上 下
73 / 1,194
第1章 オルドウ編

夕連亭 29

しおりを挟む

「意味のないことをする必要などない……。そうね」

 納得してくれたのならいいのだが。

「今後こちらからコウキさんに、何かをすることはありません」

 これも言ってみれば、ただの口約束。
 が、それでも、無いよりはまし。

「これでいいかしら」

「ええ」

 長かった夕連亭での一件も、ようやくこれで終了かな。

 ホッとすると同時に、複雑な思いは今も当然残っている。
 襲われただけならまだしも、一度殺されかけた身としては、この曖昧な決着には何とも居心地が悪い思いがするというのが本音だから。

 これも全ては俺の甘さが招いた結果だな。
 でも、今はこれが精一杯。
 本当に手緩い処置だが、これはこれで受け止めるしかない。

 ……。

 まあね、この時間の流れの中では俺は苦戦したとはいえ、死の危険どころか、ほとんど傷も負っていない。

 だから、今回はこれで好しとしておこう。



 そうそう、2人組に関しては、ヨマリさんに任せることにした。
 ヨマリさんが、任せてほしいと強く言うものだからさ。

 まっ、関わってほしくないというのが本音なのだろうけど。

 こちらとしては、ウィルさんに危険がないならそれでいい。
 でも、本当にもう大丈夫なのだろうな。

 ……。

 乗りかかった舟だ、また様子を見に来よう。



「それでは、私はこれで失礼します」

 これ以上、夕連亭に留まるつもりはない。
 この状況で部屋でゆっくり休めるわけもないし。
 今夜は日本に戻ろう。

「コウキさん」

「はい」

「今さらですが、本当に申し訳ありませんでした。そして、心からの感謝を」

「……感謝の言葉、受け取らせていただきます」

 その言葉に嘘はない、そう期待したくなるくらいヨマリさんの表情は柔らかく、優しいものに変化していた。



 夕連亭を出て、誰もいない通りを歩く。
 白く冴えた月明かりだけが僅かばかり道を照らし出す大通り。

「コーキさん、待って」

 背後からウィルさんが走って来る。

「はあ、はあ」

「そんなに急がなくても……。どうかしましたか?」

「あの、これ」

 ウィルさんの差し出す手の上には、ネックレス?
 トップには親指くらいの大きさの宝石の様なものがついている。
 色は青っぽい……。

 この月明かりじゃ、良く見えないな。

「これは?」

「私の宝物をコーキさんにと思って」

「宝物ですか? いただく訳にはいきませんよ」

「ぜひ受け取ってください。今はこんなものしか渡せないけど……」

 そんな表情されると断れないな。

「……そうですか。では、預っておきますね」

「はい! あの、できれば身につけておいてください。守りの魔力が込められていると聞いていますので」

「分かりました」

「よかったぁ」

 大輪の花が咲いたような笑顔。
 もう女性にしか見えない。
 というか、言葉遣いも女性になっているよな。

「では、また伺います。今夜はこれで」

「あの、本当に今夜の宿は大丈夫なんですか」

「気になさらないで下さい。伝手がありますので」

「そうですか」

「ええ」

「……」

「……」

 ネックレスを受け取った手を元に戻そうかと思ったその時、ウィルさんが両手で俺の右手を包みこんでくれた。

「……!?」

 柔らかい温もりを感じたと思ったら……。
 軽い目眩に襲われる。

 やっぱり疲れているのか。
 そりゃ、そうだよな。

「どうかされました?」

「いえ、何でもありません」

「そうですか……あの、また会えますよね?」

「……はい」

「コーキさんに会えるのを楽しみにしています。きっと会いに来てくださいね」

「必ず伺いますよ」

「はい!」



 再び月明かりの下、静謐な空間に満たされた澄んだ空気の中を歩く。
 通り沿いの白壁に反射した白光が柔らかく俺を包んでくれるようだ。

 悪くないな。

「……」

 久しぶりにゆっくりと眠れそうだ。


しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

パーティ追放が進化の条件?! チートジョブ『道化師』からの成り上がり。

荒井竜馬
ファンタジー
『第16回ファンタジー小説大賞』奨励賞受賞作品 あらすじ  勢いが凄いと話題のS級パーティ『黒龍の牙』。そのパーティに所属していた『道化師見習い』のアイクは突然パーティを追放されてしまう。  しかし、『道化師見習い』の進化条件がパーティから独立をすることだったアイクは、『道化師見習い』から『道化師』に進化する。  道化師としてのジョブを手に入れたアイクは、高いステータスと新たなスキルも手に入れた。  そして、見習いから独立したアイクの元には助手という女の子が現れたり、使い魔と契約をしたりして多くのクエストをこなしていくことに。  追放されて良かった。思わずそう思ってしまうような世界がアイクを待っていた。  成り上がりとざまぁ、後は異世界で少しゆっくりと。そんなファンタジー小説。  ヒロインは6話から登場します。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

処理中です...