした」

 本当に災難だったんだな。

「コーキさんが通りかからなかったらと思うと、ぞっとします。本当にありがとうございました」

「それはもういいですよ」

「通りがかると言えば、私のようにこちらを訪れる者もいるのですか?」

「ほとんどいませんね。10年の間に1人くらいでしょうか」

 少ないけど、いるんだな。
 ということは。

「ということは、こちらの存在はレザンジュにもキュベリッツにも知られているのですね」

「それは……あまり知られていないと思います」

「そうなのですか」

 訪問者がいるのに。
 そんなことがあるのか?
 訪問者が、こんな珍しい場所のことを口外しないなんてことが。

 まさか、訪問者を返さないとか?

「あの、コーキさんの考えているようなことはないと思います」

「えっ?」

「訪問者を害することはありませんので。無事に帰ってもらいますから」

「……」

 うっ、顔に出てしまったか。

「疑っているようで、すみません」

「いえいえ、当然の疑問だと思います」

「しかし、ここから帰った者がこの地のことを話さないのですかね」

「ええ……」

 ん?

「帰る前に口外しないことを約束してもらいますので」

 約束ねぇ……。

 まあ、10年に1人なら、あり得るか。

「そうなのですね」

「あの、私からもひとつ伺ってもいいですか?」

「ええ、どうぞ」

「コーキさんはあんなにお強いのですから、キュベリッツでも有名なのですよね?」

「そんなことはないですよ。強いというのも、どうなのでしょう?」

 弱くはないだろうけど、どれほどの強さなのかは正直まだ分からない。
 剣の達人だけでも結構いると聞いているしな。

 俺が知るだけでもジルクール流のレイリュークさん、赤鬼ドゥベリンガー、剣姫イリサヴィア、幻影ヴァルターなんていう剣士もいる。

 そういえば、魔法の達人の話は聞いていないな。
 機会があれば調べてみよう。
 ギリオンに聞くのも……あいつは剣以外のことは知らないか。

「そんな謙遜しないでください。コーキさんの魔法と剣は凄いですから。世間知らずのエンノアのボクでも分かります」

「はあ」

 だといいけど。
 2度ほど殺されかけた、というか殺されたのかな、とにかく2度やられたし。
 先日も夕連亭で、宝具を使われたとはいえ九死に一生を得たばかり。

 ……。

 とてもじゃないが、強者とは言えないな。

「本当に強いですよ」

「……ありがとうございます。でも、有名ではないですよ。そもそもキュベリッツに来て日も浅いですから」

「そうなのですね。あの、よろしければ、どちらから来られたのか伺っても?」

「フォルディさんや皆さんの知らない遠く離れた国です」

「そうなのですか」

 言っても分からないだろう。
 それ以前に言えることでもない。
 それがきっかけで地球の存在が知れる可能性もあるのだから。

「ところで、キュベリッツではコーキさんのように黒目黒髪の方は珍しくないのでしょうか?」

「どうでしょう? キュベリッツ王国全体では分かりませんが、オルドウでは見かけたことはないですね」

「そうなのですね!」

 えっ!
 どうした?
 今のどこかに興奮するポイントがあったか?

「やっぱり、珍しいんだ……」

「黒目黒髪に興味あります?」

「えっ……あの、はい、珍しいので」

 ……。

「そ、それより、もう広場に着きます」

 話したくないみたいだな。
 まっ、いいけど。

「着いたら夕食でしょうか」

「はい、用意できていると思います。きっと宴会になりますよ」

「そんなに人が集まるのですか」

「少人数ではないと思いますが……。お嫌ですか?」

「まあ、あまり多いのも」

「分かりました。長老に伝えておきます」

「お願いします。ところで、長老のゼミアさんはフォルディさんのお祖父さんなのですよね」

「はい、そうです」

「では、フォルディさんのご両親は?」

 長老の子供なら、次の長になる方なのだろうか。

「……いません」

「そうでしたか……すみません」

 無遠慮に踏み込み過ぎたかな。

「いいんですよ。母はボクが物心つく前に亡くなりましたし、父も母の死後数年も経たない内にボクをおいて出て行ってしまいました。そういう訳なので、記憶の中には両親の姿はほとんど残っていませんから」

「無神経なことを聞いてしまい、申し訳ありません」

「大丈夫です。本当に気にしていませんから」

「……」

「……」

 少しばかり気まずい沈黙が続いた所で、さっきの広場に到着。

「あの、よければ、また話をしてもいいですか?」

「もちろん、いいですよ」




 宴の会場にある長いテーブルでは、俺が上座に着座させられ、その左右にゼミアさんとスペリスさん、さらにゼミアさんの家族の方々、ゲオさん、ミレンさん、サキュルスさんと続いている。

 エンノアの建造物は石を切り出して作られた物と木造の物があるようだが、この会場は石造りのしっかりした建物で、今俺が座っているテーブルも立派な石で作られている。

「コーキ殿、エンノアの食事はお口にあいますでしょうか」

 ゼミアさんの声に食事の手が止まる。

「ええ、とても美味しいです」

 食事会もすでに終盤、こちらの胃も十分に満たされてきたのだが、予想以上に美味しい料理に口がまだ動いてしまう。

「それは重畳です」

 重畳、そう食事については重畳なのだけど、問題もある。

 今回は夕食の宴という形で、長老のゼミアさんの家でかなり豪華な食事会を開催してもらったのだが、正直言って居心地が微妙なんだよ。
 
 もうね、エンノアの皆さんが俺に気を遣いすぎだ。
 そこまでされると、恐縮してしまう。
 ホント、こんな多くの皆さんに感謝してもらうことじゃないよな。

 それと何と言うか……。

 俺に対する敬意のようなものも感じる。
 俺はエンノアの人々に尊敬されるようなことはしていないし、そんな人間でもないのに。

 うーん……。

 落ち着かない。



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