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第2章 エンノア編
山に棲む者 4
しおりを挟む<長老ゼミア視点>
広場から出て行くふたりを視界から消えるまで見送る。
ふむ、久々に外界の者と話すと話しづらくてかなわん。
慣れぬ言葉遣いに疲れてしもうたわ。
軽く首と肩を回し、こりをほぐしてと。
さて……。
吉凶相持つ現状とはいえ、凶事はやはり堪えるものがある。
みな暗い面持ちじゃのう。
わしも内心は同じじゃが。
吉事に期待したいものじゃな。
「そなたたち、何か感じ取れたか?」
崩落現場から共にやって来た者たちに、彼の御仁について聞いてみる。
「いえ、コーキ殿の考えを読むことはできませんでした」
「恥ずかしながら私も」
「私もです」
やはりそうか。
ゲオ、ミレン、サキュルスの3名は若年ながら精神感応が不得手というわけではない。
かといって、長じているわけでもない。
「そうか、スペリスはどうじゃ」
「私も心の内を深く読み解くことかないませんでした」
「ふむ……」
我ら一族の中でも、精神感応による読心に特別に秀でておるスペリスならばもしやと思うたのじゃが。
「しかしながら、感情のようなものはどうにか感じとることができました」
「ほう。して、いかな感情じゃ?」
「私が読むことができたのは、おそらく表層のものだと思われますが……謝意ばかりでした。それが心の多くを占めているようです。他には我らに対する興味、好奇心といったようなものでしょうか」
「……」
謝意ばかりというのは、わしとしても誠に申し訳なく感じてしまう。
謝意など必要ないというのに。
心優しい方じゃ。
「僅かですが心の奥も窺うことができまして、そこには我らに対する好意が存在しておるようです。害意らしきものは全く感知できませんでした」
「なるほどのう。それで、他にはないかの?」
「申し訳ございませんが、それ以上は私には」
スペリスの腕をもってしてもこれ以上は無理か。
となると、あの可能性も低くはないようじゃ。
「ゼミア様はいかがでしょうか?」
「長老?」
「今のエンノアにスペリス以上の読み手などおらぬ。そのスペリスに無理なものをわしが読めるわけもなかろう」
わしも読心は得意じゃが、寄る年波には勝てぬ。今のスペリスには敵わぬよ。
「いえ、私などまだまだです。本気のゼミア様やオゥベリール様には及びませぬ」
「嬉しいことを言ってくれるが、今のわしにはその力を出す体力がないのじゃよ。それと、オゥベのことは話してくれるな。この地におらぬ者の話はしとうないからの」
エンノアを出て行った愚息のことなど今さら考えたくもない。
「はっ、失礼いたしました」
「ふむ。コーキ殿に関しては……わしもスペリス同様に謝意、そして微かな好意のようなものを感じとれたのみじゃな」
「ゼミア様も感じられたということは、私の勘違いではないようですね」
「おそらく、コーキ殿は我らに好意を持っておられる、不思議なことじゃがの」
「いささか不可解ではありますが、それはまことに幸甚なことです」
不安そうにこちらを窺っておったゲオ、ミレン、サキュロス。
わしひとりの読心だけでは不安じゃろうが、スペリスも同様に好意を感じ取ったのなら、ひとまずは安心するじゃろ。
と思ったのじゃが。
「ですが、心の内まで読み取れないということは……。操作は難しいのでしょうか?」
「ミレンよ、心配か?」
「……はい」
「コーキ殿の心の内に害意のようなものは無いのじゃぞ」
「ですが万一の場合には」
「ふむ、どうじゃスペリス、操作は可能かの?」
この者が、もしもの場合を考え不安になるのも仕方ないことじゃ。
最近は不幸事が続いておるしのう……。
「詳細に操作することは無理でしょうが、些少ならば可能かと」
「些少とはどのような程度じゃ」
「……感情を少しばかり転じる、そのようなものになるかと思われます。もちろん、実際に試してみなければ操作程度は分かりませんし、上手くいくとも限りませぬが」
「感情を転じるか。さすがスペリスじゃな」
「いえ、失敗する場合もありますので……。それに、上手くいった場合でも、細部は私には手が出せません。そこは本人が補完することになると思います。もちろん、想定外の操作結果になる可能性もあります」
「そうか……」
そう簡単にはいかぬか。
そのことはコーキ殿の手に触れた時に分かっておったが。
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